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第三話 理由

 どうやら彼女がタイムスリップしてきたという話はさすがに信じるしかなさそうだ。

 しかし、タイムスリップの話を信じるとしたら、いくつかの疑問が頭を過った。


「君はどうしてタイムスリップしてきたの?」


 真っ先に気になったのは、彼女のタイムスリップ理由だった。


「わからない。こっちが聞きたいよ」


 ただ、タイムスリップ理由は響詩自身でさえわかっていないようで、彼女は肩を竦めた。


「……じゃあ、タイムスリップ直前は一体、何を?」

「直前か……」


 さっきまで天真爛漫に微笑んでいた響詩の顔が曇った。

 どうやら地雷を引き当てたらしい。


「あたしね、死んじゃったの」


 喉がキュッと締まった気がした。

 脳裏に、幼少期に見た病室での光景が浮かんできた。


「……どうして死んじゃったの?」

「ただの末期癌だよ」

「……」

「見つかった時はステージ四でね。余命宣告もされた。でも、余命三ヶ月って宣告されたのに、三年も生きてやったんだ」


 誇らしげに言う響詩の姿が、少し痛々しく見えた。

 

「……基本的に楽しい人生だったよ。だから、死ぬことに憂いはなかった」

「……そうなんだ」

「うん。……心残りがあるとすれば、アイドル業関係かな」


 ……そうか。

 きっと癌が見つかった時点で、彼女は強制的にアイドルを辞めることになったのだろう。

 好きだった仕事を奪われ、辛い闘病生活を送る羽目になり……そりゃあ、心残りにもなるはずだ。


「……多分、ハル君は誤解をしているなぁ」

「……誤解?」

「うん。あたしがアイドル業に心残りがあるって言ったのは、アイドルとしてのキャリアが病気に潰されたからじゃないの」

「違うんだ」

「うん。……むしろ、逆かな」


 響詩は俯き、再びブランコを漕ぎ始めた。


「あたし、本当はアイドル以外のことももっとたくさんしたかったの」


 何故か、さっきと違って、彼女のスカートが靡くことに気を取られなかった。


「清楚系アイドルで売り出されたから、髪を染めさせてもらえなかったけど……本当は髪を染めてみたかった」


 響詩がブランコを漕ぎ強さが、徐々に上がっていく。


「長髪だけじゃなく、ボブとかにもしたかった!」


 ……ブランコに連動するように、彼女の声も荒くなっていく。


「学校生活をもっと味わいたかった……!」


 彼女の悲痛の叫びは、聞いているだけの僕の心にも刺さった気がした。


「……恋も、してみたかった」


 ……だから、タイムスリップをしてきたのだろうか?


「まあ、死ぬなら死ぬで構わないとは思っていたんだけどね?」


 ブランコを漕ぎ終えた響詩は、優しい声色で言った。

 どこまで本気なのか、僕には到底わかりそうもない。


「本当に?」


 思わず、僕は尋ねた。


「本当だよ。皆と同じ幸せを放棄したからこそ、あたしはアイドルとして大成出来たんだから」

「……アイドルとして大成出来た幸せと世間一般の幸せは共存出来なかったってわけか」

「まあね。……両方を願うだなんて、欲張りもいいとこだよ」

「達観しているね」


 同じ年なのに、彼女の達観振りには正直、舌を巻く。

 ……いや、見た目は同い年だけど、中身は彼女の方がずっと年上なのか。


「とはいえ、こうして折角タイムスリップ出来たわけじゃない? だから今、あたし、絶賛心残りを解消中なんだよね」

「そうするといいよ」

「それで、真っ先にしたことは染髪」


 ……そういえば先程、彼女は以前の時間軸では、清楚系アイドルで売り出すために髪を染めさせてもらえなかったと言っていた。


「どう? 似合ってる?」

「……」

「……似合ってる? ねえ、ねえ?」


 照れ臭くて無言を貫いていると、響詩が迫ってきた。


「答えるまで、距離縮めていくよ?」


 新手の脅し文句まで飛び出した……!


「に、似合ってる! 似合ってるよ!」

「本当、良かった……」


 響詩は安堵したかのように表情を緩ませた。


「これ、事務所にめっちゃ叱られたんだよね。……だから、せめて君に褒めてもらえてよかった」

「……っ」


 急にしおらしく微笑んだ彼女を見て、僕の頬は赤く染まった。

 思わず、僕は彼女から目を逸らした。


「そ、それでっ!?」


 空気を変えたくなった僕は、声を荒げた。


「ど、どうして僕にタイムスリップの件を話したのさ。普通、そんな非科学的な現象に巻き込まれたら……信じてもらえない可能性を考慮したら、口外しないもんだろ?」

「……ああ」

「どうしてタイムスリップのことを話したの。それも、初対面の僕に」

「……薄々、勘付いているんじゃないのかな?」


 響詩は、可愛らしく小首を傾げた。


「ハル君。君は将来の夢とかある?」


 響詩は唐突に尋ねてきた。

 ……彼女の質問を聞いて思い出した夢がある。

 今朝、丁度見た……小学生の時、僕が本を好きになった思い出をなぞったあの夢のことだ。


 あの日、僕は一冊のファンタジー小説に出会った。

 読書を熱心にする性格でもなかった癖に。

 辞書片手に小説を読み耽り、壮大なストーリーに心を奪われた。

 同じ体験を再び味わいたい。

 もう一度、あの感動を味わいたい。


 僕は読書が趣味となった。


 そして、思うようになったのだ。


 僕も……誰かの心を奪えるようになりたい、と。



 小説家になりたい、と。



 ……でも、僕が小説家になる日が訪れることはない。


「僕の将来の夢は、父と同じ外科医になることだよ」


 それが、今の僕の夢。


「残念だったね」


 響詩は僕の答えを聞いて、満足げに……されどどこか寂しそうに微笑んだ。


「君の夢、未来でちゃんと叶っているよ」


 ……つまり、将来の僕は外科医になれた、ということか。


「……そっか。それは良かった」


 僕は重たい口を開いて、項垂れた。

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