第11話‐⑤
「……」
良かった。
アイルが直ぐにアンデッドの方を向いてくれて。
今のあたしはきっと顔が真っ赤に染まっているだろう。こんな表情、アイルには見せられない。色々な意味で。
考えていることをこんなにまで当てられてしまっては流石の葵も恥ずかしくなる。
激しくなる心臓を落ち着かせるように葵はふぅと深呼吸をした。
今はこんな状況なのだから落ち着こう。
それよりも、今はもう一つの事が気にかかる。
ずっと見ていたからと言う理由で呪いやら、強い思いやらそんな事分かるのか?
一体どこまで把握しているのか知らないが、アンデッドを殲滅するのに魔法を発動するのに何かしらの条件があるのだとアイルは気付いているようだ。
そして、その条件も薄々気付いているのではないか。
葵はそう思わずにはいられなかった。
だからなのか、アイルにはもう隠し事は出来ないと悟った。
どんなに隠しても勘付かれるのもそうだし、アイルに隠し事をして今までロクな事がない。
すぐにバレる嘘こそ無駄である。
葵は無駄な足掻きはしない。
「アイスボール!」
葵の前に出ているアイルは熊のアンデッドに氷の魔法を発動した。
ピキピキと音を立てながら氷の魔法で熊アンデッドの動きを止めるようだ。
『ガァアオオオオオオ!!!!!』
だが、力が強すぎるのか足元を凍らせたと思った時にはすぐに氷を蹴散らされる。
熊アンデッドの口からは濃い瘴気がムンムンと出ていて、拘束されているアンデッドより強いのは明らかだった。
「……どうしましょうねぇ…………」
アイルはうーんと唸りながら呟く。
(……あたしが殲滅の魔法を発動さえ出来ればこんなに難しく考える必要はないのに……)
アイルは葵を急かすことも、無理強いすることもなく、葵の準備ができるのを待ってくれている。
自分の命の危機なのに呑気に顎に手を当てて、どうって事ないような態度を取っている。
アイルのその背中がとても力強く感じた。
(……アイルなりの優しさなのかもしれないね)
アイルのその行動を見て葵は覚悟を決めた。
あたしの為に頑張ってくれているアイルに少しでも伝えたい。
重荷ばかりではないのだと、迷惑をかけるだけの存在だけではないのだと、少しでもアイルの力になれるのだと、皆の力になれるのだと自分の存在意義を示したい。
例えもう…皆と一緒にいれないとしても。
この時間、この瞬間だけでも伝えたかった。目の前にいる彼に。言葉で交わさずとも行動でどうしても伝えたかったのだ。
「葵さん!避けて!」
「え……?」
葵の気持ちに折り合いをつけていた時、アイルの焦る声が聞こえてきた。
そして、気が付いた時には遅かった。
目の前にはアイルが葵を庇うように飛び出していて、その後ろには鋭い爪をアイル目掛けて振りかざしている熊アンデッドが目に入った。
ーザシュッ!!
「っ……う"」
「っ……!!!」
その光景を葵はスローモーションの様に映っていた。
葵を庇ったアイルの背中には熊アンデッドの鋭利な爪がゆっくりと食い込んでいく。
そして、徐々に血が溢れ出て身につけている服が血に染まっていく様子。その痛みに顔を歪め、葵に向かって身体が傾いていく光景が葵の目にしっかりと映っていた。
「……いたたた」
アイルと一緒に地面に叩きつけられたのか身体に痛みが走った。
痛みに耐えながら身体を軽く起こすと、葵の足元には血だらけのアイルが倒れているのが目に入った。
「っ……アイル!!」
葵はアイルの名を呼んでいた。
この際、折れている足を庇っている余裕はなかった。痛いはずの脚に力を入れて横たわるアイルに歩み寄り身体を支えた。
アイルの背中からはとめどなく血が流れているのか、周りがアイルの血液で血溜まりとなって広がっていた。
その光景に葵の顔は顔面蒼白になっていく。
「どっどうしてこんな事に……このままじゃ血が足りなくなって……」
自分の存在意義を伝えようと決めた矢先に、自分のせいでアイルが傷付いてしまった。
このままでは血が流れるばかりで、血が足りなくなれば人は生きられない。
その事実に葵はいまにも涙が溢れそうになる。
「……ですか?」
「え?」
最悪の想像をする葵の耳にアイルの声が聞こえてきた。
その声にアイルを見ると、薄らと目を開けて口にした。
「この状況で…名前、呼ぶのですか?」
「っ……」
自分でも分かっている。
今まで散々頑なにアイルの名前を口にしたことはなかった。
最初の名前呼びと言えば、アイルに強制的に言わされた時だろうか。
あの時は怒りや苛立ちの中言った言葉だったので、葵的にアイルの名前を言ったという感覚はなかった。
それをアイルも思っていたのか、背中が痛いはずなのにも関わらず弱々しい声で名前の話題を出すのだから執着というのは恐ろしい。
「…その話は後で沢山聞きますから!今はすぐにでも治癒の魔法を……」
「……大丈夫です」
「え?」
葵が治癒魔法をかけようとしたらアイルがそれを止めた。
その理解のできない行動に訳が分からず声を荒らげた。
「何で止めるの!?このままだと貴方は助からないんですよ!?あたしは自分の怪我は治せないけれど、自分以外の傷ならどんなに瀕死な状態だろうと治せるんです!だから……!」
「……今なら、殲滅…できるのでは?」
「……え?」
表情を歪めながら、アイルはゆっくりと言葉を発する。
「葵……さん、今なら殲滅……できる、は……ずです」
「っ……」
アイルのその言葉に葵は目を見開いていく。
アイルはどこまで葵の事情を知っているのだろう。それは後で考えようと思っていたのに、この言葉はもう全てを知っていると言っているようなものではないか。
呪いの事は分からないが、魔法の発動条件は確実に気付いている口調である。
クレイツにさえ事情を話していないのにアイルになどわかるはずはないと思っていた自分が馬鹿だった。
アイルにとってかもしれないは通用しない。かもしれないと思った時点でアイルは何もかも見透かしているのだろう。
そして、不可抗力ではあれど葵以外の人が怪我をした。
後は葵次第だ。
どれだけアイルに対して強い思いを向けられるかがアンデッドを倒せるかどうかにかかっている。
と、ここで葵はアイルを見た。
「…………貴方は……アイルはこうなる事を予想していたのですか?あたしが強い想いを向ける相手になると確信して…?」
「半信半疑ですよ。わたしは葵さんには嫌われている……ので賭けに出てみました」
あははと軽く笑うアイルに葵の目に涙が溜まっていく。
嫌われているという言葉に葵の身体が反応した。
確かに今までの葵の行動を見ると、嫌われていると思われても不思議ではない。
それではなぜ、嫌われている前提なのにそんな自分の命を顧みず賭けになんて出たのか。
葵は弱々しく口を開いた。
「どう……して……そんな賭け……」
「……葵さんを、ずっと考えていると……言ったではないですか」
「っ……」
遂にポロッと涙が目から溢れ出た。
頬を伝い、葵の膝に載せているアイルの顔にぽとっと落ちた。




