第2話‐⑤
「お?そうだったか?」
とぼけた顔をしながらしらを切るクレイツおじさん。その顔は、しまった…という表情をしている。
(確信犯め…)
忘れていたのか、意図的に言わなかったのか分からないが、あたしは今凄くクレイツおじさんのつま先を踏みたい衝動に駆られるがなんとか我慢する。
「…魔物を倒せるなら、アンデッドも倒せるのでは?」
話を元に戻すように葵は自分の考えを口にした。
魔力持ちの人間が倒せない魔物を聖女が倒すことができるのなら、アンデッドも倒せると思うのだが…
「それは分からん…アンデッドは昔の伝説級の生き物だと言っただろう?昔はその人物がアンデッドを倒したと言う情報はあるが、どうしてその人物が倒せたのかは分かっていない…まぁ、今この時代においてそれに近しい人物は聖女だろうが、必ずしも倒せるとは限らない。俺も今まで生きてきて初めて見たしな」
(まぁ確かに…聖女はあくまで魔物退治の要員としてこの世界に召喚された訳だし…必ずしも倒せるか分からないのは当たり前か…それにクレイツおじさんが見たことないとすると、先ほどのアンデッドは多分…いや確実にこの時代では初めての目撃ということになるのだろう…)
昔のその人物は…どんな思いで闘っていたのだろうか…。この世界の人に必要とされて召喚された訳でもなく、何でこの世界に来たのか分からなくて…まさに今のあたしと同じ状況だなと心の中で思う。
「…とまぁこんな感じで話を戻すが、その昔のアンデッドが現れた状況と今のこの状況が似ているってことだ」
「……と言うと?」
何が?と首を傾げる葵。
もうすでに葵にとっては情報過多みたいだ。
クレイツおじさんはそんな葵を見てため息を付きながら呆れている。
「だからそのままの意味だ…魔物が現れて異世界から聖女が召喚されて、聖女とは別のところで異世界からもう一人異世界人が現れた…今のこの状況は昔の文献に書いてある情報と類似しているんだよ」
呆れた表情をしながらも、そこまで丁寧に説明してくれるクレイツおじさんはやっぱり優しい。
これはもう孫と祖父の関係みたいだ。
(祖父…か。クレイツおじさんの孫ならとても楽しい人生なんだろうな……例え孫でなくとも家族関係にあったのなら…………)
羨ましい目でクレイツおじさんを見つめる。
クレイツおじさんは領地の当主を退いてここにいると言っていた。て事は、もしかしなくても孫が居るのは確実だろう。自分の息子が当主に就いて自分は老後を満喫する。貴族なら子供は必ずいると言っていいので、クレイツおじさんにも息子も孫もいるんだなと思うと、その子達が羨ましいとさえ思えてくる。
「おい…聞いているのか?」
考え込んでいるあたしを訝しげな眼でみるクレイツおじさん。
「え?……あぁうん、えっとそれがもし本当なら、アンデッドを倒すことのできる人物はもう既に、この世界に居るっていう事だよね?」
頭をフル回転させて、ちゃんと聞いていましたとでも言わんばかりの顔でそう答える。
「お前なぁ…もう少しよく考えてみろ?」
「…?何を?」
クレイツおじさんははぁとため息を付きながら呆れた顔をしている。
流石に何回も呆れた顔をされるのは心外だ。
(いやまじで情報量が多い…どこの何を考えろって?)
欠伸をしそうになるのをなんとか抑え、答えを促す。
「はぁ…あのな、おまえ自身の状況をよく考えてみなさい…その人物は誰と今の状況が似ている?」
(…ん?誰と似ているかって?それに自分自身の状況って?なんであたしの事なんか……)
「……?」
首を傾げながら考える葵。
(こういう考えるの、本当に苦手なんだよな…考えるというよりあたしは何も考えずにその辺を走り回っている方が、性に合っていると思う)
まぁ昔はそんな事出来る訳もなく、自分の気持ちを押し殺していたけど。
あたしはクレイツおじさんに視線を向ける。
「分かったか?」
「全然」
即答する葵。
もうこの際、呆れられてもなにも言わないでおこう。分からないものは分からないのだから。
やっぱり分からないので開き直ることにした。
「全然分からないので教えて下さい」
久しぶりに敬語を使ったなと思っていたら、なんか分からないけどクレイツおじさんがなめくじを見るような目で見てきた。
(……何で?)
