プロローグ
蒼い瞳と煌めく金髪がよく似合う整った顔立ちをしたこの国の王太子、シオン・リードハルト殿下が、この私の夫であるなんて当初は夢のようであった。
「アルメリア・リインカーネル。よくもこの私を謀ってくれたな。何が連絡は来ていなかった、だ。嘘つきめッ!」
そんなシオン殿下が見たこともないような剣幕で、床に転がる私を見下ろす。
「ち、違います殿下。これには何か理由が……私は本当に何も知らず……」
「醜悪な女め、この後に及んでまだ言い訳をするか。貴様のせいで我が父、ギレン国王陛下は亡くなったのだぞ!?」
「お、お待ちください殿下! 私は本当に何も……」
「近寄るなッ! 貴様の執務能力を見込んで私のパートナーにと選んでやったこの私が馬鹿だった」
私の頬を強く引っ叩いたシオン殿下はその手をぶんぶんと振りながら、私へと激昂している。
「貴様との離婚は当然の事とし、このあとすぐに宮廷貴族ら皆の前で極刑をくだしてくれる! せめてもの温情で死罪だけは勘弁してやるが、相応の罰は受けてもらうぞ! 覚悟しておけ!」
「そ、そんな……」
「衛兵! この大罪人を牢にぶち込んでおけ!」
シオン殿下はそう言い残し、バタン! と、力強く部屋の扉を閉めて出ていってしまった。
――何故こんなことに。
そんな言葉ばかりが頭を巡り、溢れる涙と共に途方に暮れていた。
●○●○●
私、アルメリアはこの国、リードハルト王国の辺境地に小さな領地を持つソルベント・リインカーネル伯爵の長女で、縁あって運良くリードハルト王家の嫡男であるシオン・リードハルト殿下に見初められ、婚約者となった。
「婚約して間もないけれど、一週間後にはキミと籍を入れたいんだ。綺麗なキミを世界で一番愛しているからね」
シオン殿下は私に優しい笑みでそう愛を囁いてくれていたから、私はとても愛されているがゆえに早く結婚してもらえたのだと思った。
「結婚して明日で三日目。今日まではシオン様もお忙しくされていたけれど、きっとそろそろよね。少し怖いけれど覚悟を決めなくちゃ……」
そうして殿下との夜伽の準備も心構えもしていた、そんなある日。
シオン殿下とギレン国王陛下は騎士団と近衛兵らを率いて、小競り合いが続く隣国の公国へと出立せざるを得なくなり、私たちは離れ離れとなった。
遠征期間は数ヶ月にも及び、私は殿下たちの無事な生還を日々、王宮内でお祈りしていた。
「あなたがいてくれて助かるわ、アルメリア」
陛下たちが留守の間はフレイア王妃様が指示などを出してはいたが、多くの面倒ごとはその言葉と共に私へと押し付けられていた。
私が18歳となった頃、半年以上にものぼる長きに渡った遠征もようやく終わり無事に戻られた殿下の隣には、見たこともない女性の姿があった。
「紹介しようアルメリア。この度、晴れて我が国の新聖女となったロゼッタだ。隣国での騒動を平定した際に知り合い、彼女の優れた聖魔力を我が国で役立ててもらおうと我が国へ連れてきたんだ」
王宮の、私の部屋の中でシオン殿下は何故か親しげに彼女の肩を抱いてそう言い放った。
「初めましてアルメリア様。よろしくお願い致しますわ」
黒髪の私とは違い、シオン殿下と同じくブロンドの髪がよく似合う美しい――妖艶な女性だった。けれど、目の奥が笑っていない、そんな薄気味悪い印象もあった。
――嫌な予感しかしなかった。
そしてそれは的中した。
「あ、殿下。この施工の件について少しお話が……」
「なんだアルメリア。そういうのは後にしてくれ。私は疲れている」
遠征から戻ってきたシオン殿下は私のことなど全く構ってはくれず、ほぼ毎日のように大神殿に務める聖女ロゼッタ様のもとに通うようになった。
「今はきっと遠征疲れで気を紛らわしているだけよね。そうに決まってるわ」
王宮内は何かと息が詰まる、と以前に殿下が言っていたから大神殿に通っているのだと私は思い込むようにしていた。
そんな日々が続き、とある日。
シオン殿下の父君であり、このリードハルト王国の国王陛下であるギレン陛下との音信が不通となった。
実は遠征の終わりの際、隣国での後処理の為、ギレン陛下直属の近衛兵たちと陛下だけは隣国に残り続けていたのである。
その陛下から、以前は数日に一度は必ずあった伝令が突然途切れた。
主な伝令や書簡は私が受理してまとめ、殿下や王妃様、そして宮廷貴族たちへとその内容の業務連絡をしていたのはほとんどがこの私だった。
何故なら殿下に「書類仕事は疲れるから自分宛の連絡も全てキミに任す」と言われていたからだ。
「陛下は一体どうしたのかしら。でも私がここでしっかりしないと」
馬鹿な私は『殿下や王妃様が私に期待してくれている』と勝手に勘違いし、陛下との連絡や隣国との関係性を記した重要書類などの確認や手続きをほとんどひとりで頑張ってやってしまった。
私はもとからこういうことが得意だったし、好きだったからだ。
その結果――。
「アルメリア・リインカーネル! 貴様は我が父との連絡事項にて大切な報告義務を怠り、我が父からの救援要請を無視し、父を見殺しにした! よって国外追放の刑に処し、加えてディアブルス魔導卿のもとへの出向を命ずるッ!」
私、アルメリアはシオン殿下直々に裁きを言い渡されることとなった。
しかしわからないことだらけだった。
ギレン陛下からの音信が不通になり、その一ヶ月後、突然『陛下は隣国で息絶えた』という訃報が告げられた書簡を受けただけである。
それが何故か私の連絡の不備だということでこんなことになってしまった。
しかしもはや決まってしまったことは覆せず、私の処罰は即座に決定し、私はこの翌日、殿下直属の御者の馬車にて、殿下たちが赴いていた公国とは真逆の方角に位置する別の小さな隣国へと送られてしまうのだった。
この時はただただ、悲しみに打ちひしがれていた。