81話 諸悪の根源【ダリア視点】
リードハルト王都を遠目に臨みながら、静かに揺られ行く馬車の中、私は昔のことを思いふけっていた。
「……アルメリア」
私の大切な娘であるアルメリアの幸せを祈り、ついその名を呟く。
アルメリアが今、幸せに暮らせていることは何よりだったが、アルメリアを取り巻く環境に真の意味で安寧をもたらしてあげる為には、なんとしてもリインカーネルの呪縛から解放してあげるしかない。
その為にはソルベントさんの野心を止める他ない。
「あんな野暮ったい娘のことをまだ思い返しているのかしら?」
馬車の中で同席しているプラチナブロンドの髪色をした女性が私の呟きに反応し、そう突っかかってきた。
「あなたには関係のないことです」
「関係なくはないわね。あの女のせいで私は自分の将来設計を壊されたんだから」
「それはあなた方が愚かな選択をした結果でしょう」
「……っち。あの娘にしてこの母親ね。本当にどいつもこいつもムカつくわ。なんならあなたをこの場でぶっ殺してあげたいくらいよ」
敵意を剥き出して私を睨みつけるこのブロンドヘアーの女性は、シオン陛下の妻になる予定だった聖女のロゼッタ・フランソワーズ。
「勝手なことを言うなロゼッタ。ダリアを傷つけるのはこの私が許さん」
それまで頑なに腕を組んで黙したままだった、眼帯の男。私の夫であるソルベントさんが重い口を開く。
「……申し訳ありません、ソルベント様」
ロゼッタは不服そうな表情ながらも、ソルベントさんの言葉に従う。
「……」
そして再びソルベントさんは黙り込んだ。
それにしても驚かされたのは、このロゼッタという女性だ。
まさかあのフランソワーズ家の令嬢だとは。
フランソワーズ家といえば、かつてエルデロン公国でも筆頭公爵家として栄えた貴族だったが、数十年ほど前、大きなトラブルで没落し爵位も剥奪されている。
だがしかし、その後色々あってフランソワーズ家は新たにまさかの叙爵し直し、男爵家となって小さな領地を持つまでに建て直したことで有名だ。
その功績の一部はおそらくこの娘の聖魔力のおかげだろう。
この娘からは強い聖魔力を感じる。
一時はリードハルト王国で聖女を務めていただけはある。
しかし私を修道院から連れ戻す為に、わざわざこのロゼッタまで利用するなんて……。
「ダリア、驚かないのだな」
「何をです?」
「私がシオン元陛下の妻、聖女のロゼッタを連れてお前を連れ戻しに来たことをだ」
「私は修道女ですからね。連れ出す為にはくらいの高い女性、つまり聖女として女神からの祝福を受けた者がいないと修道院からは出れませんから」
一度修道院入りした女性を連れ出すには、厳しい礼と作法がある。
強い聖魔力を持つ者、つまり聖女クラスの者が、修道女をやめさせたい女性に対して「修道女としての役目を終わらせて欲しい」という強い祈りを捧げることが必要だ。
これをしない場合、修道女は修道院から物理的に離れることができなくなる。
正確には、聖女の祈り無くして離れた場合、女神の裁き、天罰により命を落とす。
もちろん私が望めば、リードハルト修道院の最上位のシスターであるシスターハロルドが聖女クラスなので、彼女に祈ってさえもらえれば私は修道院から出ることはできる。
しかしソルベントさんは私がそれを望まないとわかっていたからこそ、この聖女ロゼッタを連れてきたのだろう。
だから私は最初、ちゃんとソルベントさんの予測通り修道女をやめることを拒否した。
そうしなければ私の行動が怪しまれるからだ。
「違う。そうではない。私が言いたいのは、私とロゼッタの関係性について気にならないのか? と言うことだ」
「ええ。だって、きっとソルベントさんはこちらの聖女様……ロゼッタさんを最初から利用するつもりだったんでしょう?」
「ほう?」
「あのシオン陛下が没落することまでを見通していたあなたは、ロゼッタさんに事前に声掛けをしておいたのでしょう? なんならこの娘がシオン陛下を誑かすところからもあなたの考えではなくて?」
「……」
ソルベントさんは再び黙した。
「なっ……! そんな馬鹿なはずはないわ! わたくしは偶然シオン陛下と出逢って、自分の意思で彼と結ばれたのよ!」
このロゼッタという女性の反応から見て、すぐに理解する。
おそらく私の予感は当たっている。
シオン陛下を誑かし、アルメリアを追放においやり、そしてディアブルス卿へと送りこんだ。
ディアブルス卿がアルメリアを妻とするまでを予測していたのかどうかはわからないが、きっとソルベントさんはディアブルス卿がアルメリアを気にいるところまで推測して、ここまでの流れを作っているのだろう。
「初めからこうなるとわかっていたのですよね? ロゼッタさんを唆し、アルメリアを餌にして、そしてそれを理由にディアブルス魔導卿を手中に収める為に」
「……」
私の問い掛けにソルベントさんはだんまりだ。
「そ、そんな……嘘でしょ? それじゃソルベント様はわたくしがこうなることまでわかっていたというの……?」
ロゼッタさんが私の言葉に驚愕としている。
「……相変わらず勘の良い女だ」
ソルベントさんのその一言だけで答え合わせはできたようなものだった。
「そんな……そ、それじゃあわたくしは破滅する為にシオン陛下と結ばれたとでもいうの? 全てはソルベント様の思い通りに……?」
ロゼッタさんの言う通りなのだろう。
この女性はソルベントさんの都合の良い駒に過ぎなかったのだ。
「じゃ、じゃあ……この女を修道院から解放したらシオン陛下を牢獄から出して、再びシオン陛下が権力を持ちリードハルトの王に舞い戻れる方法がある、なんていうのも全部嘘なのですか!?」
なるほど、ソルベントさんはそんな風に唆してロゼッタさんを利用したのね。
「……」
ソルベントさんはまた沈黙した。
この人の腹黒さがどこまで深いのか、この私でも予測はできない。
だからこそ、アルメリアを真の意味で幸せにしてあげる為には、なんとしてもこの人を失墜させなければならない。
きっとそれがあの方なら……。
ディアブルス魔導卿なら、実現してくれるはず。
私はそう願っている。




