Episode -02 こころやすめ
今回はそこまで重い描写はないと思います
「よろしくね。」
髪がちょっと長い職員が応対した。
その髪からはほんのりと甘い香りがして、それがあたりに満ちた緑の有象無象にヒトの存在感を示すよう。
「じゃあ、まずはこっちについてきて。」
その声とともに歩みだす職員。
それに応対するように少年少女は歩みだす。
「..ねぇ..これどこにいくんだろう?」
「..どこいくんだよっ..。」
『...みんな悲しそう。』
かすかな戸惑いを胸に抱きかかえた彼ら彼女らは、どこか悲しい息をはいていた。
それでもただゾンビのように一点上の職員に向けて歩いていく。
未来を与えられたはずなのにもかかわらず、とぼとぼと音を立てて。
しばらく歩くと、まるで地下鉄の駅のような廃墟じみた階段が見えてきた。
「はぁ..はぁっ..。」
『..こわい..です』
ただただ階段を下るような音の後、今度はひたむきに暗い廊下を歩く。
それこそ遥かに昔に使われていたような無機的なタイルが、ただただ主張もせずその違和感を強調する。
時折コピペされたように非常用扉が埋まっている。
でも一番不気味なのは、ここまで自然いっぱいの場所にあるこの地下は、とにかく整備はされてるような見た目であること。
少年少女は怯えをぼそっと息で呟きながらも進んでいく。
『...こんな場所ありましたっけ..。』
「えーっと、ここですね!」
職員さんは暗がり見えない世界で一人一人を数える。
「...ちゃんと全員来たみたい!えらいっ..。」
そういって職員さんはガサゴソと扉をいじくる。
するとぷらんと力が抜けたように扉が開いた。
「おっけー!入って大丈夫だよ。」
職員さんはそういって内側へともぐりこんだ。
しばらくスイッチをカチカチするような音が鳴った後、扉の奥に光が満ちる。
『...ここが..ですかね?』
麗庶はどこか不安そうに扉に手を寄せて、扉の奥の部屋に手足を体をそのままにつれていく。
そこは普通の家みたいな、まるで麗庶が”戦い”に巻き込まれる直前の家そのものみたいな見た目だった。
彼女に続いて続々と子供たちが部屋に入っていく。
『..みんな私くらいの身長なんですかね..。』
光の下で、狭い場所で自然とも同化せずに見える場所で初めて少女は自分の周りの子供たちの背の大きさを悟った。
「はいっ!とーちゃく!!」
長髪の職員は遊園地のキャストのように明るい声で手をいっぱいに広げて子供たちに行き止まりと示し合わせる。
「..」
そこでは誰とてことばを話さない。
だって、そんな明るさはとうにみんな消え失せていた。
声をあげたのは、麗庶であった。
「...あっ...案内ありがとうございます。」
『あんまりこんなことで茶化したくないけど..でも静かじゃ..』
「いえいえ..。」
職員さんは何か反省したような素振りで数珠のように言葉を続ける。
「ここは一時的な避難所..で..みんなと色々会話する場所。みんなでちょっと仲良くなるの。」
『みんな..ですか』
「家みたいな感じにね。」
「..ただ、一つだけ言わなきゃいけないことがあるから..先に行っておくよ。」
「みんな、きっと不安だと思うの。だって..。」
長髪の職員は初めて言葉を詰まらせた。
「だから..きっとすぐ避難先に行くと...耐えられなくなってしまうことがあるの。」
「そのためにここで、少しずつ安心に...なるの。」
長髪の職員はすっかりと元気をなくしたように、ただただ感情をこらえるように乱雑な言語を並べて話していた。
「うん..。」
みんな低めの声で少しばかりの相槌を打つ。
『...そう考えると..。ああっ..。』
「..ごめんなさい。雑に取り繕って。」
「..じゃあ自己紹介しましょうっ。」
当然誰とて、少しとて声を出せない。
「..じゃあ私からにしましょう..。」
「私は..大久保 代秋っていうの。よろしくね。」
「趣味は...特にないって言ったらうそになるけど...。」
「あっ、そうだった。唐揚げとか食べるの大好き!」
『..唐揚げが..いいですねっ。』
少女はちょっとだけ笑みを浮かべた。 そうでもしないと悲しさにこらえられないからか、それとも”今”に集中しているからか。
