第2話‐③
『グルルルルルルルルッ』
『ガルルルルルルルルルッ』
瘴気から生まれた魔獣とも違う…見たことはないが、以前その特徴をクレイツおじさんから教わっていたので覚えていた。
身体の所々が腐りかけ、肉がえぐれ、骨も見えているその生き物。生きた屍と言っていいそれは、あるモノが生まれることによって現れる…そうアンデッドだ。
死んだ屍に魂などが取り憑いて誕生する、一番厄介な生き物。生きる屍、死者でも生者でもなく、死んだのち、その屍に魔法などによって仮の生命を吹き込んだもの。なので殺しても殺しても、元々死体なのでその取り憑いている魂自体を消滅させないと永遠に動き続ける。
(どうして…アンデッドがここに…)
突然の事で頭が追いつかず、ただ驚く事しか出来ない。隣を見ると、クレイツおじさんはなんか変な顔をしていた。
いや、何かを考えている?
顎の髭をなでながら何かを必死に考えていた。
「葵…ここは闘うしかない…ついてこれるか?」
そう言うクレイツおじさんの顔はとても生き生きしていた。こんな状況の中、そんな表情ができるのはきっとこの人だけだろう。まるで、初めての玩具をプレゼントされた時の子供のよう。
きっと、初めて対峙する未知の感覚にでもわくわくしてるんだろうな。
こういう時、本当に頼りになる。
「勿論」
あたしもわくわくしてるみたい…この世界に来てから初めて見るものが沢山あるから見ていて飽きないし、やればやるほど新しい発見がある。それが楽しいと思えるのはクレイツおじさんのおかげだ。
耳を澄まさなくても心臓の音がとても大きく聞こえる。
あたしとクレイツおじさんは、静かにゆっくり立ち上がると、アンデッドから視線をそらさずに一定の距離を取る。
左側にはクレイツおじさん、あたしたちの目の前にはアンデッドが計六匹いる。
「すぅ…はぁ…」
早まる鼓動を落ち着かせるように深呼吸をする。
左隣を見ると、クレイツおじさんは指をポキポキと鳴らしていた。
(凄いやる気だねぇ…緊張感なくなるじゃない)
そう思いながらも、頼もしい彼のその光景を見て、あたしの表情は少し緩んだ気がした。
「行くぞ!」
クレイツおじさんのその言葉に、待っていました!と言わんばかりに一斉にアンデッドが襲い掛かって来た。
「フレイムボール!!」
クレイツおじさんはそう言い放つと、自分の周りに纏わせていた火の球を、アンデッドに向かって放っていく。
それに当たったアンデッドたちは地面に叩きつけられて倒次々に倒れていた。
(あたしも頑張らないと)
手を前に突き出し、氷の魔法を発動させる。
ピキピキッと音を立てながら、クレイツおじさんによって横たわっているアンデッドを凍らせていく。
倒れてはいるが完全に息の根を止めた訳でもないのでいつ一斉に襲い掛かって来るか分からない。なのでいつ起き上がられてもいいように念には念を入れておく…そして……。
パキンッと砕け散り、粉々になった。
「……。」
(やった…の?)
砕け散ったアンデッドを凝視する葵。
(でも…これじゃああまりにも手ごたえが…)
と思った瞬間、砕け散ったはずの破片が突然動き出し、一か所に集まっていく。
「っ……!」
気持ち悪い動きをしたかと思ったら、一か所に集まった破片は、また新たなアンデッドに生まれ変わった。
しかも先程倒した数より増えている。
「まじ…?」
あたしは口をあんぐり開け、目をぱちぱち瞬きを繰り返す。
あたしは咄嗟にクレイツおじさんに視線を移した。
「……。」
クレイツおじさんは葵とは違う反応をしていた。顎に手を当てて何やら考え事をしている様子。
目の前にはさっきの氷の魔法によって砕け散ったアンデッド達が、何事も無かったかのようにその場に立っていた。
「クレイツおじさん…どうやって倒せばいいの?」
考え込んでいるクレイツおじさんを横目で見ながらあたしは恐る恐る聞いてみた。
そう言えば、アンデッドの特徴や何からできているとかは教えてもらっていたけど、どうやって倒すのかは聞いていなかったなと今更ながら気付く。
「…知らん」
するとクレイツおじさんは言いにくそうに、ぼそっと呟いた。
「…え?」
(……なんて?)
