第2話‐②
『グァァァアアア!!』
凄まじい雄たけびとともに身体に紫黒色の瘴気を纏わせた魔獣が、あたし目掛けて飛び掛かってきた。
「っ…!!」
そのおどろおどろしい姿に一瞬怯みそうになったが負けじと目の前に迫るそれに瞬時に左手を前に突き出し、炎の魔法を発動する。
「っ……!」
「ファイヤーウォール!」
それと同時くらいに、クレイツおじさんの炎の魔法の呪文が聞こえた。
あたしとクレイツおじさんの炎を浴びた魔獣は見る見るうちに灰になり、風に吹かれて飛んで行った。
ードスンッ
それを見届けた瞬間、腰の力が抜け地面に座り込んでしまった。
「はぁはぁ…」
息が荒く、額には汗が滲んでいる。
心臓がバクバクと大きな音を立てて暴れており、一瞬の出来事だろうと緊迫した状況だったのが伺える。
(こっ、怖かったぁ…)
両手を後ろにつき足を前に伸ばした。
地面に生えている草花達が足や腕にサラサラと当たり少しこそばゆい。
「葵!」
草花達によって痒さを感じていたあたしの耳に、焦りの声が聞こえてきた。
クレイツおじさんは怒った表情をしたままこちらに向かってきた。
顔が引きつり、自慢の髭がなんだか逆立って見える…気がする。
「ごめんなさい、油断した」
痒いところを擦りながら、念には念にと先に謝っておくことにした。
—ゴチンッ
「……痛っ!」
だが、その甲斐空しく目の前に来て仁王立ちをしたと思ったら、頭の上に拳骨が降ってきた。
「油断した、じゃないだろ!もう少し反応が遅かったら大怪我だったぞ!」
普段あまり怒らないクレイツおじさんの怒った顔を、あたしは初めて見た。
いつもは穏やかで面倒みの良さそうな雰囲気を漂わせているクレイツおじさんからは想像ができなかった。
あたしは、拳骨を食らった頭の部分を優しくさする。
(そんなに怒らなくたっていいじゃん…)
どうしてここまで怒るのかが理解出来ず、心の中で悪態を付く。唇を尖らせ、むすっとむくれた顔をする。
そんなあたしを見て、クレイツおじさんはため息を付いた。
「そんな顔をしても無駄だ、怪我をしてからじゃ遅いんだぞ」
クレイツおじさんは困った顔をしながらそう言って、あたしの座っている隣に腰を下ろし空を見上げた。それを見たあたしも真似して空を見上げる。
木々の隙間からは晴天の綺麗な空が顔を覗かせていた。
辺りは静寂に包まれ、森の中に居るということを忘れさせてくれる。
ーザァァァァァアアアアア
と、暖かな秋の風が吹き、木々達が綺麗な音を出している。
自然があるところはやはり良い。気持ちが和らぎ、現実を忘れさせてくれる。
(怪我をしたら遅い…か。)
先程のクレイツおじさんのその言葉があたしには重く聞こえる。あたしは手をぎゅっと握りしめながら口を開いた。
「……怪我をしたら、クレイツおじさんが治してくれるんでしょう?」
あたしはクレイツおじさんの方に視線を向け、力なく笑う。
「馬鹿野郎、いつまでも隣に俺が居るとも限らんぞ」
クレイツおじさんは空を見上げたままそう答えた。どんな表情をしているのかこちらからはうまく見えない。
あたしはクレイツおじさんから視線をそらし、また空を見上げる。
「そう…だね」
あたしは異世界から来た異世界人ってのもあるし、少なくとも他の魔力持ちより魔力量が多いのはあたしでも分かる。
そんな人間を魔法王国の偉い人たちが見逃すわけがない…隠しているのにもいつかは限界が来る。
それに…魔法は使えるのに自分の怪我が治せないなんて…
「あたしってやっぱり、面倒くさい立場だよね」
何とも言えない感情があたしの中に広がっていく。
今はクレイツおじさんにこうやってお世話をされているけれど、いつかはここからいなくならなければならない。いつまでもお世話になるわけにはいかないし、迷惑をかけたくない。
それに……。
「馬鹿!そういう事を言っているんじゃなくて………!?」
途中まで話していたクレイツおじさんが急に静かになった。途中で言葉を止めるなんて珍しいなと思いながらも違和感を覚えたあたしは、クレイツおじさんの方を向く。
「…?どうしたの?」
クレイツおじさんに視線を向けると、あたしの後ろの方に視線を向けたまま、顔が強張って体が固まっていた。
クレイツおじさんから視線を逸らし、その視線を追ってみると、葵の目が見開かれていく。