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第8話‐③ アイル視点


「時間がないので手短に話す。この紙を最初に見つけたのはこの屋敷の執事長のダリルだ。ダリルの話によると、今日の朝この部屋に朝食を届けに来た時、扉の下の隙間にこの国の文字で”夕飯まで寝る 起こすの禁ず”と書いた紙が挟まっていたそうだ。間違いないな?ダリル」

「はい、間違いございません。ナディル坊ちゃん」


ナディルの問いかけに、ナディルの後ろに控えていた執事長のダリルが頷きながら同意した。

アイルはダリルに視線を移した。

茶髪に白髪交じりの髪をオールバックにしているダリルとはアイルも何度か話をしたことのある人物だ。

彼の話なら信用できると静かに話を聞いているアイルの横でナディルは照れくさそうに口を開いた。


「ゴホンっ…ダリルその坊ちゃんはやめてくれといつも言っているだろう」

「いえいえ、わたくしからしたらどんなに立派になろうとも坊ちゃんは坊ちゃんです」


ナディルの生まれる前からこの家で執事として働いているダリルにそんなはっきり断言されては、流石のナディルもこれ以上何も言えない。

ナディルは諦めたのか、もう一度わざとらしい咳ばらいをした後、改めて口を開いた。


「…えーと話の続きに戻るが、扉の下の隙間に挟まれていた紙を読んだダリルはその言葉通り夕方になるまでそっとしておいたそうだ。そして先程、この部屋を訪れ声をかけたが返答がない為、鍵を開けて中に入るとアオイさんの姿はどこにもなかった…という事だそうだ」

「……アオイさんはいつこの部屋を出たのでしょうか?昼間の廊下や庭を通るなら誰かしらには姿を見られていてもおかしくはないでしょうに…」


椿のその疑問にアイルはふむと考える。

恐らくだが、執事長が朝ここに来た時点で置手紙が扉の隙間に挟まっていたのなら、その時には既に彼女はこの屋敷にすら居なかったのだろう。

早朝なら人の目を欺きやすい上に、見つかることもそうそうないだろう。

事前に足止めしておけば葵の姿を見ていなくても、部屋からの返答がないのも寝ているからと一言で片付けられる。


そして、夕方まで起こすなと書いたのはきっと自分が居ないという状況を少しでも遅らせる為。少しでも発見を遅らせることができれば、より遠くに行くことができる。

葵は自分が居なくなった後の事もちゃんと考えてここを出て行ったのだ。そしてもうここに戻ってくる気はなさそうな置手紙を残して…。


葵の表情を見ていれば考えていることはだいたい分かってきたはずなのに、こればかりは悔しい気持ちでいっぱいだった。


「…どんな理由にしろ本人に聞いてみない事には何も分からない。今一番大事なのはアオイさんは一体どこに行ったという事だ。ただ…どこに行ったのかが分からない……」

「…彼女の行きそうな所はある程度予想はついています」

「え…?」


ナディルの複雑そうな表情を見つめながら、アイルはしれっと呟いた。

少し苛立ちを見せながらも、ナディルの目を見つめるアイルを見て目を見開いていく。


「ヴェルディス殿?それは一体どういう事だろうか」

「……貸してください」

「あっ…」


ナディルの問いかけにアイルは何も答えることなく、椿がずっと持っていた白い紙を半ば強引に奪い取った。

ナディルに向けていた真剣な表情も今はない。手元にある白い紙に集中していた。

そんなアイルを怒ることも無く静かに見つめている椿は固唾をのんでアイルの言葉を待っている。


アイルはその白い紙を掌に乗せ、目を瞑ると何かの呪文を唱え始めた。

すると、足元が光りながら魔法陣が浮かび上がり、どこからか風も吹いてきてアイルの髪をなびかせ始めた。

その光景をナディルや椿、部屋にいる騎士や使用人は驚きながら静かに見守る。


少しすると、その白い紙から一筋の青白い線がバルコニーを突っ切って外に伸び始め、森の向こうへと先が見えなくなった。


「……当たりですね」


それを見届けていたアイルはぽつりと呟きながらため息を付いた。


アイルの予想通り、案の定葵は残りのアンデッド討伐の為、森の先の洞窟に居るみたいだ。

アイルなりに葵の動向は常に把握をしていたつもりなのだが、今回ばかりは裏を取られ見事に逃げられてしまった。そう思うと、己の不甲斐なさにため息しか出なかった。


「…ちょっと待ってくれヴェルディス殿。これは一体どういう事だ?その白い紙から光の線が出ていたが……」


今までの光景を静かに見守っていたナディルがもう黙っていられないと口を開いた。


「…これは魔道具の一種です」

「魔道具?それが?」

「嘘を言ってどうするのですか」

「…」


アイルは先程までとは違い、にこにことナディルの疑問に答えていく。

今はどうやらご機嫌がいいようだ。

それもそのはず、自分の仕掛けていた罠にまんまと葵が引っかかってくれたのだから。

そんなアイルを見てナディルは眉間に皺を寄せながら質問を続ける。


「…それで、その魔道具はどのような効果を発揮するんだ?」

「…団長殿にはこれは何に見えますか?」

「…?どこにでもある白い紙にしか見えないが…」


アイルの掲げている白い紙をナディルは覗き込みながら答える。

葵の筆跡のある紙以外におかしな点は無いように見えるし、やはりどこにでもある紙にしか見えない。

ナディルはどうしてそんな分かり切っている事をわざわざ聞いてくるのかと首を傾げた。


だが、どこをどう見てもただの白い紙にしか見えないが、アイルが魔道具と言っているので魔道具には違いないはず。

もしかしたら見た目はさほど重要ではないのかもしれない。


「そうですね…何も書かなければただの紙と一緒です。ですが、この紙に少しでも何かを書けばそれは魔道具としての役割を果たすのですよ」

「…全然言っていることが理解できないのだが……」


アイルは青白い線が森に消えている様子をにこにこしながら眺めている。何やら企んでいそうな顔である。

首を傾げるナディルに椿も理解できないのか頷いている。


「…簡単に言うと、この魔道具は追跡用の魔道具です。例えば今回のように葵さんがこの紙に何かしら書いたのならば…その書いたモノに残っている気を辿ってその書いた本人を探す事ができる代物です」

「……という事は…」


それを聞いていたナディルははっという顔になる。

椿も目を見開いてアイルの言わんとしている事を理解したようだ。

アイルはにやりと妖しく微笑んで言い放った。


「えぇ…この青白い線の先に葵さんはいるはずです」


アイルのキッパリと言い放った言葉にその場にいる全員が息をのんだ。



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