あたしはちゃんと聞こえるように耳に手を当てて聞き返す。
「だから知らん」
「……。」
さっきと同じ返答にあたしはクレイツおじさんを睨みつけた。
(知らんて…どうするの、これ…)
周りの状況を確認しながら冷静に考える。
さっきより数が増えているという事は、一匹を確実に殲滅させないと、分裂した塊から分裂した分だけの新しいアンデッドが生まれるという事か?一匹のアンデッドを真っ二つに切ったら、それぞれの塊から新しくアンデッドが生まれて数が増える。
(ただ切り刻むだけじゃダメだって事は聞いていたけど…聞いていた通りこれは厄介だな…)
クレイツおじさんはもう一度魔法を撃ってみるが先程と同じで何も進展は無い。
「…やっぱり無理か…」
クレイツおじさんの炎を受けても、殲滅どころかなんかさっきより強くなっている。
クレイツおじさんの髭が少しげんなりしている…ように見える。
さっきの一回目の攻撃では倒れるほどの衝撃はあった。なのに今の攻撃では倒れることはなく、その鋭い刃がいまにも噛みつき掛かってきそうな勢いだった。
(体が分裂すればするほど強くなるってこと?…分裂したら数は増えるし、強固になっていくとかもう何なの?)
後者は確定ではないが、その可能性が高い。
最初と二回目でこれほどの差があれば自然とその答えに行きつくもの。
そんな答えに行き着きたくなかったけども。
「…魔物ではなくアンデッドが現れるとは…」
葵は葵で思考を巡らせていると隣からぽつりとクレイツおじさんの言葉が聞こえてきた。
もちろん葵は聞き逃すことはない。
「どういう事?」
あたしはアンデッドに視線を合わせたまま、訝しげに聞いてみる。
(魔物?魔獣じゃなくて?)
「魔物は魔獣とは違う。魔獣は瘴気が溜まりすぎると生まれるのに対し、魔物は元々生きている正常な動物に瘴気が憑いて誕生する…魔物は中途半端に自我が残るから物理攻撃をしてくることが多いんだ」
苦い顔をしながらもアンデッドの相手をするクレイツおじさん。
分かりやすく簡潔に説明してくれたお陰で、興味あるもの以外に全く興味を示さないあたしでも、理解することができた。
(瘴気が動物に憑いて誕生する魔物…とても面倒くさい気しかしない)
今まで葵が魔法の精度を上げるために相手にしていたのはいくらか倒しやすい魔獣だった。
人や動物の念など、様々な感情によって瘴気が発生し、その瘴気が溜まりすぎると魔獣が誕生する訳なのだが、この魔獣は魔法が使える人なら大抵の場合は難なく倒す事が出来る。
だから出現するなら魔獣が良かったと心の中で強く思う。
取り合えずあたしは、アンデッドから距離を取ることにする。
アンデッドから目を離さずにゆっくりと後ろに後ずさる。
「アンデッドより魔物が出てきた方が良かったってこと?」
さっきの言葉に疑問を持っていたあたしは、クレイツおじさんに聞いてみる。
「そりゃそうだ…魔物は聖女が殲滅できるのに対し、アンデッドは昔に一度出てきた伝説級の生き物として語り継がれているだけ…葵にもアンデッドの特徴や特性についてしか話していなかっただろう?」
さっき気付いたが、アンデッドについては見た目や特性の説明しか聞いておらず、自分から倒し方を聞こうとも思わなかった。だから別に疑問を持ったことは無かったけど、つまりはそういう事なのだ。
っていうか、それよりも聖女とは初めて聞いたのだが?今、聞き捨てならない言葉が聞こえたのだが?
