第五話 デート
いつも通りの時間に目を覚ますも、体が少し重く感じた。
昨晩はあまり寝つきが良くなかった。考え事をしてしまったためだ。
「……彼女、本当にタイムスリップをしてきたのかな」
一晩明けても、僕は同じことで考え事をしてしまう。
考え事は、昨日初めて出会った響詩のこと。
昨日、公園で聞いた響詩の話では……どうやら彼女は十五年後からタイムスリップをしてきたらしい。
まったくもって非科学的な話だ。
最初はそう一蹴した僕だったけど……彼女の話を聞く内に、彼女が本当に十五年後からタイムスリップしてきたことを受け入れざるを得なくなった。
しかし、彼女から聞かされた話があまりに荒唐無稽だったこと。
そして、あまりにも信じたく話の数々に、やはりまだ心から彼女の話は信じられずにいる。
「本当に、彼女は十五年後からタイムスリップしてきたのだろうか」
そして、本当に僕は医者になったのだろうか……?
答えはわからない。
ただ、未来の話など答えがわかるはずもないのだから、僕は諦めて学校に向かうことにした。
「あ」
朝ごはんを食べた後、家を出ると花蓮と遭遇した。
「おはよう、ハル」
「おはよう」
「じゃあ、行こうか」
「うん」
僕達は最寄り駅へ向かって歩き始めた。
「昨日は帰るの早かったね」
僕は昨日、花蓮に置いて帰られたことを思い出して、少し恨みを込めて言った。
「うん。まあ、色々あって」
「……色々、ね」
その色々あったことのせいで、昨日は本当に酷い目にあった。
「……ハル、それで?」
「え?」
「昨日はあの子に会ったの?」
「……あの子?」
「響詩」
「……あー」
そういえば昨日、僕は花蓮に、響詩とは会わないと宣言していたっけ。
まあ最初はその言葉通り、彼女と会う気等一切なかったのだが……タイムスリッパーである彼女のせい。はたまた、未来の僕のせいで、僕達は出会ってしまった。
「……沼地公園では会ってないよ」
嘘ではない。
「ふうん」
何故だか少し気まずい。
「どうでもいいけど、あの子はやめた方がいいよ」
「え、なんで?」
「……なんでも」
花蓮は歩調を早めて、先を歩いていった。
そんな彼女に続く形で、僕は通学路を歩いて、電車に乗り、僕達は学校に到着した。
喧騒とする教室に到着する直前、僕は自分の心臓が少しずつ早まっていくのがわかった。
教室に到着すれば、響詩がいるかもしれない。そして、もし響詩がいたら、僕の顔を見た途端、昨日の調子で絡んでくるかもしれない。そしたらまた、昨日のように、僕は教室で針の筵だ。
「……あれ」
教室に到着するや否や、響詩がいるかどうかを確認した僕は拍子抜けした。
どうやら彼女は、まだ登校してきていないようだった。
「……ほっ」
僕はホッと胸を撫でおろした。
「ハル、昨日、本当に何もなかった?」
「……何もないよ?」
目ざとい花蓮に指摘された僕は、嘘をついた。
「嘘つき」
「何を根拠に」
「あんたは嘘をつく時、目が時計回りに泳ぐのよ」
……昨日の響詩とまったく同じ指摘をされてしまった。
「あ、あの……」
「別に、あんたが放課後、誰と会おうが、あんたの勝手じゃん」
言葉とは裏腹に、花蓮の機嫌は悪くなった。
これ以上、花蓮の機嫌を損ねると、後々面倒なことになる。
弁明しようと思う僕だが、花蓮は僕を無視して、自分の席に向かってしまった。
……経験則で、今の花蓮に声をかけることは、また機嫌を損ねることになる可能性が高い。
仕方がない。面倒だがタイミングを見計らおう。
僕も自分の席へと向かって、朝のショートホームルームが始まるのを、スマホで本を読みながら待つことにした。
「はい。みんな、おはよー」
まもなく、朝のチャイムが学校内に響き渡り、先生が教室にやってきた。
しかし相変わらず、響詩は教室には現れない。
「先生、ウタちゃんは?」
昨日、クラスメイトの自己紹介があったはずだけど、名も覚えていない女子が、先生に尋ねた。
「響さんは、今日は欠席です」
先生が残念そうに言うと、クラスメイト達はえーっ、と声をあげた。
……こいつら、学校は勉強する場所だぞ?