「次は俺がやるっ!」
ちょっとばかりやんちゃっぽい少年が手を挙げた。
「俺の名前は北瀬 小松だっ」
「好きなのは..運動とかっ!あとがっつり食べられるものがいい!!」
少年はあたかもそれが普段と言わんばかりに声を上げる。
ちょっとばかり震えていたようにも感じた。
『..元気そうな。でも...なんか』
麗庶の思考を食いつぶすように別の声がこだまする。
「あっ..おにーちゃんそんな威張っちゃって!」
「はぁっ?」
「あっ、私は|北瀬 荻高《きたせ》って言います。こんなお兄ちゃんですがよろしくお願いします。」
「すきなものは、あーっと、そうあったかいごはん!」
『...あったかい。最近は私もあんまり食べてなかったな..。』
『じゃあそろそろかな』
「私は麗庶飽希って言います。」
「好きなことは..食べることと料理すること。大体なんでも大好きなのですっ。」
「こんな感じですがよろしくお願いしますっ。」
少女は珍しく深々と頭を下げた。
「...僕は上総 成取」
「好きなものねぇ。ないかな。」
今度は少年が口に”自己”を載せて話す。
どこか冷めきったような声だった。
「そうだ..最後に..。さすがにいえるよね?」
成取が声に出した。
そのこえの矢じりが向いていたのは麗庶よりはるかに小柄な女の子。
「..あ..あぁ..っ。」
やけにうろたえている。
「早く…」
誰かが口にする。
『...さすがにそれは..違い...ますよね。』
少女はその急かしに耐えかねて、口に何かをつむごうとそのか弱い口を開こうとする。
「わ、私の名前はっ..。ま..っ」
『でも、さすがにあーやって言われちゃうとつらい...何か言わなきゃ...』
「..しずかに...」
麗庶は少しばかり耐えかねて、声がかすかにこぼれる。
「..大丈夫、ゆっくり話せばいいからね。」
職員さんはその少女の手を少し握ってそう語りかけた。
「わ、私は..かなずみ..。」
「…よろしくね。」
「そう、よくできました。」
職員さんがそう言った。
『言葉にはしにくいけど…。そうだっ。』
そう思った麗庶はパチパチと拍手をしていた。
「確かに…そうだな!」
それに釣られてみんなが拍手をしていた。
そんな一幕を過ごした後…
「じゃあ、個室に移動しよう!」
職員さんはそう言ってまた別の場所に移動した。
不安は癒えないけども、みんな今度はしっかりとついていく。
別にすごいとかそういうことじゃなくて、やっと落ち着いているような雰囲氣だ。
一方で麗庶は、どこか悩んでいる姿であった。
『…。』
「ここっ!」
そう言って扉を示す。
「みんなそれぞれ一個部屋があるから、好きなところを選んでね。」
「で、入れたらそこでしばらくゆっくりしてて。」
「じゃぁ、私はここを…。」
麗庶がそんな一言と共に扉を開け放つ。
部屋は普通の個室だった。
お布団が敷いてあって、普通にカーペットがあったりしてかなりいい感じの場所だ。収納もあながち多くて、冷蔵庫まである。
大きいわけではないけど、生活上はストレスなく暮らせるような大きさだ。
ただ、窓などはなくただその先にある扉だけが外へと空気を伝わせるような感じである。
「ほー、こんな感じなんですね。」
『ちょっと、ゴロンとしていいのかな』
少女はそう思って荷物を床に置くと猫のようにゴロンとカーペットに倒れ込み、そしてぐるっと何度か回転をする。
『ふっかふか..』
『…お母さんと一緒にねっこがりたい..。でもお母さんはこんなにだらっとしないかな、ほこりついちゃうし。 ああ…お母さん…大丈夫かな』
少女は少しばかり不安げになる。
『流石に…そんなことは考えたくないですから..。いやですっ。』
『別のことを考えよう..そうだ、収納見ちゃっていいのかな。』
『見ちゃえっ』
少女は怠惰に身を任せ、ゴロンと収納のある場所まで転がる
そして、すくっと立ち上がって収納に目を向ける。
4段ほどで、一番上のだんは立っている彼女が開けられるほどの高さだ。
『じゃ…見て行きますかぁ。』
『でも整理はしてるから、普通に何にもないでしょう。』
『じゃ、一番上っ』
んんっ!
