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第一話 出会い

 茹だるような暑さの日、僕は一人、図書館に向かうためにアスファルトの上を歩いていた。

 大粒の汗を掻きながら死に物狂いで歩いて、図書館に入った瞬間、冷たい冷気が僕の体を包んだことを、昨日のことのように思い出せる。


 図書館に向かった目的は、夏休みの課題である読書感想文用の本を借りるため。

 読書感想文の本はすぐに見つかった。しかし僕は、炎天下の外を再び歩く気力がなく、図書館で日が暮れるまで時間を潰すことにした。


 自分の身長よりも高い本棚の間を歩いていると、鬱蒼と生い茂る木々の間を歩くような錯覚に襲われた。

 そんな中、僕は一冊のファンタジー小説と出会った。

 世界的に有名な本で、映画化もされているその本を僕が手に取った理由は、高そうな本の装丁が気になったから。ただそれだけ。

 だから、つまらなかったらさっさと本棚に戻そうと考えていた。


 本棚の前、重量のある本を立ちながら読むこと数分。

 気付けば僕は、本を抱えて読書スペースに向かっていた。

 児童向けではなく、難しい言葉も散見され、翻訳も少し変わっていて、意味が理解出来ない部分もある……難解な本だった。

 しかし僕は、そのファンタジー小説を、結局図書館の閉館時間まで読み耽り、シリーズ全てを借りて家に帰宅した。


 そして、夏休みが終わるまで、そのファンタジー小説をひたすら読み続けた。

 壮大なストーリーに一気に心を奪われた。



 そして、僕もこんな風に、誰かの心を奪いたいと思った。



「おはよう。お母さん」


 十五歳、春。

 いつも通りと同じ時間に目を覚ました僕が真っ先に向かった先は、リビングにある仏壇。

 僕は母の遺影に手を合わせた。


 母が天国に旅立ったのは、僕が七歳の頃。

 僕が五歳の頃に末期癌が見つかり、それからは闘病生活を送るため、ほとんどの時間を病院で過ごし、天国へと旅立った。

 おかげで、僕が覚えている母との思い出は、ほとんどが病院でのものだった。

 仏壇の前から移動した僕は、リビングの机の上にある朝食のおにぎりと書置きのメモを見つけた。


『高校入学おめでとう。今日は仕事で入学式に参列出来ないけれど、楽しんできてください』


 父の字だった。

 僕はテレビを点けて、ニュース番組をぼんやりと見ながら朝食を取った。食べ終わった後、皿をキッチンのシンクへ運び、洗面所へ向かった。

 洗面所で身支度をした後、僕は玄関へ向かった。


「行ってきます」


 玄関の扉を開けると、一陣の風が吹いてきた。

 どこからか飛んできたピンク色の桜の花びらが、宙を舞った。


「おはよう、ハル」


 桜の花びらに気を取られていると、家の前にいた幼馴染の高峰花蓮に声をかけられた。


「おはよう、花蓮」

「じゃあ、学校行こうか」

「うん」


 彼女との出会いは、僕達が三歳の頃。

 僕達の家は新興住宅地にある。そして、僕達の両両親はほぼ同じ時期にこの地に引っ越してきた。

 同じ年代の子供がいて、同時期に引っ越してきたということもあり、母親同士が意気投合。母親経由で僕達も仲良くなった格好だ。

 まあそれでも、小学校から始まり、中学、高校まで同じ学校に進学するとは思わなかった。


「……おじさんは今日も仕事?」

「うん。そっちは?」

「来るみたい。嫌よね」


 今日の高校の入学式、どうやら花蓮の両親は出席予定らしく、愚痴っぽいことを彼女が言った。


「……ハル。答辞の方は大丈夫そう?」

「まあ、ぼちぼちかな」


