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短編小説

橋田先輩は俺の身体にしか興味がない

作者: 雪村

「うん……かっこいいよ佐伯くん」


 放課後の橋田先輩の家に2人きり。

 俺はワイシャツのボタンを外し解放感ある格好で冷静を装う。


 そんな俺の目の前ではうっとりとした表情の橋田先輩が優しく腹筋を撫でていた。


「なんか前に比べてまた割れた気がする」

「そ、そうですか?」

「筋トレ頑張っているの?」

「まぁ…」

「それは私のためかな?」

「……」

「本当に可愛いね佐伯くんは」


 何も言い返せない俺は情けない奴だと思う。そんな劣等感に浸る俺を気にせず、橋田先輩は腹筋を突っつき始めた。


「最近は腹筋中心に鍛えてるの?」

「胸筋も鍛えてます」

「それも私のため?」

「……健康のためです」

「そっか」


 強がってそう言ってみるけど橋田先輩はきっと見抜いている。

 恥ずかしくて唾を飲み込んでしまったのもバレているだろう。


 その後も俺は、多少のお喋りと共に橋田先輩に身体を触らせていた。

 もうこのお触りが始まって数ヶ月だ。そして俺の片思いもこの数ヶ月で加速している。


「やっぱり突っつくよりも撫でる方が筋肉感じられるなぁ」


 ……しかし片思いが成就する可能性は0だった。


 俺は橋田先輩のことが好きだ。しかし橋田先輩は俺の身体が好きだ。


 初めてこの人が筋肉フェチだと知った時はとても嬉しかった。

 かっこいいって思われたいという下心で鍛えていた筋トレが実を結ぶと思ったから。


 でも所詮、橋田先輩が好きなのは俺ではなく筋肉だ。

 もし筋トレをやめて身体が弛んだらこうやって家に呼ばれることは無くなるだろう。


「佐伯くん?」

「あっはい」

「お腹冷えちゃった?私がずっと腹筋触っているから」

「いえ大丈夫ですよ」

「じゃあ何でそんな怖い顔しているの?」


 俺は眉が下がる橋田先輩の顔を見てハッとする。もしここで正直な気持ちが言えたらどれだけ楽だろう。


「怖い顔してました?」

「うん。難しそうで怖い顔」


 ……もう伝えてしまおうか。ストレートに自分の気持ちを。

 この関係が始まる前からずっと好きだったと。


 そうしたら橋田先輩は俺を意識してくれるだろうか。単なる筋肉だけではなく俺という人間を見てくれるだろうか。


「あの、橋田先輩」

「なぁに?」

「ちょっといいですか?」


 俺は腹筋を撫でていた橋田先輩の手を取る。俺よりも小さくて細い手。

 最近手までゴツくなってきた俺からすれば壊れてしまいそうで怖かった。


「本当に変なこと言うんですけど」

「良いよ。普段筋肉触らせてもらっているお礼に何でも聞いてあげる」


 そんな橋田先輩の言葉に俺の肩はピクリと動く。“何でも”は流石にダメだ。

 しかし“何でも”ならこの片思いは今日で成就されるかもしれない。


 膨れ上がってしまう期待に俺は緊張を増してしまう。


「は、橋田先輩は」

「うん」

「………っ」

「佐伯くん?」

「……もし、もしも俺の筋肉が無くなったらどうします?」


 馬鹿野郎。何がストレートにだ。遠回しにも程がありすぎる。

 橋田先輩は俺の告白もどきにポカーンとしていた。


「佐伯くんの筋肉が無くなったら」


 そして俺の告白もどきを繰り返す。恥ずかしくて掴んでいる手に力を込めてしまいそうだ。


 橋田先輩は返答に迷っているのか小さく唸りながら首を傾げる。

 あざとい仕草は狙っているように見えた。


「あのさ、佐伯くん。普通に考えて筋肉が無くなることはないんじゃない?病気にかからない限りは」

「え?どういうことですか?」

「だから、筋力が落ちることはあるけど筋肉が無くなることは無いんじゃないの?」


 本当に俺は馬鹿だった。言い方を完全に間違えた。

 確かにそのまま考えれば橋田先輩のようなツッコミを受けざるを得ない。

 

「すみません。俺が言いたいのはそういうことじゃなくて」

「うん。わかっているよ」


 すると掴んでいた橋田先輩の手がスルリと抜けてまた腹筋部分に降りてくる。


 優しくも怪しい手つきで、真っ白な手は腹筋から胸筋へ向かっていった。


「もし佐伯くんの筋肉が衰えて浮き出なくなったらって話だよね」

「は、はい」

「その時はお触りするのをやめるよ。何もない身体を触るのは単純にセクハラだし」

「今の状態はセクハラじゃなくて…?」

「セクハラにして欲しい?そしたらお家呼べなくなっちゃうけど」

「いえ、何もしなくて良いです」


 思わず食い気味に答えてしまうが橋田先輩はそれすらもお見通しだ。


 っていうか質問の意味を知っていたならそれを先に答えて欲しかった。

 無駄に恥じた気がする。


「でもそうなったら嫌だなぁ……。私、佐伯くんの筋肉が好きなんだ。割れ具合や浮き具合もだけど肌の感じとか体温も好き」

 

 橋田先輩の手は胸筋へ辿り着くと筋をなぞるように指を伝わせる。

 くすぐったくて身を捩るが、それ以外の感情は出てこなかった。


 やっぱり俺は諦めかけている。橋田先輩は俺の筋肉にしか興味がないのはこれからも一緒だ。


「……橋田先輩」

「どうしたの?」

「次は腕も鍛えようと思ってるんです」

「へぇ!上腕二頭筋?それとも腕橈骨筋(わんとうこつきん)?」


 ほら、筋肉の話題になればわかりやすくテンションが上がる。

 そんな橋田先輩でも可愛いと思ってしまう俺が完全に諦められる日は来るのだろうか。


「腕橈骨筋を鍛えたら前腕に筋とか血管がバリバリ走るようになるらしいよ。上腕二頭筋だったら今度力こぶ触らせてね」


 俺は、腕に視線を向けながら胸筋を撫でる橋田先輩に頷く。

 今日も帰ったら筋トレをしなくては。


「あっ」


 すると橋田先輩の手が俺のある一点に触れた。

 その瞬間、俺は身体を跳ね上がらせてしまって橋田先輩と目を合わせる。


「「…………」」


 初めて俺達の間に気まずい雰囲気が流れ出した。

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