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第10話‐④


葵は仔猫をぎゅっと抱え直し、今度は水の魔法を放った。

それに続くように、今度は氷の魔法を放ち、水を凍らせて威力を倍増させた水の固まった鋭い鋭利な氷の矢をアンデッド目掛けて撃ち放った。

二度手間だがこの方が威力と鋭さが倍も違うのだ。


『グァァァァァァァアアア!!!』


氷の矢に射抜かれたアンデッドは射抜かれた矢ごと後の木に突き刺さった。

その瞬間を葵は見逃さなかった。

再度、氷の魔法を放ちアンデッドの身体全体を氷でカチカチに凍らせてしまった。そして、ドンッという衝撃と共に、氷でカチコチになった氷の塊であるアンデッドは地面に落ちた。

ピキッピキッとはいうものの、微動だにしないアンデッドを見て葵は「今のうちに…」と仔猫を見た。


いつまたアンデッドが動き出すか分からない。なので、動きを止めている今のうちにすることがあった。

葵は片腕に抱えていた仔猫を地面に下ろした。


『みゅう?』


葵の真剣な雰囲気に気付いたのか、仔猫はこてんと首を傾げた。

その何とも言えない仕草に上目遣いで見つめてくる仔猫に「うっ…」と一瞬怯みそうになったが、心を鬼にして仔猫の目線に合わせるようにその場にしゃがんだ。


「…さぁ今のうちに遠くの方へ逃げなさい。今ならアンデッドも身動きが取れないから追いかけられることもないし……あ、でも洞窟の方へ決して近付かないでね?アンデッドがうじゃうじゃいるだろうから」


葵は優しい口調で仔猫に言った。

今のうちに逃がさないと仔猫を逃がすタイミングがこの先あるか分からない。それに、これ以上巻き込みたくはないし、またアンデッドが仔猫に襲ってくるかも分からない。

傷の癒えているうちに逃がしたかったのだ。

逃げるなら今の内だと、仔猫の背中を撫でながら口にする。


『みゅう……』


だが、仔猫は葵の気持ちを知ってか知らずか一向にこの場を離れようとしない。

それどころか、先程よりマシになった仔猫に噛まれた掌の傷をまた舐め始めたのだ。その行動に葵は戸惑いの表情を浮かべる。

ここを早く立ち去ってほしいのに、一生懸命傷を少しでも良くしようと舐めている光景に葵の胸は締め付けられた。

そして同時に、自分で治す事の出来ない自分を酷く嫌った。


(こんな時ちゃちゃっと傷を治せさえすれば……仔猫も気にせずここを立ち去れるのかな…)


完全に自分の傷が仔猫の足枷になっていると嫌でも気付いてしまった。

今までは傷くらい治せなくてもクレイツに治してもらっていたので、特に傷を治せない事には何とも思っていなかった。

怪我をしたらクレイツに治してもらう。それが葵にとって当たり前だったのだ。

それが、こんな自分で治せない傷を恨めしく思う日が来るとは誰が思うだろうか。例えその傷が仔猫自身によって付けられその後ろめたさでこの場を離れないとしても、葵にっとってとても嬉しい事で、同時に不甲斐ない気持ちでいっぱいだった。

こんな噛み傷一つも治せないとは、今まで何も思ってこなかった自分が馬鹿みたいだと、軽くから笑いををした。

そんな後悔をするよりも今はやらなければならない事がある。


「……大丈夫だよ。傷口を綺麗にして何日かすればこの傷も塞がるから。だから、気にせず一刻も早くこの場から離れて……再びアンデッドが動き出さないうちに…」

『みゅう……』


このまま押し問答していてはそのうちアンデッドも動き出してしまう。

どうしたらこの気持ちが伝わるのだろうと必死に頭を働かせる。

葵に時間はないのだ。一刻も早く仔猫を安全な場所まで行ってもらわなければならない。


「ほら早く行って……………正直言って貴方がここにいるのは迷惑なの…」


葵は相手を傷付ける言葉以外、この場を離れてくれるような言葉を知らない。

こういう形でしか、距離を取る方法が分からない。

人や動物と距離を取ってきた分、自分から距離を取る方法は分かるのに、逆は葵にとって未知であった。

だが、仔猫をこの場から動かすにはこの方法しかないのならとことんやってやる。先程まで懐いていた仔猫に嫌われようが仔猫さえここから去ってくれればそれでいい。

葵にとって一番嫌なのは、仔猫に嫌われる事でも自分が死ぬことでもない。ただ、目の前で誰かが死ぬというのが嫌なだけだ。もう誰かが死ぬのは見たくない。自分自身の死はどうでもよくても、誰かが死ぬのは見たくないとは、とても矛盾しているけれどそれが人間なのだと勝手に解釈する。

矛盾だらけの世界で人間は矛盾しながら生きているのだ。


ーピキッパキッ


「っ……」


嫌な音が後方から響いた。

振り返ると、氷漬けにしていたアンデッドが氷を壊そうと動き始めていた。そろそろタイムリミットのようだ。

葵はその光景を確認した後、仔猫に向き直った。そろそろ足が痺れてきたので終わらせたい。


「さぁ行きなさい!!貴方はここに居てはダメ。逃げて!!」


ーバキバキバキッ!!

ーバキンッ!!


「っ……!!」


葵が叫んだ瞬間、遂に大きい氷の割れる音が響いた。

瞬時に振り返ると、氷に包まれていたアンデッドがそこに立っていた。周りには粉々になった氷の破片が散らばっている。


「……こんなに持たないとは…」


五分も持たなかっただろうか。

葵の感覚したら辛うじて一分は持ったと言ったところだろう。

一瞬でも魔法が効くから錯覚してしまいそうになる。もしかしたら魔法でどうにかなるかも、と。だが、そんな事は決してない。特別な魔法にしか効果のないアンデッドに変わりはないのである。


『ガルルルルルルッ……』


アンデッドは葵に攻撃されたことを分かっているのか威嚇の声を上げる。

それを見て威嚇をしたいのはこちらだわと苛立ちを覚える。

分かってはいたが、こうも普通の魔法が効かないところを改めて突き付けられると、もうやけくそでもなんとかしたいと思ってしまう。


「いや…ここは自分の気持ちに従って、命の危機に瀕してでもアンデッドを殲滅させてやる!……痛っ」


そう決意を新たにした時、手に痛みが走った。

意気込んで握りしめた手がじんじんと痛みを強まらせていく。見ると、先程仔猫に噛まれた手を握りしめたのが原因のようだ。

こういう時、改めてクレイツに治してもらっていた事が当たり前ではないのだと思い知らされる。

そしてふと、この行動を仔猫が見ていたら余計にこの場を離れられなくなると思い、言い訳を考えながらチラッと後ろを向いた。


「……っいない…」


いついなくなったのだろう。

仔猫の姿はもうどこにもいなかった。



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