 縁あって、今日の入学式の答辞は、僕が読むことになっていた。


「あーあ、昔はあたしの方が頭良かったのになあ」

「……今だって、ほぼ同じでしょ。同じ学校に進学しているんだし」

「そうだけど……」


 花蓮はため息を吐いた。


「あたしは、ハルと違って、明確な将来の夢がないんだもん」


 花蓮の言葉に、僕は黙った。


「……やっぱり目標の有無は大事だよ。モチベーションが上がらないもん」

「勉強をサボる口実を探してるだけに聞こえるよ?」

「あはは。そうかも」


 高校へは電車での通学となる。

 まもなく、僕達の家の最寄り駅に到着する。


「はー。こんな暗い話やめましょ? 今日は折角の門出なんだから」

「構わないよ。まあ、暗い話を始めたのは君だけどね?」

「……高校では、どんな出会いがあるかなー?」

「……どんな出会いがあるだろうね」


 ……まあ、彼女は色んな出会いがあることだろう。

 花蓮はとても可愛いから。

 中学時代から、色んな人に告白されたという話を何度も耳にした。


「……ハルも、たまには勉強以外のことにもやる気を出してみたら?」

「そうだね」


 反面、僕は花蓮以外に仲の良い友人を、これまでの学生生活で作れた機会はほぼなかった。

 友達を作りたいという欲がないわけではない。

 ただ、友達がおらず、学生生活を一人で送ることになるなら……それならそれで、別に構わないと思っていた。


「……友達なんて作らなくても別に困らないしなあ、みたいな顔してるね」


 花蓮は目ざとく、指摘してきた。


「ハルは、あたしが君のそばからいなくなったらどうするのさ」


 花蓮が唇を尖らせる頃、僕達は駅に到着した。改札を通って、ホームへ向かった。

 駅に到着したためか、花蓮との会話は打ち切られた。そこからはしばらく無言が続いた。


 会話の話題がないわけではない。

 ただ、彼女の言う通り、花蓮がいなくなった場合のことを考えていたら、会話を続けたい気分ではなくなったのだ。


 高校最寄りの駅に到着すると、同じ制服を着た学生が次々と電車から降りてきた。


「皆、新入生かな?」


 花蓮が尋ねてきた。


「どうだろう?」


 僕は曖昧な返事をした。新入生であろうがなかろうが、どっちでも良かった。

 学校に到着すると、校門前に新入生のクラスが張り出されていた。


「……早速、お別れかもね」


 花蓮が不穏なことを言い出した。

 まあ確かに、僕達が別々のクラスになったら、今と同じ距離感で交友する機会はめっきり減る気もする。


 新入生のクラスは、受験番号で記載されていた。

 僕は自分の受験番号を探した。


「……二組」


 花蓮が言った。


「ハルは?」


 ……僕のクラスは。


「二組」


 どうやら、腐れ縁はまだ切れないらしい。


「少し残念かも」


 少し嬉しそうに、花蓮が言った。


「折角、親離れするチャンスだったのに」

「君が子。僕が親って認識で合ってる?」

「勿論、逆だよ」


 なんでだよ。

 ……でも、確かに僕はこれまで、花蓮におんぶにだっこだった部分もある気がする。主に学校生活において。


 そう考えると、花蓮が僕と距離を置きたいと思っている理由にも納得出来る。

 そもそもがおかしな話ではあったんだ。

 学校の人気者である花蓮と日陰者である僕が、こうして一緒に通学出来ているだなんて。


 僕達の接点は、幼馴染であるということだけ。

 中学時代は作らなかったみたいだけど、花蓮が恋人を作った途端、きっと僕達は疎遠になっていくに違いない。


 ……逆パターンはないだろうか?

