第2話‐④
『ウォォォォォオオオオン!!』
「っ……!?」
「っ……!!」
すると急にクレイツおじさんの言葉を遮るように、遠くの方から大きな遠吠えらしき声が聞こえてきた。その声を聴いたクレイツおじさんとあたしは、目の前にいるアンデッドに警戒しながら背を低くしてしゃがみ込む。
(…獣の声?)
チラっとクレイツおじさんを見ると、とても険しい顔をしていた。
木々がざわざわと音を立てて揺れ、如何にも怪しい雰囲気が辺り一帯を包みこむ。
ちなみにここは森とは言っても少し開けているので、潜んでいる何かが飛び出して襲ってきたらひとたまりもない。
『グワァァァアア』
『グルルルル』
すると、目の前にいるアンデッドがその声に応えるように鳴き出したと思ったら、急に動き出して一斉にこの場から去って行く。
びっくりした顔であたしはクレイツおじさんの方に視線を移す。
「…どゆこと?」
首を傾げながらクレイツおじさんに聞いてみる。
「どういう事だ?」
クレイツおじさんも何が何だか分からないのか、首を傾げて怪訝な顔をする。
さっきまであたし達の目の前にいた八匹のアンデッドが、一匹残らず森の奥に行ってしまったのだ。
そんな光景を二人は見ていることしかできなかった。
「でも…なんとか助かった?」
あたしはゆっくりとその場から立ち上がりながらそう呟く。
「……みたいだな」
クレイツおじさんも立ち上がる。
さっきまでの緊迫した状況が嘘のように、辺りは静寂に包まれていた。
「それにしても…急にどうしたんだ?」
クレイツおじさんのその言葉にあたしは頷く。
先程のアンデッド達が消えていった方を向きながら口を開いた。
「うん…なんか獣の遠吠えみたいのに応えるようにして、森の奥に行ったよね?」
その遠吠えを聞いた瞬間に、アンデッド達がそれに応えるように方向転換して行った。
その声にもとても驚きはしたが、そのお陰で助かったのには違いない。
「怪我はないよな?」
あたしを心配そうな顔で見てくるクレイツおじさん。
葵のつま先から頭のてっぺんまで視線を巡らした後、無傷だと確認したのかほっとしたような表情になる。
(…そんなに心配する?)
その視線になんだか耐えられなくなり、すぐさま話題を変えようと違う話を切り出した。
「大丈夫…そんな事よりさっきの話の続き気になるんだけど?もう一つ気になる記述って何?」
さっきの謎の遠吠えのせいで、話が途中だったのを思い出した。
あたしはクレイツおじさんの顔を凝視して答えてくれるのを促す。
「ん?あぁ…その話な…実はその人物、葵と同じ異世界からきたらしいんだ」
「っ……!!」
その言葉を聞いた瞬間、目が見開くのが分かった。
クレイツおじさんには、あたしが異世界から来たという事を前もって伝えてある。
(あ…だからさっきこの話をしているとき、言いにくそうな表情をしてたんだ…その人物があたしと同じ異世界から来たから…ん?ちょっと待て?なんでクレイツおじさんがそんな顔をする必要がある?あたしの事を気にする必要ないだろうに…)
あたしはクレイツおじさんの話を静かに耳を傾ける。
「それに…その文献を読む限り、その当時の状況と今の状況が似すぎている」
「…?」
当時の状況と今の状況?どうして今の状況の話になるのだろうか。
「どういう状況なの?」
あたし達は周りを警戒しながら、向かい合い話を続ける。
「まずこの国は昔から魔獣が存在していて、それを魔力持ちの人間によって殲滅されているのは教えたよな?」
復習するかのように、あたしに聞いてくるのでそれに答える。
「うん…人間の色々な感情によって瘴気が生まれ、瘴気が溜まりすぎると魔獣が生まれる」
あたしのいた日本で言う、あやかしみたいな感じだなと、その時思ったのを覚えている。
瘴気かどうかはわからないけど、妖怪という人ならざるモノの存在はとても有名だった。漫画やアニメなどの題材でよく出てくるし、視える人が少なくなった現代では憧れを抱く人は少なからずいると聞いたことがある。
(…自由の無かったあたしでも妖怪に会ってみたいと幼い頃は思ったことがあったっけ…)
まぁ…妖怪と魔獣なんて全然何もかも違うし、視える視えないとか関係ないし、魔法が使えている時点で比べてはいけないんだろうけども。
不思議という点では似ているだろう。
「そうだ…だが今でこそ落ち着いているこの国にも、つい最近まで魔獣とは別の生き物が度々目撃されるようになってな」
クレイツおじさんは髭をさすりながら、今まであったことを思い出しながらゆっくりと話してくれている。
「もしかして…さっき言ってた魔物?」
あたしは先ほどのやり取りを思い浮かべていた。「魔物ではなくアンデッドが現れるとは…」と言っていたクレイツおじさんのその言葉は、まるで今までは出てきていたという風に聞こえる。
クレイツおじさんは一瞬驚いた顔をしたかと思ったが、すぐに真剣な顔に戻り話を続けた。
「ああ…近年までは魔獣だけだったのが、葵がこの世界に来る半年ほど前から魔物が出てくるようになってな…魔物は聖女にしか倒すことができない」
(聖女…アニメや漫画などでよく聞く言葉…そしてさっきも出てきた言葉…)
あたしはクレイツおじさんを見つめながら、眉間にしわを寄せる。
「魔物の目撃情報があったのが半年前…葵もこの世界に来て約半年になるが、葵がこの世界に来る一週間ほど前に魔物は聖女にしか倒せないということもあって異世界から聖女が召喚されたんだ」
「……。」
なんとなく…そんな予感はしていた。
聖女にしか倒せないのなら、魔法が使えるこの国が次に起こす行動と言えば、聖女を召喚することくらいだろう。
なんか…この話を聞くと本当に異世界にきてしまったんだなと強く感じた。
いつもアニメや漫画で見ていたその出来事が、今目の前で起こっている…なんかとても不思議な感覚だ。
それにあたしがこの世界に来る一週間前に既に聖女が居たって事になると、聖女が召喚された後に自分が来たという事になる。二人も異世界に来るなんてことあるのか。しかも別々に。聖女と言われている人は正式に召喚された人、でもあたしは召喚されたわけではないはずだから、どうしてここに自分が来たのかが分からない。何のために、何が理由でここにいるのか。物事には必ず理由がつきものだが、流石にここに来た理由がこの先判明するとは思えない。
まぁどうでもいいが。
「…その召喚された聖女は、今現在魔物を倒す旅にでも出ているの?」
聖女が召喚されたとなったらさっそく魔物退治が始まるはずだ。
あたしは無表情のままクレイツおじさんに聞いてみる。
「んー…旅っていうか、魔物の目撃情報があったらその都度準備して、王宮の騎士団と一緒に現地に向かうんだ…なんならこのカルディオン領でも先週目撃されて近々ここに来ることになっているな…もう着いてもおかしくないと思うのだが…」
「魔物が出たなんてあたし聞いてないんだけど?」
睨むような視線をクレイツおじさんに向ける。