第十六話 学び
「じゃあハル君、またね!」
「うん。気を付けて」
響さんと別れた後、僕は一人帰路に着いた。
電車に揺られて数分後、僕は家の最寄り駅に到着し、電車を降りた。
「ただいま」
家。返事はない。
どうやら父さんはまだ、仕事をしているようだ。
仕方ない。
夕飯はコンビニ弁当でも買っていくか。
「あ」
家を出ると、体育着を身に纏った花蓮と遭遇した。
ここ数日、花蓮とは絶賛喧嘩中で口さえ碌に聞いてもらえていない。
そんな中でバッタリ出会ったもんだから、気まずい空気が僕達の間に流れた。
「……おかえり。今、帰りなんだ」
このまま無視するのもどうかと思い、僕は尋ねた。
「ん」
返事が返ってきた。
少しは腹の居所も収まったのだろうか。
「野球部入るの?」
「ん」
「そっか。大変だね」
「……」
「……」
「まあ、頑張る人を応援するのは退屈しないよ」
……不機嫌そうに花蓮は言った。
本当に、退屈しないと思っているのか……少し疑ってしまう。
「何?」
ギロリと鋭い眼光で睨まれた。
「別に」
「……はぁ。ハルはこれから、どこ行くの?」
「コンビニ。夕飯を買ってこようかと思って」
「……おじさんは?」
「まだ仕事みたい」
花蓮は俯いた。
上唇を噛みしめて、何かを思案しているようだった。
「じゃあ、あたしが夕飯作ったげる」
突然の申し出だった。
「え、いいよ。悪いし」
「いいから」
「でも……疲れてるでしょ」
「大丈夫だから」
「うわわっ」
花蓮のごり押しで、僕は彼女を家に入れてしまった。
まあ、ご近所である花蓮が僕の家に勝手に入ってくることは別に珍しいことではない。
……いや、中学生に入学した頃からは、こういう光景も少なくなっていたかもしれない。
僕は花蓮の後を追った。
我が物顔で家に入られることは少し思うところはあるが、料理を振舞ってくれることは素直に嬉しかった。
玄関。廊下。リビングの扉を開けると……花蓮は机の上の本に視線を落としていた。
「この本、何?」
「え?」
花蓮が指さしていた本は、先程、響さんと行った本屋で購入した脚本論の本だった。
「……あー。さっき買ったんだ」
「あんたが?」
「そうだよ」
……そうか。
花蓮には、僕が医者ではなく、小説家を目指すことはまだ話していなかったか。
そりゃあ、僕がその本を買うことに違和感を感じるのも無理はない。
あんたに小説家なんて無理だ、みたいなことを言われるのだろうか……?
「あんた、どうしてこの本を買おうと思ったの?」
「え?」
しかし、花蓮の発言は僕の予想に反したものだった。
「……どうしてって、響さんにおススメされたからだけど」
嘘偽りのない事実を告げたつもりだった。
「帰る」
しかし、花蓮は機嫌を損ねて、我が家を後にした。
「……えぇ?」
まるで台風のような一連の出来事だった。
僕は呆気に取られてしまった。
しばらくして、僕は気を取り直して、コンビニへ向かった。
唐揚げ弁当と、一応父の分のかつ丼も買って、家に帰った。
レンジで唐揚げ弁当を温めて、テレビを見ながらさっさと食べて……僕は自室に戻った。
「よし」
早速、買ってきた本を読んでみた。
買ってきた本のページ数は三百ページくらい。まあ、一時間もあれば読めるだろう。
時計の針の音だけが響く静かな部屋の中で、僕はじっくりと本を読んだ。
本を読んだ結果、脚本に関して、様々な作法を学ぶことが出来た。
皮肉の効いたテーマを設定すること。
ジャンルを明確にすること。
そして、ジャンルに対して鉄板の流れを理解すること。
本を読みながら、頭の中で、この本の実例に当てはまる内容がないかを考えながら読んでみた。
すると確かに、この本の内容通りになっていることが実感出来た。
「すごいな」
この本一冊で、脚本に関する知識を深めることが出来ることにすごいと思っただけではない。
脚本に関する知識を、ここまでわかりやすく文字に起こすことが出来るのか、と思って、すごいと思ったのだ。
僕はノートを広げた。
早速、この本で学んだ知識を実践しようと思ったのだ。
一体、どれくらいの時間集中していただろうか。
「ハル。ただいま」
「うわっ」
自室の扉が開き、いつの間にか帰ってきていた父さんが声をかけてきた。
あまりに集中していたせいで、僕は思わず、声をあげてしまった。
「ごめん。勉強してたかな?」
「……あ、うん」
「そうか。じゃあ、引き続き頑張って」
「うん」
僕は父さんに微笑みかけた。
「あ、夕飯。お弁当だけど買っておいたよ」
「ありがとう」
父は部屋を後にした。