 つまり、僕に恋人が出来るパターン。


 ……ないな。


 偏屈な僕と付き合いたいなんて思う奇特な人を見つけるだけでも至難の業なのに、そもそも僕は今、恋人を作りたいとさえ思っていないのだから。

 こりゃあもしかしたら、僕、一生独り身かもしれないなぁ。


 自分の人生が前途多難であることに気付き、頭を抱えている内に、入学式の時間がやってきた。

 担当教員に引き連れられ、僕達一年二組は入学式会場である体育館へ歩いた。


 ……あれ。

 僕は、僕達一年二組のエリアにあるパイプ椅子が一つ、空席であることに気が付いた。


「初日から遅刻とかやばくなーい?」

「ね。もしかして不登校とか?」


 クラスメイトの反応を見るに、他の人も空席を作っている人がどこで道草を食っているかは知らないらしい。

 結局、空席を作っている子は入学式開始に間に合うことはなかった。


 入学式は、順調に進んでいった。

 そしてついに、僕の答辞の時間がやってきた。


 壇上に立った時、意外と緊張はなかった。

 深く礼をして、一つ咳払いをして……。


「答辞ーー」


 僕は話し始めた。


「遅れてすみませーんっ!」


 ……が、邪魔が入った。

 突然、体育館の扉が思い切り開けられたのだ。


 在校生全員の視線が、遅刻してきた女の子に向けられた。

 瞬間、悲鳴が上がった。


 一つや二つではない。

 まるで集団ヒステリックでも起こしたかのように……次々に在校生は発狂し始めた。


「も、もしかしてあの子、響詩っ!?」

「アフタヌーンのウタちゃんっ!?」

「えー、マジ? 本物っ!???」


 金髪。

 ピンク色のカチューシャ。

 まるでモデルかのようなスタイルの良さ。

 スカート下から覗かせる柔肌。


 ……遠目からでも、思わず見惚れる人が多数現れそうな美貌の少女。

 というか、見惚れる人どころか、暴徒と化しそうなんだけど。


「静かにしなさーい!」


 騒然とした入学式会場に響く、先生の声。

 静まらない学生。

 気まずそうに頭を掻く……響詩という名の少女。


 僕は、壇上の上で呆気に取られるしかなかった。

 ……何なら、一刻も早くこの壇上から降りたい気分だ。


「……!」


 響詩という名の少女をぼんやりと眺めていたら、彼女と目が合った。

 目を逸らすことは出来なかった。

 パニック寸前の学生達が、先生の怒号でようやく静かになった頃、響詩は、僕に微笑みかけてきた。


 ……邪魔して悪かった、とでも言いたいのだろうか?


 未だ浮足立ってはいるものの、響詩の登場から三分程度で入学式は再開された。

 答辞を読み終えた僕は、さっさと壇上を後にした。


 それから入学式は終了し、新入生は各々が各々のクラスに戻っていった。

 ようやく穏やかな時間が戻ってくる。

 

「ウタちゃん! どうしてウチの学校に!?」

「最新アルバム買ったよ!」

「握手! 握手してくれ!」


 ……そう思ったのも束の間、なんと響詩は、僕と同じクラスだった。

 響詩の机の周りには、人だかりが出来ていた。


「すごい人気だね」


 花蓮が僕に話しかけてきた。


「そうだね。……これは、君の学校での人気にも影響しそうだ」

「それは別にどうでもいい」

「どうだか」

「本気だから。好きでもない人に好意寄せられても、困るだけでしょ」


 ……中々、ドライな言い方だ。


「……花蓮は、彼女のこと知ってるの?」

「知らない人は、国内探してもあなたくらいなものよ」

「それはすごい。世間に疎すぎだろ、僕」

「そうだね。……まあ、そこもあなたの良いところだと思うけど」


 僕は乾いた笑いを見せた。


「ね」


 花蓮との会話を楽しんでいる時だった。


「わ」


 花蓮の驚いた声に、僕はゆっくりと後ろを振り返った。

 そこにいたのは、響詩その人だった。


「……何か?」

「青井ハル君、今日の放課後は暇?」

「……うん。まあ」

「本当? やった!」


 ……なんだろう。嫉妬の視線がチクチク痛い。嫉妬の視線に刺されて出血過多で気絶しそうだ。


「じゃあさ、放課後、沼地公園の時計の下に来て」

「わかった」


 僕は即答した。


「じゃあ、よろしくね!」


 響詩は、笑顔を見せながら自席に戻った。

 相変わらず、視線が痛い。


「……ハル」


 そして、隣にいた花蓮の声も何故か冷たい。


「本当に沼地公園に行くの?」

「行かないよ」


 僕は即答した。


「押しが強そうな子だし、拒否したって聞きやしないと思って」

「……最低だけど、正しいと思う」


 つまり、どういうことだ?


