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1話 残虐非道、冷酷無情の悪魔卿

「ディアブルス・フィンガロン卿? ああ、あの冷酷無情の悪魔侯爵様ね」

「例の悪魔卿がまた人体実験の為の生贄を要望していたらしいわよ」

「天才魔導卿こと、残虐非道の悪魔卿ディアブルス・フィンガロン邸行きの馬車か。あの娘も終わりだな」


 シオン殿下直属の部下が御者を務める、私が今乗せられているこの馬車の行き先こそ、リードハルトの王宮内では常日頃から噂に絶えない侯爵様の所であった。


 私が死罪ではなく国外追放にさせられた理由はすぐにわかった。

 ちょうど良い餌だったのだ。


「冷酷無情の変人悪魔卿は何故、こんなに我がリードハルト国の令嬢ばかりを要求するんだ?」


「なんでもリードハルト王家はその悪魔卿に大きな借りがあるそうだよ。だから数ヶ月に一度、定期的にディアブルス魔導卿からの要望には必ず応えなくてはいけないんだってさ」


「へえ。俺はこの仕事初めてだから、その辺の事情あんまり知らないんだよな」


 二人組の御者が、馬車の中の私に聞こえているのを知っているのか知らずなのか、そんな会話をしていた。

 私も数ヶ月とはいえ、王宮で住んでいた身。彼の噂は絶えず聞いている。

 魔導卿とは彼を敬って使う言葉であり、ほとんどの場合、彼は悪魔卿などと畏怖され、忌避されている。


 ディアブルス悪魔卿のもとに送られた貴族令嬢は二度と帰ることはなく、そして生死すら定かでは無くなるのだという。

 ギレン陛下を死に追いやったという濡れ衣をきせられた私は、ちょうどいい生け贄になったわけだ。


「シオン殿下は死罪だけは無しにしてくれたけれど、結局これは死罪と同じよね……」


 私は雪の降る景色をぼんやり眺めながら、馬車の中で独り絶望していた。

 どうしてこんなことになったんだろう。

 殿下がロゼッタ様という聖女を連れて遠征から戻られた日から全てがおかしくなってしまった。

 気のせいだと思い込もうとしていたが、実はすでに何度かシオン殿下と聖女ロゼッタ様が夜な夜な密会し、抱き合い口付けすら交わしている現場を遠目から目撃してしまっている。


 私はつまり都合よく厄介払いされたのだ。

 よくよく考えれば連絡の不備という理由で陛下が亡くなったという情報も、その他何もかもが曖昧なまま、ただ私は悪者扱いにされている。


「私は……陥れられたのかな……」


 とはいえどのみち私が何を言おうとこの結果は覆らなかっただろう。


「先立つ不幸をお許しください。お父様、お母様……」


 私はリードハルト辺境地の故郷を思い返し、そう呟き、人生の終わりを覚悟していた。

 故郷でもろくに人の役に立たなかった私は、惨めな人生しかないと思っていた。

 しかしまさかのリードハルト王国の殿下に見初められ、お父様からも「よくやった。これでリインカーネル家も安泰だ」と喜ばれ、これで生まれ変われると思っていたのに、こんな結末となってしまった。


「私は一体何の為に生まれてきたんだろう……」


 故郷でも王宮でも、私は必要とされていなかった。


 そう思うと、また大粒の涙が溢れ溢れた。


「この雪ではもう馬車では進めない。俺たちはここまでだ。後はお前だけでこの山道を歩いていけ」


 御者の人らに山中の途中で降ろされて、私は言われるがまま山道を進んだ。

 この地方は豪雪で有名だ。かなり積もってしまった雪のせいで馬車を降ろされ、雪道をひとり歩かされた。


「はあ……、はあ……」


 私は元々体力は人並み以下だし、降雪の量も更に増え、寒さと疲弊で足が痺れてきていた。精神的にも参っていたのもあり、私は大きな切り株に足を取られ転び、そのままフィンガロン邸に着く前に倒れ込んでしまった。


 雪の中。

 薄れゆく意識の中、このままここで凍死してしまうのが一番楽だわ、と思いそのまま瞳を閉じたのだった――。




        ●○●○●




『醜悪な女め!』


 もう目覚めることはないと思っていたのに、シオン殿下の冷たい物言いをされる夢を見ると同時に、私の意識は徐々に覚醒させられた。


「あ、れ……ここは?」


「気が付いたか」


 薄暗い部屋の中、私は柔らく暖かなベッドで寝かせられているようだと気づく。

 まだうまく身体は起こせなかったが、視線だけをその声の方に動かす。

 そこには、私と同じ黒髪でやや長髪をした人影が見える。

 私に背を向けているせいで顔はよく見えない。


「あの、私は……? ここは一体……」


「お前がアルメリアだな? 話は聞いている。私がディアブルスだ」


 ――この方が例の悪魔卿。


「お前は我がフィンガロン邸に辿り着く前に山中で倒れていたのを見つけ、私がここまで運んだ」


「そ、そうだったのですか。ありがとうございます」


 ここに来る道中まで着ていたドレスの上に厚手の毛皮のコートも着せられていることに気づいた。


「少し熱があるようだったから私のコートを着せたまま寝かせた。暑かったら脱いでも構わない」


「い、いえ。大丈夫です」


「……そこのポットに白湯と紅茶がある。飲んで身体を温めろ。元気が出たらそのテーブルに置いてある契約書類によく目を通して欲しい。また、何か困ったらこの部屋の外にいる侍女のケイトリンに言え」


「は、はい」


「……では私は執務室に戻る」


 言葉少なにそう言い残し、その顔を私には見せることはせず、悪魔卿ことディアブルス・フィンガロン魔導卿は部屋を出て行った。


 私が想定していた状態よりも少し……いいえ、かなり手厚く保護されたことに驚きを隠せずにいるが、これは罠だろう。


 きっと油断をさせて後で私は非人道的なことをされるのだ。


 ――この時まで、私はそう信じてやまなかったがそれは早々に良い意味で裏切られることとなる。



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