15話 過去の契約【ディアブルス視点】
『我がリードハルト王家はいかなることがあろうとも今後、貴殿ディアブルス・フィンガロン魔導卿からの要望を全て承認することを誓う!』
――およそ5年ほど前のこと。
私がまだ22歳の頃、私はリードハルト王国の国王、ギレン・リードハルトにそう宣誓させた。
それはギレン国王陛下との間に交わされた契約に基づいて行われたものである。
その契約とは――。
「ディアブルス卿。貴殿の魔導具と例の協定によって、このリードハルト王国の安寧と将来性は保たれた。心より感謝する。見返りはなんでも言って欲しい」
「わかった。では陛下、契約を交わそう」
「それは如何なる内容だ?」
「我が領は冬場は豪雪地帯になる。なので状況に応じて物資や人材を要求したい。無論、リードハルトにとって負担のない限りで構わない。それと例の鉱石の件だ」
「なるほど、そういうことであれば快く引き受けよう。無論、鉱石に関する件もこれまでのことは猛省し、存分に解禁しよう」
長年、リードハルト王国では周辺からの害獣と呼ばれる魔物や魔獣たちからの被害に悩まされていた。
特に問題だったのは王宮より離れた領地の小さな魔獣らによる家畜や農作物の被害で、それにより食料の国内生産率が著しく悪化し輸入に大きく頼っていた。
それを私が開発した魔導具、破邪の香油という魔の者たちが忌避する匂いを出す魔導具でその問題を大きく改善させたのである。
無論、契約内容の重きはそれだけではなく鉱石類の輸出入に関することも含まれていた。
「旦那様、それでリードハルトにはいつ人材や物資の要求をするのですか?」
私は帰国すると、大国との契約を交わしたことをシルベスタに伝えた。
「必要な時にだ」
「ふむ。せっかくでしたら金貨の5000枚くらいせしめてしまえば良かったのでは」
「金も大事だが、金では買えない物が必要になる時が来るだろう。そういう時に何か要求すればいい」
「そうだとしても旦那様がリードハルト王国とその契約を交わしてから早三ヶ月。まだ何も要求してはいないではないですか」
「今は別に何も必要としていないからな」
「そんなことではリードハルトに舐められてしまいますぞ」
「なに、ギレン国王陛下は出来た人格者だ。交わした契約を反故にするような真似はまずないだろう」
「それなら良いですが……」
「それにもうじき冬になる。もう少ししたら火属性魔力の得意な貴族令嬢をこちらに派遣してもらえないか要望するつもりだ」
「ほう? ご令嬢とは……うんうん。旦那様もいよいよ色恋沙汰に目覚めてくださったのですね」
「違う馬鹿者。貴族でも男と女では魔力に大きな差があるだろう。基本的にこの世は女の方が基礎魔力が高めだからだ」
「それは存じておりますが、旦那様。真面目な話、そろそろご結婚を視野に入れてくださいませんかね? フィンガロン家の跡取り問題もあるのですよ」
「わ、わかっている」
「それとこうしましょう。旦那様がリードハルト王国に要求する物資や人材が特に思いつかない時は、私めの要求をリードハルト王国に伝えてくださいませんか?」
「シルベスタの要求をか?」
「はい。無論、要求内容を精査するのは旦那様です。私はこの屋敷に必要な物や足らない人材を旦那様とはまた別視点から見ておりますゆえ」
「ふむ、わかった。そうしよう」
「ありがとうございます」
この時。
私にそう礼を言って頭を下げるシルベスタの目が一瞬光ったような気がしたが、それは気のせいではなかった。
――それから5年。
シルベスタは事あるごとにリードハルトへの人材要求を促した。
しかもそれは貴族令嬢ばかりをだ。
理由はもちろんそれなりにあるのだが、私にはわかっていた。
シルベスタは私の伴侶を見繕っているのだと。
そしてついに現れたのがアルメリアである。
リードハルト王国に前回要求していた、職に困った貴族令嬢を派遣してもらったが到着予定時刻を過ぎても音沙汰がなかったので私は屋敷までの山道を降りてみると案の定、女性がたおれていた。
「またか」
これで二回目だった。
リードハルト王国は人材を送るとは言うが、いつも屋敷まで誰も護衛してこない。令嬢ひとりでこの山道を歩かせてくるのだ。
私は前回からは護衛を必ずつけさせて屋敷の前まで連れてくるように、と依頼したがその伝令は果たして伝わっていないのか。
そんな風に思いながら倒れていたアルメリアを運び入れた。
そして彼女と話し、彼女の気概と能力に惚れ込み私は彼女を妻に迎えた。
「あの、ディアブルス様」
アルメリアと夫婦となって幾ばくかの時が経ち、私は彼女と共に転移魔法陣を使って町中を案内したその更に数日後のこと。
「差し出がましいのですが、あの例の転移魔法陣のことで少し気になることがありまして、私の意見をお話ししても宜しいでしょうか?」
「うむ、遠慮なく言ってくれ」
「はい。あの魔法陣の一部なのですが、古代語で描かれた一部の計算式が間違っているようです。書き写してきたのですが、この部分は――」
彼女の説明を聞いて私は目から鱗が落ちた。
とんだ盲点だったのだ。
「キミの言う通りだ。だから魔力の枯渇が起きる不安定さがあったのか」
「は、はい。あくまで私の記憶通りならですが」
「……アルメリア、何故わかった?」
「えっと、あの文脈と公式は以前王宮で読んだ書物で記憶していたので、たまたまです」
「アルメリア、キミはまさか王宮にあった書物、全ての内容を覚えていたりするのか?」
「まさかそんな! 偶然暇があって読ませてもらったりした物だけです」
「それでも読んだものは忘れていない、と?」
「そ、そうですね。一度きちんと読ませてもらったものはほとんど忘れないと思います」
「人の会話とか見たものも全て覚えてしまうのか?」
「いえ、そんなことは全然なくて……。ただなんと言いますか、文字になっていてそれが目から入ると私は忘れないんです」
私は彼女の才能に驚かされたが、もしかするとこれが彼女の『魔力』なのかもしれないと悟った。
素晴らしい女性を私のもとへ送ってくれたリードハルト王国に一時は感謝の念を覚えたが、色々と知っていくうちに大変なことがわかった。
そして私はリードハルト王国を滅ぼす決意を固めたのだった。




