第12話‐② アイル視点
土壁に身体を預け、荒い息を繰り返している女性の右腕は何かで噛まれたと思われる深い傷が痛々しそうに露になっていた。
それを見たアイルは眉間に皺を寄せ、何故だか分からない苛立ちを覚える。
「……」
「……」
無言の二人の耳には、彼の後ろで拘束されたアンデッド達が呻き声が聞こえている。
辛そうな葵の表情。
激しく上下に揺れる葵の肩。
痛々しい腕の噛み傷。
それを見たら何故だか怒りまでもが込み上げてきた。
何に対する怒りなのか分からないが、この状況をみていい気分にはなれない。
ーザっ
アイルが葵の傍まで行くと葵の身体がビクッと揺れた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「……」
荒い息を繰り返している葵に、目線を合わせるようにしてしゃがみ込む。
荒い息を繰り返す葵をアイルは真っ直ぐと見つめたまま口を開いた。
「その傷、アンデッドに?」
「…まぁ……」
「魔法が使えるのですから自分で治せばよろしいのでは?」
「っ……」
とても低くて冷たい言葉を放っているのは自分でも分かった。
ただ、この怒りの矛先をどうやって発散すればいいのか分からない。
黙って出ていったことに対する八つ当たりなのかもしれいない。けれど、止めることなんて出来なかった。
自分に何も言うことなく出ていった挙句、勝手に怪我をされてはアイルであってもいい気はしないであろう。
決して、葵に怒っているのではない。
このような行動をとらせてしまい、怪我をさせてしまったことによる怒りだ。
アイルの言葉に一瞬悲しそうな顔をした葵は消え入りそうな声で口を開いた。
「……そう、ですね」
「……」
それを見て、アイルはたちまち眉間に皺を寄せる。
そのような顔をさせたくて言った言葉ではなかった。八つ当たり混じりの様な事を言ったのは確かだが、そのような顔をされてはアイルは居た堪れない気持ちになる。
どうしても、自分の不甲斐なさが許せないでいた。
そして、葵はアイルの言葉に不満を持ったのか苛立ちを露わにしてきた。
「……それを、言う為に…来たのですか?図星なら…そこをどいて下さい…正直、邪魔…です……はぁ……はぁ……」
「…わたしが貴方を怒る理由はあれど、わたしが貴方に怒られる理由などないのでは?」
「…………」
アイルは土壁に身体を預けている葵の目線に合わせながら間髪入れずに答えた。
喧嘩を売りたいわけではない。喧嘩をしたい訳では無い。
ただ、葵が突っかかって来る度にアイルも言い返してしまうのはもうお決まりなのだ。仕方ないのだ。
どうしても、構わずにはいられない。
黙っていてれば、反論しなければ言い合いにはならないで済むのに。それをしないのはきっとアイルが葵と少しでも話を続けたいと思っているからなのだろう。
そして、言い返したアイルに葵は黙ってしまった。
きっと図星だったのだろう。
威勢が良いと思ったらすぐに黙るところ、悲しい顔をしたり苛立ったりと、百面相する葵になんだか急に笑いが込み上げてきた。
今はとりあえず、葵が無事だったのを喜ばなければと本来の目的を見失ってはいけない。アイルは葵を追ってここに来たのだ。怪我をしているのならアイルのする事はただ一つ。
幸い、腕の怪我はたいした事はなかったので、アイル自身でも治せる傷のようで安心した。
もしそれが、命に関わるような怪我ならば流石のアイルもどうしようもない。
「はぁ……本当に頑固でお転婆娘の貴方には振り回されてばかりですね」
「…………は?」
「まぁそんな貴方にだから興味をそそられたんですけどね」
「…………」
先程の雰囲気とは打って変わって、アイルはニコニコと微笑んだ。
そんな喜怒哀楽に葵は困惑気味である。
驚きで固まっている葵の怪我をしている腕に、自身の手をかざすと黄緑色の光が傷の部分を包んだ。