「分かった、分かったから敬語は使わないでくれ」
そしてそう言いながら参っている。
自慢の髭も多少元気がないように見えた。
(……?そんなに敬語で話されるの嫌なんだ?)
あたしだって初対面の人に対してため口を使うほど常識の無い人間ではない。出会って間もない頃は、ちゃんと敬語を使っていた。
だが、クレイツおじさんの方から敬語はやめてくれと直談判されたので、二、三回であたしは敬語を使わなくなった。
それにしても…ちらっとクレイツおじさんを見るが、とても居心地の悪そうな顔をしている。
(別に…意地悪で敬語使ったわけじゃないんだけどな…まぁ答えてくれるなら何でもいいか)
「敬語は使わないから教えてよ」
今度暇なとき、その理由について聞いてみようと思った葵であった。
「…お前だ葵」
「はぇ…?」
急に自分の名前を出され素っ頓狂な声が出てしまった。自分でもこんな間抜けな返事ができるとは…と感心する。
「だから、その人物の状況が今の葵と似ているんだよ」
「…あたしと?」
何回目だろうと思う呆れた顔をクレイツおじさんに向けられる。
(いやもう慣れたけど…)
アンデッドを倒したという昔の異世界人が、あたしのこの状況と似ていると?
(そんな事…あるはずは…)
慣れない考え事をしていると、自然と顔が俯いていく。腕を組み頭の中を整理する。
急に現れた異世界人は、他の魔力持ちとは桁違いの強力な魔力の持ち主で、街の人に拾われ平民として暮らしていた。
それに魔導師団団員でもなく聖女でもなく、必要とされて召喚されたわけでもない…いつの間にかこの世界に来ていた…
こう考えてみると、似ていない状況を探す方が難しかった。考えれば考えるほど同じところしか出てこない。
「……。」
俯いていた顔を上げ、クレイツおじさんを見る。
クレイツおじさんは、うんと頷いていた。
(否定しようもないこの状況の類似性)
まだそうと決まったわけではないが、ほぼ黒と言っても過言ではない。それに、ここまで似ている状況を否定する気もない。否定したからと言ってこの状況が変わるわけではないのだから。
それを考えると、この後のあたしの行動はただ一つ。
「…何をする気だ?」
あたしの気持ちを汲み取ったのか、まだ何も行動していないのにそう突っ込まれた。
クレイツおじさん恐るべし。
「いや…まだ何も言ってないんだけど…」
それに、どうした?でもなく何だ?でもなく、何をする気だ?とか、完全に考えていることが読まれている。末恐ろしい。
「葵の考えてることくらい分かる…何ヶ月一緒にいると思ってるんだ」
「……。」
そう言って、にこりと微笑むとえくぼが浮かび上がった。よく笑う人だ。
(何ヶ月一緒に居ると思ってるんだって…まだ半年しか経っていないんですけど…)
「とにかくアンデッドのところに行くのは絶対にダメだ、危険すぎる」
内容すら話していないのに的確に突いてくるクレイツおじさん。
(本当に侮れん……てかそろそろ怖いよ?)
だがあたしも諦めない。
もしかしたらそれを確かめればあたしがここに来た理由とかが分かる気がするから。
「分かってるなら止めないでよ、あたしがその人物と同じなのか確かめるにはその方法しかないんだから」
(さっきみたいな倒し方じゃきっとダメなんだ、他に必ず倒す方法があって、もし…あたしがその人物と同じなら…倒さないといけない)
あたしは真剣な表情でクレイツおじさんを見つめる。
「……。」
クレイツおじさんは何も言わず、見つめ返してくる。
あたしがその人物と同じなら、あたしはアンデッドを倒す義務がある。どうしてこの世界に来たのか、理由も目的も何も分からなかったけど、そのために来たのだとしら、あたしはあたしの出来ることをやるだけだ。葵の覚悟を感じ取ったクレイツおじさんは諦めたのか深いため息を付いていた。
「分かった…だが今日はもう日が暮れる…明日にしてくれないか」
その言葉に空を見ると、既に日が傾きかけていた。森は木々が生い茂り薄暗いため日が届きにくい。まだ日が出ているとはいえ油断禁物である。
「分かったよ」
クレイツおじさんの言う事は正しいので、今にも追いかけたい気持ちをなんとか抑え頷いた。
明日になればあたしがこの世界に来た理由が分かる…かもしれない分からないけど。
(どんな風になるのか楽しみだ…)
「帰るか」
「うん」
あたしとクレイツおじさんはそう話すと、屋敷に戻っていった。