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第十四話 志半ば

 響さんにお礼を言った後、そろそろ昼休みも終わるために教室に戻ると、クラスメイトの視線が一気に僕達に集中した。


「響さん。えぇと……彼とはどんな関係なの?」


 名も知らないクラスメイトの誰かが、隣にいる響さんに尋ねた。

 クラスメイトは、僕の方をチラリと見た。その視線は、どこか僕を訝しむものだった。


 僕、彼女に何かしたっけ?

 こんな視線を送られる程、交友関係なんてあるはずがないんだけど……。


「南ちゃん。急にどうしてそんなことを気にするの?」


 どうやら名も知らない彼女の名前は、南ちゃんと言うらしい。

 

「……だって」


 ……あ、そうか。

 すっかり忘れていた。

 そういえば響さん、国民的アイドルだったんだ。

 そんな響さんの手を、休み時間になった途端、強引に引っ張って連れていった僕。


 多分、今、南さんは……いや、このクラスの人全員は、僕のことを姫をさらう悪役みたいに見ているんだ。

 だからきっと、あの訝しむ視線は敵意の視線。


 ……面倒なことになってしまった。

 一体、どうやってこの場を切り抜けよう。


「もしかしてさ……」


 僕は南さんの一挙手一投足に息を呑んだ。


「二人って付き合ってるのー!?」


 ……へぁ?


「入学式初日から怪しいと思ってたんだよねー!? 放課後、毎日のように一緒に帰ってない!?」


 ……ああ、そうか。

 南さんの僕を見る目は、訝しむものじゃなくて好奇の視線。


「どうなの!? もしかして本当に、本当だったりしちゃう!?」


 どうやら僕と響さんは今、クラスメイトから恋仲であることを疑われているらしい。

 まあ、色恋沙汰は全人類が好むトピックスだもんな。

 片方が人気アイドルであることも考慮すると、そりゃあ面白がるのも無理はない。


 ただ、南さんの説は事実無根。

 いくら関係を疑われようと……ここは気丈に、身の潔白を主張するに限る。


「昨日も二人でデートしてたんでしょ!?」


 ……ん?


「太田君、昨日の放課後、眼鏡をかけて変装した響さんと彼が一緒に帰っていたとこ見たって言ってたよ!?」


 バレてる……っ!

 やっぱりそうだよ!

 眼鏡程度じゃ変装には心許なかったんだよ……!


「た、タイム!」


 僕は声をあげて、響さんと一旦廊下に出た。

 途端、ヒューヒューと僕らを茶化す声が教室内から響いてきた。


「どしたの、ハル君」


 響さんは目を丸くしていた。


「どうもこうもないよ! 君、今、アイドル生活存亡の危機に立たされているんだよ!?」


 アイドルにとってスキャンダルはご法度。

 特に昨今は、人気アイドルに恋人がいることが発覚する度に週刊誌がすっぱ抜き、SNSが大騒ぎになる。祝福する人間は滅多にいないし、炎上とならない場合も、アイドル自身の人気は地に落ちるケースが散見される。

 そんなスキャンダル一歩手前の誤解をされかけているというのに、響さんは中々、呑気なものだ。


「とにかく否定しないと! 君のアイドル生活が終わってしまうよ!?」

「もー。ハル君、それはオーバーだよー」

「……崖っぷちなのは君の方なのに、なんて楽観的なんだ」


 僕は呆れた。


「タイム、そろそろ終わる?」

「まだかかるっ!」

「了解」

「……とにかく、どうするのさ! アイドル生活が志半ばで終わるなんて、君も望んでいないだろ!?」

「……むふふ」


 響さんは変な笑みを浮かべていた。


「ハル君、忘れてない?」

「何を」

「あたし、これでも実年齢は君よりだいぶ上なんだよ?」

「うん。笑えないパワーワードだね」

「……つまりさ、こんな苦境、何度も体験しているわけさ」

「……おお」

「ふふんっ」

「……それはつまり、前の時間軸ではアイドル業の傍ら、裏で色んな男をとっかえひっかえしていたってこと?」

「違うよ?」

「違うんかい」


 おほん、と響さんは咳払いをした。


「とにかくお姉さんに任せなさい」


 華奢な体な癖に、今はどうしてか頼りがいがあるな。


「こういうのは、誠実で真摯な態度で向き合えば、理解してもらえるよ」

「……わかった」

「ごめんね、皆。タイム終わり」


 うおーっ、と教室が沸き上がった。


「それでそれでっ!? 二人は付き合ってるの?」

「ううん。付き合ってないよ」

「う、嘘だぁ」

「嘘じゃないよ」

「……じゃあ、二人の間に好意はないの?」

「あるよ」


 ……えっ。


「あたしはハル君のことが好き」

「えぇぇっぇえええ!?」

「でもあたし、彼に振られちゃったの」


 ……誠実で真摯な態度、とは?

 さっきからこいつ、嘘しかつかないじゃん……。


「ちょっと! 赤井君!」


 青井です。


「響さんを振ったってどういうこと!? ちゃんと理由を説明してよ!」

「おほん。それはあたしが説明するよ」


 ……響さん、頼むから君は、もう喋らないでくれ。


「彼があたしを振ったのは、あたしがアイドルであるがためなの」

「……どういうこと?」


 本当、どういうこと……?


「アイドルであるあたしに彼氏が出来たら、アイドルを廃業しないといけなくなるかもしれないでしょ?」

「……」

「だから彼、今はその時じゃないって……あたしを叱責してくれたの」


 静まり返る教室。

 ……しばらくして、わっと教室が盛り上がった。


「赤井くーん!」


 だから青井だって言ってんだろ。


「いやあ、君は出来る男だと思ってたよ!」

「本当! 今度勉強教えて!」


 僕は無条件にクラスメイトから持て囃された。

 響さん、僕よりよっぽど表現者に向いてそう。口からでまかせでこれだけたくさんの人を虜に出来るのだから。

 

 わいわいがやがやと騒がしい教室で、クラスメイト達の関心が響さんに移ったタイミングで、僕は自席に戻った。


「……何?」


 花蓮と目があった。


「別に」

「……そっか」


 僕はため息を吐いて、椅子に腰を落とした。


「ねえ響さん! 赤井君のどこを好きになったの!?」


 響さんの周りには、相変わらずたくさんのクラスメイトが集っていた。


「ふふっ、そんなの決まっているよ」

「へえ、どこなの?」

「それは……」

「……」

「…………」

「…………?」


「偏屈なところ?」


 決まってないじゃないか。

 なんで疑問符がついてんだよ。


 ……さすがにこれは、クラスメイトも呆れるだろう。


「へー! そっか! 偏屈なとこか!」


 納得するんかい。


「良かったな赤井君! 偏屈な性格で!」


 馬鹿にしてんだろ。


「……はぁ」


 僕はため息を吐いて、クラスメイトが静かになるのを待った。

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