次第に光が収まっていきそこにはもう傷はなかった。綺麗に傷口が塞がれている。
「え……」
「すみません、先程の質問はただの八つ当たりです。葵さんが自身の傷を治すことが出来ないのは師匠に聞いていたので知っていました」
「は……?」
「葵さんが黙って出ていくものですから、少しばかりの八つ当たりだったんです……けど……」
「っ……!?」
すると、言葉を切ったアイルは、珍しく髪を下ろしている葵の長い髪を片手で掴み取ると、その髪にキスをした。
「ちょっ……なっ……」
「こんなに葵さんの事しか考えていないのに、葵さんは俺の気持ち考えてくれないのですね?」
「っ…………」
髪にキスをされた事に驚きを隠せない葵の耳がほんのり赤くなるのが分かった。
それを見ていたアイルは満足だというようにうんうんと頷きながら、葵の髪をくるくると指で弄んでいた。
この世界には珍しい黒い髪はとても柔らかく綺麗だ。
ニコニコと微笑みながら、アイルが弄んでいた髪を葵は慌てながら奪い取った。
「…なっ、何を訳の分からないことをっ……あたしは……いっ!……たぁぁぁ……」
慌てて立ち上がったと思ったら、片足を抱えてすぐにその場に蹲った。
アイルは怪訝な顔をしながら葵の元に歩み寄った。
「……足も怪我しているのですか?」
その様子を見ていたアイルは蹲っている葵の顔を覗き込む。
「……落ちた時に折れたみたいです」
「…落ちた?」
「元々、あたしはもっと上にいました。アンデッドと対峙している時に急に地面が揺れてここに落ちたんです」
「…なるほど」
痛みを和ませるかのように痛む足を擦りながらそう言った。
少し涙目になっている葵にアイルは口を開いた。
「流石に折れている骨を治すことはできませんが、痛みを緩和させることは出来ると思います」
「……これ以上借りを作るのは嫌です」
「これはただの人助けですよ…それでも納得いかないと言うのならこれは師匠を助けて頂いたお礼だとでも思ってください」
「……」
アイルは葵の静止など聞かず、先程と同じように折れている足に手をかざして黄緑色の光が包んだ。
気休めだが少しでも痛みが和らいでくれるのならそれでいい。
アイルはあまり得意ではない治癒魔法を今まではあまり使ってこなかったのだが、こういうことがあるのならこれから治癒魔法を練習してみようかと心の中で考える。
「……ありがとう、ございます……先程の腕といいこの足といい……」
自己満足だなと内心思っていると、 消えりいそうな声でお礼の言葉を口にした葵が目を泳がせながらもこちらを見つめてきた。
その言葉に思った以上に喜でいる自分に驚きながら、絶対に治癒魔法を習得しようと心に決めアイルはしゃがみながらニコッと微笑んだ。
「お礼を言うのはここから出てからにしましょうか」
「……ここから……出る?」
「とりあえず、わたしの魔法で拘束はしていますけど、このままではまたいつ動き出すか分かりません。葵さん、殲滅できますか?」
「……やります」
少し戸惑っていた葵だが、アイルの言葉に力強く頷いてくれた。
その行動にアイルはほっと一安心。
誰にも言わずアンデッドを殲滅するという行動に出た葵のことだ。
ここから出ないと言われるかもしれないと思っていたアイルはその様子を見て胸を撫で下ろした。
まぁ、葵とてずっとこの洞窟の中にはいたくないだろうと思ったので念の為であったのだが。
「…ではわたしに掴まってください」
「……失礼します」
アイルは葵の足を庇うように慎重に立たせた。
できるだけ、葵の負担を軽くしようと「こちらに体重をかけてください」と添えて。
葵は一瞬躊躇った反応をしたが、恐る恐るアイルの背に腕を回した。
その様子にアイルも葵と同じように葵に腕を回して、お互いアンデッドに向き直った。




