12話 私は謀られていた【ディアブルス視点】
「旦那様。三日後は確かマイルトン伯爵との折衝の他、各業者との商談がいくつかありましたが、そのご予定を急遽全て延期になさったとか。どうされたのですか?」
家令のシルベスタが少し驚きを含ませた声で私にそう問いかけてきた。
「うむ。その日は休みを取ろうと思う」
「ほう、それは珍しい。ここ何年もの間、旦那様がお休みを取られたところは見たことがありません。どういう風の吹き回しですか?」
数日前、アルメリアに頼まれた約束を守る為、私はなんとか予定の延期が可能な日を選び都合をつけたのである。
「アルメリアと少し出掛けてこようと思う。彼女がこの屋敷に来てから、一度も外に連れ出したことがなかったからな」
「ほうほう。それは素晴らしいことです。ぜひともゆっくり語らってきてください。そして可能ならば子作りにも専念していただけると尚良いです」
「ば、馬鹿者! 私は彼女をそんな風に見たことはない! 彼女とはあくまで契約上の結婚だと言っているだろう!」
「別に契約後から愛し合うのでも良いのでは」
「わ、私はそういうのは……別にいいのだ」
あれほどの執務をこなしてもらい、更にはこんな恐ろしい顔をした私と結婚をしてくれただけでも十分すぎる。
これ以上を望むのは彼女に失礼だ。
そんな風に考えていた。
それにしても彼女の働きぶりは全く見事なもので、私の想像の何倍も優秀だった。
仕事を教えればすかさず端から端までメモを取り、そして一度教えたことは必ず全てメモに記載されている為、常にそれを見返し、二度同じことは聞かなかった。
しかもそれだけではなく――。
「ディアブルス様、これを」
「これは?」
「疲れをとるハーブティーです。頭をしゃっきりさせる為に少し砂糖を多めにしてあります。それに合うお茶菓子もご用意してありますわ」
私が欲しいな、と思ったタイミングで飲みたい物や食べたいものを事前に準備し手配してあったりもする。更にはそういうのを侍女にやらせず自分でやりたいからと率先してくれるのだ。
「美味い。特にこのクッキーは絶品だ」
「……嬉しいです。それは私の手作りでした」
そう言って笑顔で頰を赤らめる彼女を見て、私は彼女からどんどん目が離せなくなっていっていた。
(アルメリアは神が私に与えたもうた奇跡のような女性だ)
契約とはいえ始めのうちは念の為、彼女の行動に不審なところはないかの確認を細かくしていたが、そんなものは全くの杞憂だった。
というより、私は気づけば彼女に会いたくて、わざわざ彼女の執務室に向かっている。
用事はなくとも彼女の顔を見たくなっている自分がいるのだ。
(……全く。異性のことがこんなにも気になって仕事が手につかなくなるなんて、初めてだ)
思いつつも、しかし私はこの出会いに感謝せずにはいられなかった。
また同時にこのような素晴らしい女性を送り出してくれたリードハルト王国にも、後ほど感謝状と謝礼を送ろうとすら考えていた。
――そんなある日の晩のこと。
「……アルメリアが大丈夫か、だと? ケイトリン、それはどういう意味だ?」
私はアルメリアの専属侍女にと指名したケイトリンから妙な話を聞く。
「アルメリア様は大罪人だというお噂を先日、町に訪れていた行商人からお聞きしたのです」
「彼女が大罪人だと? 詳しく話せ」
「はい。その行商人の話では、アルメリア様は元々リードハルト王国の王太子の妻だったらしいのですが、彼女の執務不手際のせいでギレン国王陛下がお亡くなりになってしまったそうで、その罰として彼女は国外追放にされたそうです」
「なんだと? 話が全然違う」
「ディアブルス様はどのように聞いていたのですか?」
「リードハルト王家との過去の契約に則って、仕事や仕え先のない令嬢を送り届けてもらっていただけだ」
「ではアルメリア様の情報は如何様に?」
「辺境伯の娘で王宮での執務には相応しくなかった為、職を失い困っていた、と聞いている」
「アルメリア様ご本人からは何も聞いていないのですか?」
「……本人もそう言っていた。まさかアレは嘘か」
「そうなりますね」
私に嘘をついていた、と。
だがその理由も見当はついた。彼女が屋敷にやってきたあの日の、あの怯えようと泣き顔。
悪魔卿と名高い私の評判は、私自身もある程度理解はしているが、アルメリアだけは怯え方が異様すぎた。
「それでケイトリン。お前は私のことを案じてその話をしてくれたのだな」
「はい。リードハルト王国と我が国は基本的に交流が乏しく、噂が事実か否かはいまだ不明ですが、もしも彼女が大罪人であるならディアブルス様の身に危険が及ぶやもしれないと」
「なるほど、そうか」
これはとても残念な結果になりそうだ。
噂とはいえこれが事実なのだとしたら。
「調べなければならんな」
私は小さくため息をついた。
「アルメリア様についてですね。それでしたら私の後輩の侍女たちに命令いたしましょうか?」
「違う。彼女ではない。調べるのはリードハルト王国の方だ」
「……何故です?」
「嘘をついている可能性が高いのはおそらくリードハルト王国だ。アルメリアは王国側に硬く口止めされているのだろう」
「口止め……?」
「自分がフィンガロン領へと送られた理由を決して誰にも話すな、とな」
「何故ディアブルス様はそう思われたのですか?」
「彼女は契約に恐ろしく従順だ。そういう風に育てられたのであろうな。約束事は必ず守らなければならないという固く強い意思がある」
「それはただのディアブルス様の憶測では」
「短い間だが彼女を見ていればわかる。それにそもそも一番最初に言ったケイトリンの言葉が全てを物語っているのだ」
「私の……? なんでしょう?」
「アルメリアの執務不手際のせいで、という言葉だ。彼女に限ってそんな不手際を起こすはずがない。それはこの私が一番よく理解している」
「確かにアルメリア様は優秀かもしれませんが、彼女も人間です。間違いのひとつくらいあるのでは?」
「うむ。だが、もしただのミスだけで国外追放もの重罰を与えているのだとしたら王国側の人間性に疑いがある。いや、それ以前に何か怪しい企みすら考えられるな」
「……ふふ、なるほど」
「どうしたケイトリン?」
「いえ、なんでもありません。それでは私の後輩たちにリードハルト王国に関する情報を集めさせるよう伝達しておきます」
「うむ、頼んだ」
「……それとディアブルス様」
「ん? なんだ?」
「遅ればせながら、ご結婚おめでとうございます」
ケイトリンはニコっと私に少しだけ寂しそうな笑顔を見せてそう言い残し、礼をして出ていった。
しかしこれはいよいよきな臭い。
元よりリードハルト王国の悪評はちらほらと聞いてはいたが、ここにきて突如ギレン国王が亡くなり、そしてその嫡男である王太子の元妻、アルメリアが追放された。
私も王国に謀られていた……?
更に、もしこれが悪意ある何者かの陰謀で、その為の生け贄としてアルメリアが利用されたのだとしたら。
「……到底、許すことはできんな」




