第15話 ゾンビ世界で探索2
正面の広い通路の先にエスカレーターがあった。そこを昇ったところに人影がゆらゆらと歩いている。
(こっちに来そうだな……)
二階通路を見ながら俺は苦々しく呟く。
「車のアラームでゾンビたちの注意が西側に向くんじゃなかったのか……」
「そう上手くはいかないさ。どこかに引っかかって出てこない連中もいるし、人が集まる場所なんだ。戦闘は避けられないよ」
「でもこのままじゃ、車のアラームが止まったし、西側の奴らも押し寄せて来るんじゃ……」
佐竹さんの言葉に俺の不安はどんどん強くなる。
この数相手じゃバットなんて役に立たねぇし、銃は……熟練度が上がったから結構当たるようになったけど、さっき以上にゾンビが来たら……。
「時間がない。さっさと食糧を確保しよう」
「そうだね。こっちが静かなうちに」
青井と佐竹さんがスーパーに入っていく。俺もその後ろに続いて進み、商品を物色する。
入り口近くは青果コーナーだ。野菜もフルーツもほとんど痛んでいる。無事なのはジャガイモと玉ねぎくらいだ。
食べられそうな野菜をリュックに入れていく。
(しかし、青井ってすげぇな)
野菜が置かれた棚の横に死体が転がっている。青井が倒したゾンビだ。スーパーにいた奴らが全員押し寄せてきたのか、かなりの数だ。メイン通路で俺と佐竹さんが戦ったゾンビくらい倒してる。
「青井がいると百人力だな」
「そりゃどうも」
「ニンジンはギリギリそうだな。これどうする?」
「カレーとかに使えそうだし、とりあえず持って帰ったらどうだ」
野菜をリュックに詰める俺の横で青井が口を開いた。
カレーか……いいな。
俺がそう思ったところで、佐竹さんが振り向いた。
「二人とも、野菜もいいけど、もっと日持ちがする食べ物を集めてくれるかい?」
「そうですね。カレーっていても肉はもう腐ってるだろうし」
「じゃあ肉なしカレーか……ちょっと寂しいな」
青井について行きながら俺は少しだけ肩を落とした。
(こんな世界だから贅沢は言えねぇけど、生鮮食品が使えないってのは不便だな。せっかく電気も水道も使えるのに、これじゃあ非常食に頼るしかねぇな)
はぁとため息をついた瞬間、俺の頭に疑問がよぎった。
「そういえば、カレーの匂いでゾンビとか寄ってこねぇのか?」
「多少は集めるかもしれないね。でも奴らの鼻は悪いみたいだから気にすることはないよ。ほら、今朝もシチューを作ってたけど、やって来たのは数人だし、誤差の範囲内だね」
「まぁその代わりに奴らは夜目がききますけど。目が光ってることに関係してるのかもしれないが……」
佐竹さんの返答に青井が補足した。
(夜目がきく、か……黄色く目が光ってるし、そのおかげで見えるのか?)
一般食品の棚を見ながら歩いていると、黄色いパッケージが目に留まった。俺はそれを取り、佐竹さんに見せた。
「カレールーがありました」
「おお、それは良かった。お米は昨日の探索で見つけてるし、美味しく食べられるよ」
「やったぜ、今日の夕食は期待できそうだ」
「ふふっ、池崎くんはそんなにカレーが好きなのかい?」
「そりゃ好きでしょ、あれほどご飯が進むものはそうそうないですから」
佐竹さんと一緒に笑い合っていると、俺は奥の通路を見た。冷蔵庫があった。冷凍食品のコーナーだ。
「あ、佐竹さん、ここってまだ電気通ってますよね?」
「そのようだね」
「じゃあ冷凍の肉とかあるかも……俺ちょっと見てきます」
カレールーをリュックに入れると、俺は通路を歩み出す。
「池崎、気をつけろよ」
後ろから青井に声を掛けられ、俺は振り向く。ゴーグル越しに鋭い視線と目が合った。
「大丈夫だろ。この近くであれだけ戦ったんだ。スーパーにいるならとっくに出てきてるだろ」
「だといいが……何かあったらすぐに戻ってこいよ。援護するから」
「言われなくてもそうするって」
少し神経質気味な青井に答えると、俺は冷蔵庫に向かって足早に進んだ。
心配するのも分かる。二階にはまだゾンビがいるし、西側に誘導した奴らがこっちに来るかも知れない。どっちにしろ、時間がないことに変わりねぇな。
「お、チキンカツがある。最高か?」
冷凍庫を物色したところ、カレーと相性抜群なおかずを見つけた。
冷凍だからもちろん腐ってないし、油で揚げればそのまま食べれるタイプのやつだ。
電気がまだ通ってくれてよかった。佐竹さんの話じゃ、発電所がゾンビに襲われても、発電自体は自動で行ってるから人がいなくてもしばらくは電気が使えるらしい。
リュックを下ろし、チキンカツを中に入れる。
「これで肉が食えるな……ん?」
足音が聞こえる。走っているような音だ。
「従業員用ドアからか?」
リュックを背負いながらドアから離れる。
ドンッ!
