55話 過去の事件
「あ、ドイルさん」
「おや、これは魔導卿の奥方。こんなところまでどうかされましたか?」
夕食のあとのショーを終えて。
私は部屋に戻る前にここの経営者のドイルさんにとあることをどうしても再確認したくて、ディアブルス様だけ先に部屋に戻ってもらい私ひとりで彼を探していた。
「エントランスの受付の方にドイルさんがどこにいるか聞いてきました。それにしてもまさか地下の清掃をなさっているなんて驚きました」
「実は今、ひとり従業員がお休みしておりまして。代わりに私が地下のワイン蔵の掃除を行なっておりました。それで、私に何か?」
「あの、申し訳ないのですけれどお部屋のベッドが二つある所に変更したりできますか?」
「おや、魔導卿と同じベッドではお嫌でしたか?」
「いえ! そんなことは全然なくて、むしろなんというか……緊張しすぎて寝れない、かも……と」
「緊張……? アルメリア様はディアブルス魔導卿とご結婚されてますよね?」
「そ、それが! あの、私たちはまだ、その……同じお部屋で寝たことがなくって……」
「ああ、なるほど。ははーん、ああ見えて魔導卿は奥手ですからなあ」
「そ、そういうわけなので出来るならベッドが二つあるとありがたいのですけれど……」
「しかし申し訳ない。ツインルームは今全て埋まってしまっておりまして……もう少し早い時間ならなんとかなったのですが、さすがに今から変更はできなさそうです」
ああ、やっぱりそうよね。
仕方がない、今晩は私はソファーで寝ればいいか。
「わかりました、わがままを言ってしまってごめんなさい」
「……それにしても、ふふ。魔導卿は幸せ者だ。このように美しい女性とご結婚されたのですから」
「そんな! 私なんて地味だし根暗だし、むしろあんなにも紳士で格好良いディアブルス様に不釣り合いなくらいです」
「いやはやお似合いでございますよ」
「あ、ありがとうございます」
「そういえば先ほど、早馬からの伝達でお話には伺いましたが、リードハルトもこれで大きく変わりますね。シオン陛下がこのように失脚されたのだから」
どうやらドイルさんは今日あった王宮でのシオン陛下たちの件をすでにご存知のようだった。
「そうですね。シオン陛下の件は……とても残念です」
「いやぁ良かったと思いますよ。あの陛下は本当にぼんくらでこのままだったら私もこの国を離れようと思っていたくらいですから」
「あはは……」
「アルメリア様も少しお話には伺っておりますが、随分大変な目に遭われたとか。ですがもう大丈夫です。あの魔導卿が隣にいてくださるのですからね」
「はい!」
「それにしても意外でした。まさかシオン陛下が生きてるなんて」
「え?」
「だってディアブルス魔導卿をあれほど怒らせたのは、多分ドノヴァン男爵の残虐事件以来じゃないでしょうか。あの時の魔導卿は、それはもう……思い出すだけで私も震えるほどに恐ろしかったです」
ドノヴァン男爵の事件……?
「あの、それってどういう事件ですか?」
「あ、申し訳ない。てっきりアルメリア様ならご存知かと思ってつい余計なことを……。これは公にされていない事件なのでどこにも記録は残されていないのですが――」
そう言ってドイルさんから聞いた事件の内容。
それは聞くだけでとても恐ろしい事件だった。
エルデロン公国の小さな領地を持つドノヴァンという男爵が異常な性癖の持ち主で、この男は他領地の若い女性をことあるごとに攫ってはこき使い、そして奴隷のように扱っていた。
ドノヴァン男爵に囚われた女性は決して帰れることなく、一生屋敷に閉じ込められてしまうらしい。
ある日。
私と同じようにリードハルトからフィンガロン邸に送られてきたミザリィという女性は、どうしても生まれ故郷のエルデロン公国に帰りたいと言ったので、お優しいディアブルス様は彼女の願いを叶え、エルデロン公国まで彼女を送り届けた。
それから数日後、ミザリィは無残に強姦され殺されたという訃報が届く。
ディアブルス様が調査を進めるとエルデロン公国のドノヴァン男爵の手の者に彼女は捕まってしまい、そして……ということだった。
自分のせいだと酷く嘆いたディアブルス様は直接ドノヴァン男爵のもとへと訪れたらしい。
その時、どのようなやりとりがあったのかは誰にもわからない。
しかし翌日にはドノヴァンは黒焦げの死体となっており、ドノヴァンに関連した者たちも皆、同じように殺されていたらしい。
更には領地ぐるみでこの事件を起こしていたことを知ったディアブルス様は、怒り狂ったかのように領地を火の海に変えたのだとか。
「実はその時偶然、私は父のマイルトンと共に魔導卿にお会いしているのですが、それはもう……失礼を承知で申し上げますが、悪魔、と噂されても仕方がないほどの恐ろしい形相をしておりました」
「じゃあもしかしてディアブルス様のお噂って……」
「はい。この事件自体は隠蔽されましたが、その時の現場を見た人々の話に尾ひれ背びれが付いて拡散されているのも大きいようです」
しかもよくよく考えるとそれだけじゃない。
ディアブルス様の屋敷に行った者は帰れない、という捻じ曲がったリードハルト内での噂とドノヴァン男爵の話は妙に類似している。
もしかするとドノヴァン男爵は、ディアブルス様を利用していたのではないだろうか。そして都合の悪い噂を全てディアブルス様の方に流れるように情報操作していたのかもしれない。
「……なんて、ひどいの」
「ええ、全く酷い事件でした」
「違うんです。ディアブルス様は凄く凄くお優しいの。それなのに、そんな風に噂が捻じ曲げられてしまうことが悲しく、悔しくて……」
だからきっと彼はあんな風に仮面を被るようになってしまったんだわ。
そんな彼の心境を思うと、怒りと悲しみで涙が溢れそうになった。
「ふふ。ですが久方ぶりにお会いした魔導卿は、それはもう穏やかでお優しい目をしておりました。それもこれも全てアルメリア様のおかげですよ」
「え、そ、そうかしら?」
「はい。あの方を見た目も中身もご理解するのは中々難しいですから。おっと、長話しちゃいましたね。すみませんアルメリア様」
「あ、私こそごめんなさい! 戻りますね」
私は頭を下げて地下を出て行った。
そんな事件があったなんて全く知らなかった。
けれど、わざわざそんなことをディアブルス様に聞く必要なんてない。
過去のことはもう変えられないのだから、これから彼と歩む未来をどうやってより良くしていくのかだけを考えていこう。
私はそう思って、部屋に戻って行った。




