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第10話‐⑤


ほっとしたような、残念ななような何とも言えない気持ちに一瞬なったが、仔猫が助かったのだと思えばこれで良かったのだと己に言い聞かせた。


『ガルルルルルル』


アンデッドに向き直った葵は気持ちを切り替える。


このままあの時の魔法を思い出さなければ確実に命はないだろう。

あたしの命だけならまだいいが、あたしを殺した後、街中に行くかもしれないと考えると確実にここで殲滅させなければならない。

葵は深呼吸をして再度、あの時魔法を発動した時の状況を思い出してみる。


(あたしもクレイツおじさんも切羽詰まって……)


あの時、怪我を負ったクレイツを見た時の葵は気が動転していた。

目の前には敵うはずのないイノシシのアンデッドがいて、傷を負っているクレイツを抱えながら逃げるなんて到底無理な状況で…ただ…ただ、その状況の中で思った事があった。


「…()()()()って…思ってた……?」

『ガルルルルルル!!!』

「っ……!!!」


そう気付いた瞬間には遅かった。

狙いを定めていたアンデッドが襲い掛かってきたのだ。

何回目かのその行動に魔法を発動しようとする。だが、今回は分が悪かった。タイミングがとても悪くこのままでは魔法を放つ前にアンデッドに嚙み殺されてしまう。咄嗟にそう思った。

そう思ってからの光景はスローモーションのように動きがゆっくりに見えた。まるで、死ぬ直前ともとれるその光景に葵は抵抗することなく目を閉じた。

空しい事に目を閉じていてもアンデッドが近付いている事だけは分かった。


葵は無駄な抵抗だと思いながら顔を腕で隠す。顔だけは傷付いてほしくない、そんな小さな願いでもあった。

そして、それと同時に思ったことがあった。

『良い人生とは何か』と。

人は死ぬ直前に人生を振り返るように走馬灯という今までの出来事が早回しに見えるというがそれに似た感情なんだろうかと思わずにはいられなかった。

そして、目と鼻の先にアンデッドの気配を感じて終わりだなと思った瞬間ー


『…やっと馴染んでくれたぞ』


横から聞き覚えのない声が耳に届いた。

その声にびっくりして目を開けた葵は「えっ」と驚きの声をあげた。

目を開けた瞬間にはアンデッドは予想通り目の前にいた。

瘴気臭を発しながら鋭い歯を見せた状態で今にも襲い掛かってきそうなそんな光景だ。

だが、その光景を見た瞬間、フッとアンデッドが消えたのだ。倒れるでも逃げたのでもなく消えた。

葵はその光景に目を見開きながら、緊張状態にあった身体の力が抜けてその場にしゃがみ込んでしまった。


一体何が起こったのか、それを一番に考えなければいけないのに頭が働かない。そして、身体も言う事を聞かない。

先程まではアンデッドが居たという事もあり身体を張ってはいたが、その対象が居なくなった今、葵の身体を支えるものはない。ただでさえ、魔力が足りない身体でここに来たのだから、その状態は言わずもがなであった。


「…はぁはぁ……」


次第に頭も痛くなってきたし、息も荒くなってきた。

「魔力切れは死と等しい」


「はは……一日で何回思い知らされるんだろう」


怪我をしていない掌を地面に付けて上を向く。

アンデッドがどうして消えたかは分からないが、アンデッドが居なくなったことにより、先程までどんよりしていた空気も瘴気の漂っていた辺り一面も清々しい空気に変わっていた。

空に浮かぶ雲は風によってゆっくりと流れていく。


だが、葵の心の中は荒れていた。

アンデッドを倒せないのはまだいい。普通の魔法が効かないのは分かっているから。でも、一番悲しくなるのは自分の気持ちに反して身体が動かず、思い通りにいかないことだろう。

今すぐにでも立ち上がりたいのに、今すぐにでもアンデッドを殲滅したいのに、何もかも上手く行かない。

それがとても歯痒くて苦しくて、喉がツンと痛くなるのが分かった。


「……どうしてこうも……上手くいかないの?」


ポロッと涙が頬を伝い地面に落ちた。

いつもいつも、自分の思いとは裏腹に試練を与えられているかのような出来事が起こる。


(あたしが何をした?何かしたの?人を殺すような事をしたの?)


何が気に食わないのか知らないけれど、こうも連続して起こるものだから誰かが細工でもしているのではないかと思ってしまう。

そう思わないと心が保てそうになかった。


『傷が痛むのか?』

「っ……うわっ!?」


止めどなく頬を流れていた涙が引っ込んだ。

ぼやける視界で空を見上げていたら、急に視界が白い何かに覆われたからだ。

葵は涙を拭ってその何かを改めて視界に入れた。


「っ……」


見る見るうちに目が見開かれていく。


『先程は興奮していたとはいえ、怪我を負わせてしまい申し訳なかった』

「っ……え、け…怪……我?」


その言葉に目をぱちくりした。



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