第8話‐① アイル視点
「…もうすぐ17時ですか……」
昨夜、葵とナディルと話をした次の日、アイルはまだまだ終わりそうにない書類の仕事にずっと一日かけて追われていた。
1mくらいはあるだろうか、貸してもらっている仮の仕事机の上には書類の山がアイルを埋めつくしていた。
本当なら葵の様子を見に部屋まで行きたかったが、この書類の山を片付けるまでは行けそうに無かったので使用人に頼んで葵の様子を見てもらいに行っている。
昼の時に頼んだ時は、夕方まで寝るので起こさないで下さいとの事だったので、今の時間にもう一度様子を見に行ってもらっているのだ。
魔力切れなら眠いのは当たり前なので、アイルは特に疑うこともなく書類と格闘していた。
ーコンコンコン
「…どうぞ」
「失礼します!ヴェルディス団長様!たっ大変です!」
「…何かあったのですか?」
先程、葵の様子を見てくるよう頼んだ使用人がとても慌てた様子で部屋に入ってきた。
その様子を見てアイルは一瞬嫌な予感がしたが、慌てても仕方が無いので落ち着いた声で使用人に事の説明を聞く。
「言われた通りアオイ様の部屋を確認しに行くと、アオイ様が居なくなったとの話を耳にしました!」
「……………どういう事ですか?」
その言葉を聞いて、すぐさまアイルの表情が強ばる。
「え、えっと…部屋に到着すると沢山の人だかりがアオイ様の部屋から溢れておりまして…そこにいる方に話を伺ってみると、アオイ様が姿を消したと言っておりました…」
「……分かりました、直ぐに向かいます」
アイルのその気迫に使用人はビクッと肩を震わせながらも何とか説明を終えた。
そうと同時くらいに羽根ペンを机にコトっと置いたアイルはすぐさま部屋を後にした。
どういう事なのかアイルにも分からない。
昼に使用人を向かわせた時には葵は寝ていると報告を受けていた。
だが本人の姿は見ていないという。
葵が師匠に嘘をついて、アンデッドの討伐に行くだろうとは踏んでいたが…。
魔力切れと寝不足などがあるから、せめて今日の夜中に行くものだとアイルは思っていた。だが、その予想は見事に外れてしまい、手に力が入るのが分かる。
とりあえず今は状況の確認を一刻も早く確認したい。
駆られる気持ちを押さえ込みながら、足の速度をあげる。
それに、万が一こういうこともあろうかと仕掛けていた物がちゃんと役割を果たしているのかが気になる。
それが役割を果たしているのなら、葵をすぐにでも見つけられるはずだ。
(……まぁそれがなくとも葵さんが行く場所と行ったら一つしかないのですが)
アイルは強ばったままの表情で目的地に急いだ。
足早に目的地に近付くと、使用人の言う通り葵の借りている部屋から人が溢れていた。
口々にこそこそ話をしている者、黙ってその光景を見ている者それぞれだが、アイルの存在を認識すると、サッと目的の部屋の扉に続く道を開けてくれた。
いつもの見慣れた光景をアイルは無表情で流し見した後、何も言うことなくその開けられた道を通っていく。
部屋に入るとナディルや椿、騎士団、使用人が中に居るのが確認できた。
その中のテーブルの近くに一際人だかりができており、そこにはナディルと椿居た。
「やっぱり…アオイさんは…」
「あぁ…そうみたいだな」
聖女の浅倉椿は白い紙を見つめながらそう呟いた。
まるで、思っていた事が当たっていたかのような口ぶりで二人は頷いていた。
その様子も勿論気になるのだが、今一番気になるのは椿が持っている白い紙。その紙にアイルは見覚えがあった。
「…葵さんが居なくなったみたいですね」
見覚えのあるその紙を近くで見るついでに二人に話しかけた。
「ヴェルディス様!」
「ヴェルディス殿…」
その声を聞いて、二人がそれぞれこちらを振り返った。
椿は驚いた顔をしていたが、ナディルはここにアイルが来ることが分かっていたのかさほど驚いてはいない。
そんな二人に目もくれず、アイルは椿が持っている白い紙に視線を移した。
(……)
傍から見ればただの白い紙だが、近くで見てそれが見覚えから確信に変わった。
目を細めながらアイルは口を開いた。
「…それは?」
「あ……これは…」
アイルは白い紙を見つめながら椿に聞いた。
白い紙自体に心当たりはあるが、その紙にはアイルでさえ見たことのない字で何かが書かれていた。
唯一読めるのは、最後の文字、この国の字で書かれているアオイという文字だけだ。つたない字であることからアイルは、大方分かる文字だけをとりあえず書いて、分からない字は葵が元居た国の字で書いたのだろうと推理した。
短期間ではあるが、葵の色々な表情や感情、喜怒哀楽など近くで見てきたのだ。葵の意図など考えなくても分かる。それが例え、他に人には分からないような些細な事でもアイルは分かろうとするのだから、その執着は侮れない。
それに、アイルは葵が異世界人であることをクレイツから教えてもらっていたので大方の予想もしやすいのである。なので、消去法で考えれば自ずとその答えに辿り着いたともいえる。
そして、異世界からきたと知っていて、葵が見たことのない文字で書き、それがアイル達に読めないのならその字は自然と異世界文字であることが分かる。
例え、この文字が他の人に読めなくても、最後の葵という文字さえ自分達に伝わればこの文字を書いたのは葵だという事を伝えることができる。
そしておそらく、椿と同じ特徴を持っていることから、葵は椿と同じ国から来たと推測ができるのでこの見たことのない文字を書いたとしても、元同じ国の椿が翻訳してくれると思ったのだろう。
流石というかなんと言うか、アイルは葵さんには敵わないとしみじみと思った。
それに、今思い出したが、聖女殿はこの国の文字は難しいと言っていた。葵の性格から考えるときっと難しくて覚えるのを諦めたか、自分の名前だけでも覚えようと頑張ったのかは知らないが、綺麗とも言えないつたない字がとても努力したのが伺えた。
アイルは、葵がこの国の文字を必死に覚えている場面を想像して少し口元が緩くなる。だが、そんな自分の表情は本人には分からない。
「…聖女殿、この紙にはなんと書いてあるのですか?」
「え……」
そんなアイルの質問に椿は驚いた声を出した。
この文字が自分に読めるのだと確信している質問に、椿は戸惑いながらも口を開いた。
「……た、旅に出ると…」
「………へぇ?」
「っ……」
椿がそう言った瞬間、アイルの顔付が変わった。
誰かに怒っている顔つきになり、その負のオーラに椿は肩をビクッと震わせる。すると、ナディルはそんな椿を自分の背後に隠すと不機嫌オーラMAXのアイルに話しかけた。
「…どうしてその紙に書いてある文字が、椿の読める文字だと分かったんだ?」
ナディルは何かを知っている言い方をしたアイルに疑問を持ったのかそう問いかけた。
アイルは不機嫌顔でチラッとナディルを見た後、また椿の持っている白い紙に視線を戻しながら答えた、
「……お二人の様子を見ていたら大体の予想は付きます」
嘘は言っていない。
この国の人間に分からない文字で書いてある紙を見つめながら納得したように話している様子を見たら勘の良い人は気付くだろう。
そして、そこに異世界から来た聖女が居るのなら尚更だ。
本当は事情を知っているからだが、例えその文字を見て葵が異世界人だと分かっていたとしても、ナディルの口から言われない限り、アイルも口には出さない。
ナディルもこれ以上、詮索する気はないらしく椿と話を再開していた。