「あんまり関わらないで。あの子とは」

「どうして?」

「どうしてって……なんでもない」


 足早に、花蓮も自分の席に戻っていった。

 入学式ということもあり、新入生は午前中で下校となった。


 休み時間の度に人だかりが出来る響詩の席をチラリと見た。

 今なら彼女にバレることなく、教室を後に出来そうだ。


「花蓮、さっさと帰ろう……あれ」


 教室に、既に花蓮の姿はなかった。

 一瞬、脳がフリーズしたものの、今を逃すとまた響詩にウザ絡みされそうだと思った僕は、急いで教室を後にした。


 時折背後を気にしながら、下駄箱。校門。最寄り駅、と家に急いだ。


「ふーっ」


 さっきスマホで調べた感じ、沼地公園は学校そばの公園らしい。

 つまり、電車に乗ってしまえば、さすがの響詩も僕を追ってこれないだろう。

 シートに腰を下ろした僕は、緊張から解放されて深いため息を吐いていた。


 いや、緊張から解放されただけで深いため息を吐いたわけではない。

 今日は色々なことが起こりすぎた。

 入学式。

 答辞。

 ……有名人と思しき人間と同じクラスになったり。


 有名人と思しき人から、放課後、呼び出されたり。


「……なんだったんだろう、話って」


 レールの上を走る電車の中、僕は一体何の用事で響詩が僕を呼び出したのかを考えた。

 しかし当然、心当たりは一切ない。


「考えるだけ無駄……か」


 丁度、電車が家の最寄り駅に到着した。

 ホームへ降りて、改札を出て……まっすぐ家に帰る気分にはならなかった。


 心がざわついたせいだろうか。


「……本屋にでも寄ろう」


 僕は駅から徒歩三分の場所にある本屋に足を運んだ。

 参考書でも探そうと思ったのだ。


 ……しかし、気付いたら小説のコーナーの前に立っていた。


「……これ」


 どこかで見た覚えのある高そうな本の装丁を見つけて、思わず手に取ってしまった。


「……誇張抜きで、もう百回は読んだんだけどな」


 僕は自嘲気味に笑って、ファンタジー小説のページを捲った。

 一体、どれくらいの時間、ファンタジー小説を読みふけっただろうか。


「へー、そのファンタジー小説、この頃から好きなんだね」


 忘れたくても忘れない声色が、真横から聞こえてきた。

 僕はゆっくりと声がした方向へ振り向いた。


 そこにいたのは……。


「え……」


 一生忘れることは出来ないだろう出会い方をした、響詩だった。

 脳がフリーズした。

 思考がまとまらなかった。


 一体、何故……?


「な、なんでここが……?」


 どうして彼女は、僕がここにいるとわかった?


「び、尾行してきたのか?」


 ヒュンっと寒気を感じた。

 警戒心は解けそうもない。


「尾行? 違う違う」

「信用しろって?」

「出来ない?」

「当たり前だろ」


 僕は響詩を睨みつけた。


「尾行したんじゃないなら、どうしてここに僕がいるとわかったんだよ」

「……それは」

「ここは学校の最寄り駅でもないし、ターミナル駅ってわけでもない。簡単に特定なんて出来っこないだろ」

「それは、聞いたからだよ」

「誰に?」


 ……まさか。


「違う違う。カレンじゃない」

「……じゃあ」


 一体、誰に?

 微笑んだ響詩は、ゆっくりと僕を指で指してきた。


「君に」

「は?」

「だから、君に聞いたの」

「……は、はあ?」


「あたし、十五年後からタイムスリップしてきたの」


 開いた口が塞がらない僕に対して、彼女は続けた。


「大好きだった君と再会するためにね」

いつもは3秒で登場人物の名前を決める私が、今回は珍しく本気で名前を考えました。


青井春あおいはる:主人公。青春みたいな名前をしている。

響詩ひびきうた:ヒロイン1。自称タイムスリッパ―。真偽不明。歌が響きそうな名前をしている。

高峰花蓮たかみねかれん:ヒロイン2。幼馴染。だから負ける。高嶺の花っぽい名前をしている。


安直!!!!!

評価、ブクマ、感想をよろしくお願いします!

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