52話 悪魔卿を落とす【ソルベント視点】
「ソルベント父上! 一体これはどういうことなのですか!?」
我が息子であるロンベルトが野太い声を大にして、私の書斎に飛び込んできた。
「どうもこうもない。お前は明日からアドミラル王国へ出向するんだ」
「だからそれは何故なのですか!? ようやく俺にもこうしてチャンスが巡ってきたと言うのに!」
ロンベルトは私の治めるこのリインカーネル辺境領で騎士団長に務めていた。
ロンベルトは実に剣術に長けており、こいつひとりで一騎当千とまで言われるほどの武勲を誇っている。
近々、王都リードハルトの王宮で行われるシオン陛下の結婚披露宴での護衛任務に、地方の騎士であるロンベルトが選出され呼び出された。
地方の騎士団が王都に呼び出されるというのは、つまり出世だ。
「ようやく俺も活躍が認められて、王都で華々しく出世できると思っていたというのに!」
と、こいつはそう思っているが実のところ、そういう風にしてもらう手筈で、話を裏で進めてもらっていた。
以前アルメリアを差し出す代わりに、私がシオン陛下とそう約束していたからだ。
だが、話が変わってしまった。
「仕方がないだろう。サフィリアの話が本当なら、このままでは非常に不味いことになる」
「サフィリアの? 例の悪魔卿についてのお話ですか? はっ、まさか父上あれを鵜呑みにされているのですか!? アルメリアが悪魔卿に気に入られてリードハルトを滅ぼす、などという血迷いごとを!」
「サフィリアがあんな嘘を言うはずがない。これは何かある」
「だとしても俺には関係がない! 何故俺がアドミラルの、あんな男の下に付かなければならないのです!?」
私はロンベルトにアドミラル騎士団の団長アグナスのもとへ派遣するよう手配した。
「アグナスは優秀な男だ。お前も奴の下でなら得れるものも多いだろう」
「馬鹿なッ! 俺があんな優男の下につくなどありえない! 多少炎の扱いに長けている程度の剣士などそこら中にごまんといる。私の魔剣には遠く及びません!」
ロンベルトは確かに魔剣士として優秀だ。
エルデロン公国での内乱時にも大きな活躍をしており、その実力はシオン陛下も買ってくださっている。
「だからこそ、お前なんだロンベルト」
「どういうことです!?」
「アグナスの率いる騎士団にはそれなりの強さを持った剣士しかそもそも入れないからな。それにお前の活躍次第でお前はたかが騎士団の長などでは収まらないほどの大出世ができる」
「だからそれはどういうことなのですか!?」
「いいかロンベルトよく聞け。お前がアグナスの下でやるべきこと。それは例の悪魔卿について探ることだ」
「はあ!? 何故そのようなことを!? 俺はそんなことなどせずとも王都で……!」
「少し落ち着け。お前はまだ若いから知らんのだ。あの悪魔卿がどれだけ恐るべき力を持っているかをな」
「だからそれとこれとなんの関係が……!」
「アルメリアを餌に奴を懐柔させることができれば、我がリインカーネル家はこんな辺境地で満足することなく、このリードハルトを……いや、ゆくゆくは全世界だって手に入れることができるかもしれんのだぞ」
「何を大袈裟な……」
「近々開かれる王都でのシオン陛下の披露宴だが、おそらくそこで大きな事件が起こる」
「は?」
「これはあくまで予感と推測だが、シオン陛下は王位の座を追われ、今の王政は崩壊するだろう」
「だから何故……!?」
「悪魔卿が激怒し、シオン陛下の披露宴に出席する予定だからだ。悪魔卿が何故、悪魔と呼ばれているか知っているか?」
「そんなこと知るわけが……」
「その恐ろしい形相もあるが、なによりも敵とみなした者には一切の容赦もしない冷酷さを持つ男だからだ。その昔、悪魔卿を怒らせたエルデロン公国の小さな男爵が治める領地が一夜で火の海にされている」
「だ、だからその悪魔卿がシオン陛下を許さない、と?」
「そうだ。まず間違いなく悪魔卿はシオン陛下へ報復の為にやってくる。そして悪魔卿はその力でどんな手段を用いてもシオン陛下を死に追いやるだろう」
あの悪魔卿は人間ならざる力を持っているだけでなく、魔導という技術において異様なほどに特化している。
世界は今まさに魔導の力がどんどんと広まり、魔力のない平民たちでさえも魔力を持つ我々貴族と同様の力を持ちつつある。
これの意味するところはつまり、のちの未来に特権階級の崩壊だ。
この時流を見て、それをもはや止める手立てはないだろう。
それが時代の流れというものだし、仕方がない。
だからこそ、その波に乗らなければいけない。
「真の強者とは、先の先を見据えねばならん。今、この時にあの悪魔卿と対立関係にあるのは非常に良くない。しかし好都合にアルメリアは悪魔卿のお気に入りだという話だ。だったらこれを利用するほかないだろう」
「……つまり俺はアグナスの下で飼われながら、アルメリアと接触し、悪魔卿にごまをすってこい、と?」
「平たく言えばそういうことだ」
「お、俺がそんなくだらない真似を!? 馬鹿な! できるはずがない!」
「やらないのならお前はそれまでの人間だということだ。披露宴が潰される予定の王都へ行ってもロクな結果にはならんだろうからな。まあお前ができんのなら、他の親類に頼る。その結果次第ではその者にリインカーネル領も預ける形になるやもしれんな」
「く……。わ、わかりました。俺がやります」
「よし、いいだろう。詳しいことはこの書類にある。あとでよく読み込め」
「俺はこんな細々したものは読まない主義です」
「アドミラルに行くまでの道中にでも読め」
「……わかりました。で、俺はいつアドミラルへ行けば?」
「明日だ」
「そんなすぐに?」
「行動は早めがいい。まずお前はアドミラル騎士団に馴染むことから始めろ。さあわかったらさっさとアドミラルに発つ支度をするんだ。時間は有限だからな」
「……わかりました」
ロンベルトは不服そうな表情をしながら出て行った。
リードハルトはおそらくもう終わりだろう。
そうなった時、シオン陛下から受けていた様々な恩恵や寵愛がなくなる。
そしてそれはこのリインカーネル家にも大きな影響が及ぶだろう。
私はギレン陛下を暗殺する、というシオン陛下の企みをいち早く知り、それをアルメリアを使って利用しようと考えた。
だが私が直接動くのは色々とうまくない。
そこで表立って行動を起こさせたのはサフィリアだ。
サフィリアはどうも昔からアルメリアを見下し、更には母のダリアが自分を認めないことに苛立っていた様子だったので、それを利用してサフィリアにシオン陛下へと接触させた。
そしてそれは無事成功し、シオン陛下が王座を取った。
その恩恵として我がリインカーネル領は王宮から莫大な資金援助をしてもらっている。
それがなくなるのは正直痛い。
だからこそ、今度はあの悪魔卿を落とすのだ。
そして陰ながら我がリインカーネルが何もかもを手に入れるのだ。
「真の強者とは常に裏方に徹するべきなのだ。例え、家族を如何に利用しようとも、それこそが結果、リインカーネル家の、家族の為になるのだからな」