そこには、何にもなかった。
『いい感じ。次っ』
同じく何にもなかった。
そして、少し安堵したように座り込んで今度は3段目に手をかける。
『何にもない!よしっ。』
『この引き出しの棚の中もかなりいい雰囲氣ですよね。新しくないけど古くもない感じ、結構好きですよ..。』
同じように三段目にも何にも…
『待って、奥に何かがありますね..大体虫とか除湿とかが入っているような』
しかし彼女が思っきし目を向けると、予測されたあれらとは明らかに形が違うものをのぞかせる。
『..何これ…身分証明書?』
3段目には一つばかり、薄いが確かにしっかりとあるカードがあった。
「…名前とか住所とか書いてる..。いい感じの学校だとこういう学生証があったりするらしい…ってこれ誰の何のですかっ!」
少女は恐る恐る手をカードに向ける。
そしてぎゅっとつかみ彼女が見えるところまで持っていく。
「…名前。..学校、住所…。」
「これ学生証ですね。しかも中学校の」
「…全部聞いたことがない..。」
「まあ、忘れちゃったんですかね…。」
『でも…身分証を忘れるなんて…まっさかそんなことは..だって、別の場所に行っても大事なものだし。』
ほんのりした疑念の中に気が付けば一つの言葉が漂う。
“別の地域の子供が消えたって。”
『あれって、別の場所に避難したから…ですよね…』
『…変なことが思い浮かびますけど…そんなことはないでしょう...ない...ですよね?』
少女は疑念を脳内に埋めようと、何か焦ったようにもその所在不明の学生証を開きっぱなしの棚にぐっと、なかば投げるがように押し込んだ。
『…何も見ていない、それでいいはず…』
『あ、そうだ..。』
『リュックの整理をしなきゃ。』
少女は今度はわざわざ立って自分が置いたリュックに向かった。
そしてリュックをガサゴソと漁り始めた。
『教科書いっぱい持ってきたし、ほんも少し持ってきたからしばらくは..。』
国語、数学、りかとかの教科書がいっぱい。
名前も知らない青年からもらったお下がり。お下がりとはいえ、かなりていねいに保管されていたのかもらった時は綺麗だった。
ちょうど、“戦い“が始まって数日ごろのこと。
麗庶の進学するはずの中学校が焼かれた翌日のこと。
その知らせを向かう道中で聞いてずっと泣いていた彼女に
見ず知らずの青年がくれたものだった。
今ではその‘戦い’のほこりで汚れている。いや、本当は彼女がその戦いから身を潜める間にひた向きに読み込んだ結果なのだろう。
『…。』
彼女はそれを少しだけ思い出して、また言葉を失った。
そして、何も言わずにまた次の本を漁る。
ちょっとしたラノベのようなもの。
あるいは文庫本みたいな感じのもの。
他にはちっちゃい雑学図鑑みたいなもの。
そんなのがリュックからたくさん出てくる。
『…これで全部かな?』
彼女は覚えているものが全部でたと思って再びガサゴソと腕をリュックの空虚に詰め込む。
だが、そこにあったのは空虚じゃなくて、何か一つだけしっかりとしたようなものがあるように感じた。
『…あれ、まだ残ってるのかな』
彼女は再びリュックに顔を覗かせてみる
そこには白いラッピングが施された何かがあった。
それに彼女はただ何かを感じたように、ひょいっとすくいあげる。
ヨーヨーすくいのような曖昧じゃなくて、絶対に知りたいという違和感に対する興味があったから。
『...これ..。なんでしょう。』
彼女はそう言って裏面を見ると
ぼろぼろにそまったメッセージカードがあった。
『...入れた覚えはないけど..。』
彼女はヒトが未来を追うように、一字一字を指で追っていく。
「飽希ちゃんが中学生になった時のプレゼント。」
それは、ひどくかすれて最早碌に書くインクもなかったと一目でわかるほど、寂しい字だった。
「...私みたいな料理人になりたいって飽希ちゃんずっと言ってたもんね。それで、いろんな料理とかを知りたいって。」
「...だから、この世界中の料理がいっぱい書いてある本が欲しかったって言ってたよね。」
「..家には、これしかなかったから。ごめんね。そんな間に合わせ品を渡さなきゃいけなくなったのが..。」
『おかあさん、だめだよ..こんなものを、こんなに...なんで!!
