第8話‐② アイル視点
そんな二人のやり取りを見たアイルは内心ほっとしながらも、アイルの表情はとても険しかった。
どの道、いつかはバレるだろうと思っていたアイルもまさか葵自身が自分の身元をバラすとは思ってもいなかったからだ。
ナディルには葵がアンデッドを殲滅したことはバレていたが、異世界から来た事までは彼の行動から気付かれてはいなかったので、まだ何とかすればこのまま気付かれないと思っていたのだが…。
アイルは呆れながらはぁとため息を付いた。
これからどうしようかと、考えるのが苦手な頭をフル回転させてみる。
葵を見つけるのは前提としても、なんの後ろ盾もない葵がこの先に待ち受ける未来はもう決まったも同然だった。
そんな未来、葵が望まないことくらいアイルにだって分かってはいるが、それを覆すとなるととてつもない無謀さが必要となる。
葵のいた世界がどんな感じなのかは分からないが、この国でやっていく限り、後ろ盾はとても大事なのだ。
貴族の中でも勿論位はあり、高位貴族の後ろ盾は必須だ。それにより、例え位が低くても自分の家の立場は少なからず変わり、恩恵も少なからずある。後ろ盾があるというだけで、後ろ盾がない家と同じ位だろうと、ある家とない家では雲泥の差があるのだ。
それなのに葵にはそれがない。
師匠の家は辺境伯だけれど、現当主が葵に友好的かは自分には分からないし、自身の公爵家の当主とは……と言うより両親とは複雑な事情があり事情が事情なだけに小さい頃以来会ってすらいない。
アイルは公爵家の力を使おうかと一瞬考えはしたが、それは無理だと顔を歪めて考えるのを放棄した。
とにかく今の葵の立場はとてつもなく悪いのだ。
そう。
本当にもう最悪な状況なのだが……アイルは諦めるつもりなど毛頭なかった。
そんな未来にはさせないとあの時決めたのだ。
そしてそれも含めてどんな大変な道のりだろうと神谷葵という女性を諦めるつもりもない。
無いのだが……
「…まさか自分から自分自身を危険に晒すとは……」
アイルはボソッと独り言のように呟いた。
そこがアイルにとってとても呆れる案件だった。
もう一度言うが、自分の身元を自分で晒したり、魔力切れで本調子でもないのに危ない事をしようとしたり…それでは本当に命がいくつあっても足りない。
いっその事、連れ戻す事自体諦めれば葵の自由は守られるのだろうかと、そろそろ頭を使うのが疲れてきたアイルはそんな事を思ってしまう。
そしてふと、机の上に見覚えのあるものが置いてあるのに気が付いた。
それは日付が変わった深夜、葵に渡したアイルのローブだった。
丁寧に畳まれているのを見ると、葵は自分以外の事にはちゃんとしているのだと思わされる。
「……」
だが、アイルの表情は曇っていく。
『あたしは死ぬのなんて怖くありません』
自分の事には何の未練も無いというような雰囲気を、葵が言っていた言葉を思い出したからだ。
アイルは掌をぎゅっと握りしめて力を入れる。
自分の命を疎かにする行動や、自分の身を危険に晒す行動、魔力切れは死と同じだと忠告していたのにそれを無視する行動。
こんなにも、自分の言葉を無視する人間に会ったことが無かったので、何故だかとても新鮮に思えた。
あの、お転婆娘を見つけた暁にはちゃんと言い聞かせなくては己の心臓が持ちそうにない。
あの子と出会ってから、驚かされる事ばかりだけれど、毎日がとても充実していたように思う。そんな彼女をアイルが諦めるなどそれこそ天と地がひっくり返ってしまう。
色々と、頭を動かしたアイルは、自然と口元が妖しく微笑んでおり、周りにいる騎士や使用人たちがビクビクしながらその様子を見ている事に、当の本人は気付いていなかった。
「ヴェルディス殿、少し状況を整理したいのだがよろしいか?」
「…えぇ、構いませんよ。丁度わたしもどういう状況なのか知りたかったので」
先程まで椿と話をしていたナディルに、何事も無ったかのように返事をする。
アイルの返答にナディルは静かに頷いた後、アイル、ナディル、椿は軽く円になるようにお互い向き合ってから、ナディルは話し出した。