ドアが開け放たれ、中から若い男が二人出てきた。
俺はサブマシンガンを彼らに向ける。
「動くな……!」
「ひっ」
「な、なんだお前は……!」
ぎょっと目を見開き、驚く若い男たちの手には金属バットとゴルフクラブが握られている。
(貧相な武器だ。百万円プレイヤーか?)
俺は油断なく銃を構えたままゆっくりと彼らから距離をとる。
「言っとくがこの銃は本物だ。妙なことをしたらわかるな?」
「わ、わかったから、とりあえず銃を下ろせ……!」
「それどころじゃねぇんだよ、こっちは……!?」
男たちは顔面蒼白でガタガタと震えている。
「それどころじゃない? まさかゾンビに追われて――」
「違う! 女だ!」
「ヤバいヤツがいるんだよ!」
男たちが叫んだ直後だった。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
従業員用のドアが開いた瞬間、茶髪の方の男が倒れる。背中を切り裂かれ、床に血が飛び散った。もう一人の短い黒髪の男は「うっ」と息を詰まらせ、膝から崩れ落ちる。
ぱっと光に包まれ、二人の男が医務室に転送された。ポケットに入れていたのか、男たちが消えたところにマネーコインが転がった。
「うわー、この人も五万円コインかー。しょぼいねー」
「お前は……」
コインを拾い上げ、不満そうに顔を歪める銀髪の少女に見覚えがあった。
椎名だ。その手には血がついたサバイバルナイフを持ち、赤く汚れた白いレインコートを着ている。そんな殺人鬼みたいな格好をしてるのに、俺の顔を見るとにっこりと笑ってくる。
「あ、瞬くん。今朝ぶりだねー」
「お前、人を襲ってるのか?」
「うん、ゾンビより人を倒した方が稼げるし。あ、でも一人も殺せてないよ。こいつら切ったり刺したりしたらすぐ医務室に転送されるから」
純粋な瞳のまま言っている。
やばいぞ、コイツ。善悪の区別がついてないというか、人を襲うのにためらいがない。俺を襲ったときもそうだったが、
「いい銃持ってるねぇ。ちょうだい、そろそろナイフで肉切るのに疲れてきちゃったからさ」
まるで日常会話のように言ってくる。その平然としている態度が恐ろしかった。
『この子やべー』
『サイコパスじゃん』
『こんなところで再会なんて運命感じちゃうな』
もうチャットなんてどうでもいい。
椎名からは底知れない恐怖を感じ、俺は後ずさりながら銃を構える。
「ねぇ――」
椎名が一歩だけ近づいてくる。
トクッ。
迷わず撃った。
「ふっ」
「な……ッ!?」
あっさりと避けられ、椎名が接近してくる。反射的に銃口を向けた。だが一瞬で射線から外れるように動かれ、ぜんぜん弾が当たらない。
マズい……!
椎名が目の前にきた。手でサブマシンガンを払いのけ、俺の首にナイフを振るった。
「く――っ」
咄嗟に後ろへ転んで回避する。倒れた衝撃で揺れる俺の視界に、赤く汚れたナイフが映り込む。ナイフを逆手に持ちかえた椎名が、俺の胸に向かって振り下ろしてきていた。
だがその瞬間、椎名は身を縮めて機敏に動く。
トクッ。
小さな銃声が聞こえた直後、俺を呼ぶ声が響く。
「池崎! 逃げろ!」
青井だ。どうやら椎名を撃って退けてくれたようだ。
立ちあがって通路を駆けると、スーパーの入り口辺りからくぐもった銃声がした。
「ガアアアアアアアアアアア」
どこからかゾンビの反響する声が轟いた。
かなりの数だ。近づいてきている。これじゃあ椎名を相手にするなんて無理だ。
「青井、このまま外に逃げるぞ!」
「そのつもりだ! 佐竹さんがスーパー前の通路を守ってるからな!」
だったら話が早い。さっさとここから――ん?
足音が聞こえる。後ろからだ。
(まさか椎名がついてきてるのか!? このままじゃ青井に接近される!)
俺はばっと横に動く。
「撃て! 青井!」
トクッ、トクッ。
「逃げられた……ッ! 隣の通路に!」
狙いを外したのか、青井が慌てて口を開いた。
「早く行くぞ! あいつはヤバい!」
青井に言うと、俺は通路を駆け抜けた。
スーパーを抜けると、ショッピングセンターのメイン通路に出た。そこで佐竹さんがゾンビを食い止めている。
サブマシンガンがトクットクッと咳き込むたびに、ゾンビの反響する叫び声をひとつひとつ消えていく。
「今のうちに外へ!」
「はい!」
佐竹さんの言葉に従って俺は出入口から飛び出す。その後ろで青井がインカムに手をかけた。
『撤収する。車の用意を』
『了解、すぐに向かうわ』
インカムから天ケ瀬の声が返ってきた。
ショッピングセンターから出ると、駐車場の方で黄色い双眸が揺らめいていた。全員こっちに気づいている。俺たちは壁沿いに走りながら近づいてくるゾンビたちを撃っていく。
そうやって駐車場を出ると、しばらく歩道を走った。
(この先に宗教団体の施設がある。そこの駐車場に待機している天ケ瀬たちがそろそろこっちに来るはずだ)
そう思ったところで正面から白いハイエースバンが走ってきた。
俺たちは急いでバンに乗り込み、ここから離脱した。
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