「今日、お仕事みたいなのよ」
そういえば昨日の入学式への遅刻も、仕事のせいだとか言っていたっけ。
「はいはい。残念がるのも程ほどに、朝のショートホームルームを始めるわよー」
先生の掛け声で、渋々生徒達は朝のショートホームルームに集中し始めた。
入学式翌日の今日は、通常授業は行われず、学校施設の案内や学年の集会等を行って過ぎていった。
そして、放課後。
「でさー」
「えー? ほんとー?」
高校生活二日目にも関わらず、友達作りが上手い人達は早速親しい間柄が出来ているようだった。
「ねえ高峰さん。高峰さんはどの部活に入るか決めた?」
「……まだだけど」
「じゃあさ、あたしと一緒に野球部の見学行かない?」
そして、友達作りが順調そうなクラスメイトの中には、花蓮も含まれていた。
「太田さん、野球部に入りたいの?」
「まだ悩み中だけど」
「すごいね。男子の中に交じって練習したいだなんて」
「え? あー、違う違う。マネージャーとしてだよ」
「……あ、そう」
「高峰さん、もしかして意外と抜けてる?」
花蓮は意外と抜けているし、意外と押しに弱い。
盗み聞きしている感じ、花蓮とは今日も一緒に帰れそうもない。
僕は鞄を持って、教室を後にした。
「あ」
廊下に出る直前、花蓮の情けない声が聞こえた気がした。
しかし、僕は足を止めることなかった。
でも、このまま家に帰るのも少し勿体ない気がして、さっき案内してもらった図書館に行こうと階段を昇った。
到着した図書室は、静かなものだった。
利用者は何人かいるが、皆、静かに読書や勉強をしていた。
空いている座席に腰を下ろした僕は、鞄から参考書を取り出そうと思ったけれど……折角、図書館に来たのだし、本でも借りようと思い至った。
そして、古本独特の香りを嗅ぎながら、本棚を吟味している時だった。
「ハル君、何の本借りるの?」
「まだ借りるかは決めてないよ」
「ふーん。あ、この本、結構面白いよ?」
「へー、どれどれ……って」
僕は目を疑った。
今、僕におすすめ本を紹介してくれた人物は、今日、学校を休んだはずの人。
「ひ、響詩っ!?」
「しーっ!」
驚きのあまり大声を出した僕に、響詩は人差し指を口に当てて、静かにするように促した。
「ごめん……」
僕は声量を抑えて言った。
「まあまあ、そりゃあ、学校休んだ人が学校にいたら、びっくりするよね」
「そ、そうだよ……。君、どうして今日、学校休んだのさ」
「仕事だよ? 先生に言われなかった?」
……そうだった。
「じゃ、じゃあ、どうして学校に?」
「そりゃあ、仕事が終わったからだよ」
「……休むならちゃんと休みなよ」
「まあまあ、あたしとしても、どうしても出来ればちゃんと学校には通いたいのさ」
「……そりゃあ、友達作りだったり、勉強だったり、遅れたくない気持ちはわかるけど」
「違う違う」
響詩は笑いながら、顔の前で手を横に振った。
「ハル君に会いたかったからだよ」
……頬が熱くなるのがわかった。
「今日の学校はどうだった? 楽しかった?」
響詩は、僕の気も知らずに、質問をしてきた。
「……普通だよ」
「へぇ、友達は出来た? 告白はされた?」
「……ぼちぼち」
「そっか。順調そうで何よりだよ」
今僕が、響詩の顔を直視出来ない理由は……羞恥のせいか。それとも、学校生活が順調だと嘘をついたせいだろうか。
でも、不思議と居心地は悪くなかった。
「ようし! それじゃあ、行こうか!」
「……へ?」
「放課後デートだよ! 放課後デート!」
……は?
「な、なんでそんなこと君としないといけないのさ」
「なんでって……わからない?」
響詩は、僕の手を掴んだ。
「あたしが、君とデートをしたいから……っ!」
彼女の柔らかい手の感触は、しばらく忘れられそうもない。