第十五話 本屋
放課後、帰りのショートホームルームが終わると、僕は一目散に帰宅しようとした。
「ステイ」
「ぐえっ」
しかし、目ざとい響さんに見つかって、僕は首根っこを掴まれて制止させられた。
一部始終を見ていたクラスメイトは、僕達を見てくすくすと笑っていた。なんだか夫婦漫才でもさせられている気分だった。
「なんだよ、響さん」
「ハル君、今日の放課後はどこ行くの?」
「どこって……」
向かう先を言いかけて、僕は口をつぐんだ。
響さんには僕が小説家を志す道しるべを与えてもらった恩があるが、クラスメイトから茶化されているこの状況で、一緒に帰宅するのはリスクが高すぎると思った。
「あれ、言ってくれないの?」
「まあね」
「ふーん」
これで彼女も諦めてくれるだろうか……?
「本屋でしょ」
諦めるどころか当てられたー。
「……なんでわかったの」
「ハル君、多分これまで、小説を書いたこと、一度もないでしょ?」
「どうしてそう思うのさ」
「君の性格を考えたら、お父さんとの関係が解消しない状態で小説なんて書かないと思って」
……ご名答。
「だから、小説の書き方の勉強本でも買いに行くのかなって」
「……よくそこまでわかるね」
「君の性格を考えたら、まずは何事も勉強から始めると思って」
……気持ち悪いくらい、僕の性格を熟知しているな、この人は。
「……僕と一緒にいるところを見られたら、また変な疑いかけられるよ?」
「じゃあ、変な疑いじゃなくする?」
……それって。
僕は思わず響さんを見た。……が、ニヤニヤ笑う彼女を見て、自らの咄嗟の判断を少し悔いた。
「……あれー? どうしてそんなに顔が赤いのかなー?」
響さんは頬を染めた僕を見て茶化してきた。
「……君が魅力的だから悪いんだ」
ぽつり、と彼女に聞こえない程度の声で呟いた。
「へあぇ!?」
響さんは顔を真っ赤にして、情けない声をあげた。
「……」
「……」
「……君って意外と恋愛耐性ないよね」
「だ、だまらっしゃい!」
響さんは怒った。
ただ、僕より前の時間軸の人生を足すと、僕より十五年分長く生きていて、かつ恋愛エキスパートみたいな風貌をしている割に、響さんの反応は一々、可愛げがありすぎる。
もしかして響さん、前の時間軸はアイドル業一筋で、碌に恋愛経験がないんじゃあ……?
「……むーっ!」
「いたっ」
響さんは手にしていた鞄で僕を数度ぶった。
思わず、痛いと言ったが、本当はそこまで痛くはなかった。
「君が悪い」
「横暴だなぁ」
「埋め合わせして」
断る余地はなさそうだ。
「わかった。……じゃあ、一緒に本屋行こう?」
「うんっ!」
響さんは鞄からいつもの眼鏡を取り出して、装着した。
……それ一つでは変装の足しにもなっていないことが先程発覚したというのに、律儀な人である。
「あたし、小説の書き方をまとめた本でおススメあるから教えるよ!」
駅までの道中、響さんが言い出した。
「なんで君がそんなこと知っているの」
響さんは別に、小説家志望ではなかったはずだ。
「これでもアイドル歴が長いからね。そういう世界の人とも伝手が出来るの」
「……へぇ」
「で、その手の人からおススメされた本。脚本論を書いた本なんだけどね」
「脚本論、か」
まあ、脚本も小説も……ストーリーを構築するためのイロハには近しいものはある気がする。
駅に到着した僕達は、電車に揺られた。
しばらくして、大型ショッピングモールがある駅に到着すると、僕達は電車を降りて、改札を出た。
平日夕方で雑然とするショッピングモール内を散策して、十分経った頃に本屋を見つけた。
度々、この本屋にはお世話になるが……ショッピングモール内の本屋であるにも関わらず、ここは棚が多く、目当ての本が見つけやすいと思っていた。
「あ、これ?」
「そうそう。それそれ」
響さんが紹介してくれた本も、無事見つけることが出来た。
……作者と翻訳者の名前。
どうやらこの本の大本の出版社は、国内ではないようだ。
ペラペラと本の内容を速読した。
「はっや」
響さんが隣で、僕の本を読むスピードに目を丸くしていた。
「……小さい頃から読んでいるからね」
「それでも、そこまで早くなるものなの……?」
「わかんないけど、僕は早くなったんだ」
「……本当に内容わかってるの?」
「わかってる」
僕は本を閉じた。
「買ってくる」
「内容は良さそうだった?」
「うーん。……初版の出版が二十年近く前だから、どこまで参考にしてよいかはわからなかったけど……それでも、とっかかりには良いと思う」
「そっか。良かった」
響さんは安心したように胸を撫でおろした。
確かに、僕にこの本を進める手前、僕が本の内容を使えないと判断されるかもしれない状況はプレッシャーだったのかもしれない。
「ありがとう。色々、感謝してる」
僕はもう一度、響さんに感謝の意を示した。
「いいよ。あたし、このために人生をやり直しているんだし」
そう言ってもらえるのは、少しだけ助かったと思った。