58話 ディアって。
――それから。
気づけばあっという間に夜があけて、明るい陽射しが差し込んできた。
「ん……もう、朝ね」
ベッドから起き上がり周囲を見渡すと、窓の前のソファーで眠っているディアブルス様の姿が目に入る。
昨晩、私は彼と本当の意味での夫婦になれた、と思う。
彼から優しい口付けを交わされたあと、彼は少しはにかみながら「ありがとう」と言ってくれた。
私も彼にありがとう、と返した。
そんな優しさに包まれて、私とディアブルス様は夜が更けるまで語らい合い、そして眠った。
もちろんまだキス以上のことなどしていない。
ディアブルス様が頑なに「私はソファーで寝る」と言い張られてしまった為、私だけがベッドで眠らせてもらったのである。
「……うふふ」
起きている時は凛々しく力強い表情のディアブルス様も、眠っている時はまるで無邪気な子供のようで可愛らしかった。
「ディアブルス様、そろそろ起きてくだ――」
私はソファーで転がって眠っているディアブルス様の肩に手を伸ばした時。
「う、うん……まだ、もうすこし……寝かせてくれ……」
寝ぼけながらディアブルス様がそれを拒否した。
「でもディアブルス様、あまり眠っていると朝食の時間に遅れてしまいますよ?」
「頼む、シルベスタ……今、いいところ……だったんだよ……」
いいところ?
というか私をシルベスタさんと勘違いしているのかしら?
というかなんだかディアブルス様が可愛らしいような。
「ディアブルス様、いいところって?」
私は意地悪く、尋ねてみた。
「今……アルメリアと二人きりで……いい雰囲気なんだ」
え?
「だから……夢だとしても、邪魔、しないで……くれ……うぅん」
そう言ってディアブルス様はお顔をソファーの中に埋めてしまった。
それにしてもディアブルス様、私の夢を見ていらっしゃるの?
いい雰囲気って……。
考えていたらなんだか異様に恥ずかしくなってきてしまった。
「アルメリア……好きだ……。だから……ディアって……呼んで……」
ひい。
ディアブルス様が寝ぼけて何か呟いていらっしゃる!
「そんな……ア、アルメリア、これ以上……そんな風に誘惑されたら、わ、私は……」
いいい、一体どんな夢を見ていらっしゃるの!?
これ以上黙って聞いていられないわ!
「うわああああッ! 起きてくださぁあいディアブルス様ァーッ!」
「ぬぅおおおおおッ!? 何事だッ!?」
私が大声を出すと寝ぼすけのディアブルス様もソファーから飛び起きてくれた。
「はあ……はあ……おはようございます、ディアブルス様……はあ、はあ」
「お、おはようアルメリア。一体どうした? そんなに肩で息をして?」
「ディ、ディアブルス様のせいですッ!」
と、言って私はわざとらしくプイッとそっぽ向いた。
「一体何があったというのだ……」
んもう……。
少しディアブルス様には反省してもらおう。
――そんな風に朝から嬉しくも恥ずかしい思いをしたあと、運ばれてきた朝食をいただく頃にはディアブルス様と談笑していた。
その後宿をあとにする準備を整える。
「なんだか夢のようなお時間でした」
「ああ。素晴らしい宿だったな」
「はい、それに……」
昨晩のことを思い出してしまう。
「ああ。キミとその……こんな風になれたことが幸せでたまらない」
ディアブルス様も照れくさそうにそう言った。
私も顔に熱を帯びながら、こくんと頷く。
「だがこれで堂々とキミのお母上に会いに行ける。胸を張ってキミのパートナーだと言える」
「はい。私もこれで堂々とダリアお母様にディアブルス様のことをお話しできます!」
「……ひとつ気がかりなのは、私はやはり仮面を付けておいた方が良いのでは、と悩んでいるのだが」
「駄目ですよディアブルス様。もうなるべく付けないって昨晩も私に仰ってくれたじゃないですか」
「もちろんそのつもりなのだが、やはり初対面でかつキミのお母上に会うとなると、突然この顔で会うのは……」
「ディアブルス様が私を信じてくれるように、ダリアお母様のことも信じてくださいませんか? 私がリインカーネル家で最も安心できる家族が私のお母様なんです」
「そう、だな。うむ、わかった。すまない、私もまだまだだな」
「ありがとうございます。私はありのままのディアブルス様を……」
そこでハッと思い出す。
ディアブルス様は夢の中で、おそらく私に対して言っていた言葉。
実は以前、アグナス様が彼のことを独特な呼び方で呼んでいたことがずっと気になっていた。
あれはアグナス様とディアブルス様の間の信頼関係の深さを表しているのだろうなと思っていた。
それをディアブルス様が私に望んでくださるのなら……。
「ありのままのディア様を、ダリアお母様にご紹介したいのですから」
ちょっと勇気を出して、彼の目を見て笑顔で私はそう言ってみた。
「アルメ……」
ディアブルス様が目を見開いている。
「あ、あの……ごめんなさいッ! し、失礼だった、でしょうか?」
「そんなわけがあるはずがない。むしろ私は……」
ディアブルス様が口元を押さえて、視線を泳がせている。
ディアブルス様、なんだか嬉しそう……?
「よろしければ今後からはディア様とお呼びしてもよろしい、ですか?」
「……願ってもない。むしろ私はキミにそう呼ばれたかった」
「良かったです! では今からはディア様、とお呼びしますね」
「ああ。とても嬉しいよアルメリア」
「ふふ、良かった」
「欲を言えば様付けもいらないのだが」
「あら、それはいけませんわ。ディア様は私の敬愛するお方であることは変わりがありませんもの。だからディア様とお呼びします!」
「あ、ああ、わかった。……だが、その、結構恥ずかしい、な」
「そうですか? 私はなんだか嬉しいです」
なんだかディアブルス様に……いえ、ディア様に対して親近感が強くなったような気がして私はとても嬉しかった。
「さあ、そろそろ参りましょうディア様! 御者の方々を待たせてしまいますから!」
「ああ、そうしよう」