だったら...もっと、もっと...濃い字で書いてほしいよ..。
涙で..見えなくなっちゃうから。』
もはや彼女はぐっちゃぐちゃに顔を濡らす。
やがて顔では抑えられずに、ぼたぼたとカーペットの湿度をあげる。
それは、まるで彼女の心が結露するように。
「...あの夜、何かに駆られて実はこっそり外に出たの。
...家が焼けてたの。それしかもう知らない。
きっと、家にあった本もリュックにあなたが詰めてたモノ以外は焼けちゃったと思うの。
でも、この本だけは無事だった。
不思議なんて考えなければいいのに、劫火に溶けなかった。」
「だから、お守りだと思ってる。大切に読んでね。」
「...追記:贅沢は言わないから元気に帰ってきてね。ずっと待ってるよ。避難所だと料理を作ることもあるかも..。 だから帰ってきたら二人でお料理しよう、それで笑顔で食べようね。」
そう記された言葉は、だんだんと奥に進んでいくたびにだんだんと黒く染まっていく。
その文字は、言葉は、何回も作り直されたものだった。
『ごめんなさい..あのとき..なんで。』
『なんで、ありがとうも言えなかったの..。』
少女は、その言葉の重みとともに自己の所為を思い返した。
『どうして...お母さんを、おいて行ってしまったんだろう。』
心でさえあまたに枝のように分かれていく。そのほとんどが葛藤だろうか、それとも自分の行為に対する謝罪だろうか。
『ごめんなさい』
お母さんが私にワンピースを買ってくれた日のことを思い出す。
白くてかわいらしい、今は少し汚れてしまったワンピース。
『...逃げたって、でも本当にかなしかったのは、ご飯を食べれないことじゃなくて..いや、そうじゃなくて..。
私がそばにいなくなっちゃう、最後の時間が無くなることに本当はあのとき...ないていたの?
書いてないけど、書いてないけど、でもこれを書いたのってあのとき..。』
『...生きなきゃ。』
少女は裾に青をうずめる。
『いまは生きなきゃ、お母さんがむくわれない...でもお母さんは生きているかわからないの..。』
『..いいや生きてる。お母さんは、きっと生きてるからこんな言葉を残してくれた。』
少女は涙に染まった瞳の中にかすかに光をともす。
飽希という少女の名前の由来を、まるで示すように。
…「お母さん..しつれいします..。」
少女はそのしわにそまった白を爪でピーっとなでる。
すると、その白からは考えられないような茶色がのぞかせる。
少し古そうな本。タイトルは少しかすんでいるけども「調理大全集」と書いてあった本。
「...ありがとうございます..。」
少女はそれを母親の形見のようにぎゅっと抱きしめた。
しばらくすると一つばかり物音が空間にしみる。
「...あきさん..。」
「んっ!」
麗庶はそのかすかな声にぴくんと肩を震わせた。
「か..かなずみ..ですっ。 ちょっと一人だと怖くて..あきちゃんのお部屋に..いていいですか..?」
麗庶は涙を何とか引っ込めてすたすたと一歩一歩を扉に向ける
「..あ、もちろんです!」
麗庶はそういって扉を思いっきりぐっと引いた。