とりあえずあたしは困った顔をしているクレイツおじさんの顔をチラ見しながら、早く続きを言えと言わんばかりに目を細めて答えを促す。聖女については後で聞こう。
葵の視線に気付いたクレイツおじさんはうんうんと頷きながら話を続ける。
「遠い昔に一度姿を現しただけで、アンデッドの倒し方は誰にも分からないんだ」
「……。」
(詰んだ…これは詰んだわ)
さっきからのクレイツおじさんの表情にやっと納得ができた。
「最初は本当にそのアンデッドなのか半信半疑だったから攻撃してみたものの……案の定倒せないときた」
クレイツおじさんはいつでもアンデッドに攻撃を出せるような体制になりながらそう呟く。
(これは困った顔するわ…だって倒し方が分からないんだもん)
あたしは目の前にいるアンデッドを凝視する。
屍から誕生したアンデッドはもはや無敵と言えるのではないだろうか。
「…アンデッドの特徴や特性は語り継がれているのに、倒し方は分からないなんて…その時はどうやって倒したの?」
だが、現れたと言うことは、必ず終わりも存在する。そのままにしたって訳ではないだろうし、何かしら倒す方法はあるはずだ。
どんな生き物にだって終わりは必ずある。
「ファイヤーボール!!」
一匹こちらに向かってきたと同時にあたしより一歩前に出ているクレイツおじさんが、こっちが魔法を発動する前に相手をしてくれた。
(さすが元宮廷魔導師団団長殿…本当に頼もしい)
元団長と言うこともあり、魔法の使い方がとても上手だ。アンデッドの動きに合わせ、自分の属性である炎も形を変えている。
(この世界じゃそれが普通なのかな?クレイツおじさんとくらいしか、魔法の練習してないから分からない……他の人とも関わりないし……まぁ関わる気もないけど)
目の前のアンデッドは、クレイツおじさんの魔法を受けてもやはり殲滅とまではいかないらしい。衝撃はあるのか少しよろめいていたが、それくらいだった。
「やはり厳しいか…」
そう言うクレイツおじさんの顔には、汗が滲み出ていた。眉間にしわを寄せてアンデッドを見ている。
(厄介な…)
あたしは少し苛立ちを覚えながら、目を細めどうすればいいか考える。
「先ほどの質問の答えだが…普通の人が殲滅したらしい」
「…?普通の人?」
あたしは首を傾げながらそう聞き返す。
普通の人とはその言葉通りの普通の人ってことだろうか。どういう事だ?
「あぁ…聖女でもなく宮廷魔導師団団員でもなく…魔法が他の人より強力で他は普通の人と同じだったらしい。平民に拾われて平民として暮らしていたそうだ。」
クレイツおじさんは自慢の髭を触りながら思い出すようにそう言う。
(うーん…普通の人……平民……)
宮廷魔導師団団員でもなく聖女でもなくて、平民育ちだから普通の人っていうのは理解できるのだが、一つ気になることがある。
「…拾われたというのは?」
拾われたという事は他所から来たということになる。一体どこからそんな強力な魔力持ちが来たんだ?
あたしはクレイツおじさんをじーと見つめながら返答を待つ。
「それが文献の記述によると、急に目の前に現れたらしい」
「…………急に現れた?」
クレイツおじさんの言葉にはぁ?と言いそうになるのをぐっと堪える。怪訝な表情を浮かべ、眉間にしわが寄る葵。
(なーんか…親近感が湧くような…?)
急に現れたという面は葵と同じだ。
うーんと唸りながら頭をフル回転させながら考え込む。
「それから…強力な魔力の持ち主以外にもう一つ耳を疑う記述があってな」
「……耳を疑う記述?」
考え込んでいたあたしにそう言ってくるクレイツおじさん。
言いにくそうな表情をあたしに向けてくる。
(…?どうしたんだろう?)
首を傾げる葵。
「実は…」