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第十三話 大胆

 翌朝、いつもの時間に目を覚ますと、ここ数日は味わえなかった体の軽さを感じた。

 睡眠も浅くなりがちだったが、今日はぐっすり眠ることが出来た。


「おはよう」


 制服に着替えて一階のリビングに行くと、父さんは既に病院に出勤していったらしい。

 本当に、働き者な父さんには頭が上がらないと思いつつ、僕は父さんの用意してくれた朝ごはんを食べて、家を出た。


「あれ」


 家の扉を開けると、いつもは家の前で待ってくれている花蓮がいないことに気が付いた。

 そういえば昨日、花蓮と久しぶりに喧嘩をしたんだっけ。

 今度、ちゃんと謝らないとな。


 とりあえず、僕は学校へ向かって歩き出した。

 電車に乗って、学校最寄りの駅で降りて、通学路を歩いて、学校に到着した。


 教室には幾人かのクラスメイト。

 花蓮はいない。もしかしたら、野球部の見学に今日も行っているのだろうか?


 あと、響詩もまだ教室には来ていなかった。

 もしかしたら彼女は今日も仕事で学校に来れないのかもしれない。


 始業の時間が近づくにつれて、教室にクラスメイトが集ってきた。

 始業五分前、花蓮も教室に入ってきた。どうやら本当に野球部の見学に行っていたらしい。彼女は体育着を着て教室に入ってきた。


 ……チラリと花蓮と目があったが、すぐにそっぽを向かれた。

 どうやらまだ怒っているようだ。


 それにしても、響詩はやはりまだ教室に入ってこない。

 今日も遅刻だろうか?


 チャイムが鳴ると、程なくして担任の先生が教室に入ってきた。


「はい、皆、おはようございます」

「先生、ウタちゃんは?」


 挨拶もそこそこに、クラスメイトの一人が先生に尋ねた。


「あー、今日は病院に行ってから来るそうよ」


 何の気なしに発した先生の言葉に、クラス中がざわついた。

 僕も……それは同じだった。

 そういえば彼女は、前の時間軸で癌を発症したことを語っていた。


 ……まさか、歴史が変わって彼女の癌発症が早くなったのではないだろうか?


「あー、ごめんごめん。心配しないで。ただの風邪らしいから」


 ……ホッ。なんだ、ただの風邪か。

 一瞬心がざわついたものの、それからは静かな朝のショートホームルームが始まった。


 連絡もそこそこに、今日も今日とて、通常授業はほぼなく、全体集会等で時間が過ぎて行った。

 集会には、あまり集中出来なかった。

 いつもなら響詩のことなんて待っていなかったのに、今日は一刻も早く会いたかった。


「おっはよーございまーす!」


 僕の気持ちが逸っていることなど知る由もない響詩が登場したのは、昼の休み時間の最中でのことだった。


「ウタちゃん! おそいよー!」


 歓声を上げるクラスメイト達。


 ガララッ!


 そんなクラスメイト達のことなど忘れ、僕は人目も憚らず、響詩の到着に歓喜し、立ち上がった。

 椅子が倒れる音で、周囲の視線が響詩から僕に向いた。


 あまりにたくさんの視線を浴びたものだから、背筋が凍った。


「響う……たさん」

「何? ハル君」

「ち、ちょっといい?」

「え? ……うわわっ」


 倒れた椅子を戻すこともせず、僕は扉の前で立ち尽くす響詩の手を引っ張って、廊下へ出た。

 どれくらい、響詩の手を引いて走っただろうか。

 人目のなさそうな昇降口の扉の先で、僕は彼女の方へ向き直った。


「遅いよ」


 最初に口から漏れたセリフは、文句だった。


「え、ごめん」

「……あ、いや。こっちこそごめん」

「……もしかして、謝るために引っ張ってきたの?」

「なんで?」

「え、あ……うん」


 微妙な空気が流れた。

 あれ、もしかして僕、またなんかやっちゃいました?


「か、体の具合はどう?」

「え? ああ、まあ大丈夫だよ」

「風邪なら、あんまり無理しない方が」

「……あー。実は風邪じゃないんだ。今日、病院に行った理由」

「え?」


 僕は不安げに彼女を見た。

 風邪で病院に行ったわけではない、ということは……まさか本当に、癌が発症したのか?


「多分、今、ハル君が思っていることは間違っているよ」

「じゃあ、どうして病院に?」

「そりゃあ、定期健診だよ」


 あっけらかんと、響詩は言った。


「癌を発症しても、初期状態なら治療出来るでしょ?」


 ……なるほど。

 タイムスリップしてきた彼女だから出来る病気の対策方法だ。


「それで、癌の方は?」

「そんなもんないけどってめっちゃ困惑された。草」

「草じゃないが」


 僕はホッと胸を撫でおろした。


「……え? は、ハル君。もしかしてあたしのこと、心配してくれてたの?」

「当然でしょ」

「え? え、えぇぇぇ? そ、そんな、大丈夫だよ?」


 ……唐突に、響詩は頬を赤らめてモジモジし始めた。

 恋は百戦錬磨みたいな風貌をしている割に、中々ウブな反応だ。


 それこそ、そんな態度を示されるこっちも恥ずかしくなるくらいに。


「……あ、あの、実を言うと、本題はそっちじゃないんだ」

「……ぶー」

「な、なに?」

「なんでもない」


 響詩はそっぽを向いた。どうやらヘソを曲げてしまったらしい。


「で? 話って何?」

「その……君のおかげで、父さんに話せたんだ。小説家になりたいって夢」

「そうなの? それで、結果は?」

「……自分でも驚くくらい、スムーズに許してもらえた」


 本当、拍子抜けするくらい、あっさりと許されてしまったもんだから、僕は思わず苦笑した。


「そっか。……良かったぁ」

「ありがとう。本当に」


 僕は彼女に頭を下げた。


「君のおかげで、僕は自分の夢に挑戦することが出来るから」

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