第二十二章:改革の胎動
春場所千秋楽から一夜明け、東京・両国の宿舎には朝から報道陣が詰めかけていた。
「力士・天馬」の名前が、すでに一個人の枠を越えて――**“象徴”**になり始めていた。
『SUMOU MODE』の写真集は発売1週間で重版決定。
斬新な化粧まわしと、桜の舞う土俵入り映像は、国内外で再生回数200万を超えている。
SNSでは、「#相撲がかっこいい」「#天馬の美学」というタグが若者の間でバズり、ついにはアメリカのメディアにも取り上げられる始末だった。
だがその一方で、保守派からの批判も強まっていた。
「相撲はショーではない。伝統を踏みにじる行為だ」
「化粧まわしのデザインが派手すぎる。協会の品格に反する」
そしてついに、相撲協会から通達が届く。
《今後の土俵入りにおいて、協会の定めた意匠・格式を逸脱した化粧まわしの使用を控えるよう指導する》
名指しこそないが、それが天馬に向けたものであることは明白だった。
宿舎の一室。通達を読み上げた風間親方は、眉をひそめていた。
「……予想してたことではある。けど、こうも早いとはな」
天馬は黙ってうなずいた。春場所で得た手応えも、観客の声援も、舞からの笑顔も――すべてが、自分のやり方に意味があったことを証明していた。
それでも、伝統は重く、根強い。
「止めますか? デザイナーさんとのコラボも、写真集の第2弾も」
「いや、続ける」
天馬の声ははっきりしていた。
「相撲が好きだって言ってくれる人が、今はあの姿を見てくれてる。俺がやってるのは、見た目だけじゃない。ちゃんと、土俵の上で戦ってる。それで怒られるなら、正面から怒られます」
風間親方は、小さく目を細めた。
「……その覚悟なら、俺は止めない。ただし、相撲で結果を出し続けろ。話題だけの力士は、すぐ忘れられる」
「わかってます」
その夜、天馬はいつもの和菓子屋「まい堂」に立ち寄った。
奥で片付けをしていた舞が、白い作務衣の袖をまくって顔を出す。
「あ、天馬くん……今日もすごかったね。写真集、外国の友達にまで自慢されたよ」
「……協会から、注意されちゃった」
「うん、聞いた。でもさ、やっぱり、あの桜の化粧まわしは素敵だったよ。おじいちゃんも、目を細めてた。『こんなに華やかな土俵入り、初めて見た』って」
天馬は思わず、肩の力を抜いた。
外では嵐でも、この小さな店の中だけは、穏やかな春のままだった。
「次は、名古屋場所か……また勝たなきゃな」
「うん。今度は、わたしが作ったお菓子を“勝ち菓子”にして持ってくよ」
「いいね、それ。土俵に持ち込めたら、一番強くなれるかもな」
そう言って笑う天馬に、舞もまた、目を細めて微笑んだ。
その日、天馬は夜の街を歩きながら、空を仰いだ。
星が一つ、きらりと輝いていた。
(変わるためには、まず、自分が揺るがないことだ)
相撲という古の競技に、現代の息吹を吹き込む。その闘いは、土俵の上だけではない。
だが天馬は知っている。相撲とは、「押し出す」だけでなく、「耐える」ことでもあると。
名古屋の夏が、近づいていた。