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第7話‐⑧



後ろからはアイルの息遣いが聞こえる。

どうやら意外と近い距離にいるようだ。壁ドンといいこの状況といいアイルの行動にどんな意味があるのか気にはなるが、今はとてもじゃないが考えたくはない。

そして、今さっきまでアイルに主導権を握られていたので、今度はこちらが主導権を握る番だ。

葵は意を決して後ろを振り返った。


「っ…おっと…どうしました?」

「っ………先程の返事です…」


近い距離にいると分かってはいたが、結構近い距離にいた事に少しびっくりした葵。

気を取り直して言葉を続ける。


「…?先程の返事?」

「魔力切れは死と等しい…この意味分かりますよね?という質問の答えです」

「…あぁ、そう言えばそのような事も言いましたね」


アイルは忘れていましたとニコニコしながら付け加えた。

その笑顔が天然腹黒男なのか、それともいつものアイルとしての笑顔なのか一瞬分からずときめいたが、そんな自分を奮い立たせて口を開いた。


「…あたしは死ぬのなんて怖くありません」


あの時、あたしは思ったことがある。

あの時のアイルの言い方、まるであたしがアンデッドを退治しに行くということをまるで確信しているようだった。

どうしてそんな事を思ったのかよく覚えていないが、それを確信しているから出た言葉だとあたしは思う。

だが今はそんなのどうでもいい。アイルがそれを確信していたとしても、アイルはクレイツおじさんには言わないと断言出来る。

少ししか関わってきていないが、アイルは何故かあたしの意見は尊重してくれるのだ。


「っ……」


そんな事を考えながら不意にアイルの視線を感じアイルを見ると、とても不機嫌丸出しな怪訝な表情を浮かべていた。


(…なんで……なんでアイルがそんな顔をするの?)


確かに葵にとって命はもうどうでもいいもの。

そしてそれは昔も今も変わらない。

だからアイルが遠回しに何を言いたいかは分かっていたのでその返事をしただけなのに、どうしてアイルはそんな表情であたしを見つめる?

自分が傷付いた様なそんな表情で。


意味が分からなかった。

今まであたしを散々からかっておいて、なのに急にそんな悲しそうな傷付いた表情をするなんて…。

そんな顔…こちらの調子が狂うじゃないか。

いつもみたいにあたしをからかうような言葉を言ってくるのかと思っていたのに。

どうして貴方は今そんな表情をしているの?


「……。」

「……。」


アイルは何も答えない。だが、表情はさっきのままだ。

そんなアイルを葵はもう見ていられなかった。

これ以上アイルを見つめていると、今までの何かが変わりそうな予感がしたから。

今までのアイルに向けていた色々な感情が全て壊れて、アイルは実はこんな人じゃなくてとか違う感情を抱くのではないかと危惧した。

ただでさえ、イケメンなアイルを今までは性格悪くて腹黒天然男と思って接してきたからか、それ以上の感情を抱く事はなかったが、これ以上は危険だ。

それだけでは無いのだと、アイルはそんな人じゃないのだとここで知ってしまえば、その考えが全て壊れてしまう。

本当はアイルが自分にとって完璧なくらい理想のタイプだったとしても、本当は現代でこの世界の漫画を読んでいた時、推しがアイル・ヴェルディスだったとしても、そして今までの葵のアイルに向ける行動全てが照れ隠しだったと気付いても、それを阻止しなければならない。


そして、今のあたしと昔のあたしのどうにも噛み合わない記憶の違い。話していた時、そう思う場面はいくらでもあったのに。違和感はすぐ側にあったのに。それを今になって思い出した事の後悔も、もうどうする事もできない。今全てを思い出したからと言って、それを受け入れてはいけない。

だって葵は大切な人を作ることさえも、ここに居続ける事さえも許されないのだから。


最初からここにはいられないと分かっているのなら最初から仲良くなる必要などない。仮に沢山仲良くなって、離れる時がきて辛くなるのは自分なのだ。

大切な人も友達も最初から適当にあしらい、素っ気ない態度を取れば相手だってあたしに関わることはなくなる。

だから今までそうしてきたのに…。

このアイル・ヴェルディスはそう簡単にはいかなかった。

どんなに素っ気ない態度を取ったり、失礼な態度をしたりしてもアイルはどういう神経をしているのかあたしに構ってくる。

あたしの考えが分かっているのか知らないが、よく痛いところを突いてくる。

だから、今まで散々失礼な態度を沢山してきたのに…普通ならアイルが怒ってもおかしくはないはずなのに、それなのに怒るどころかこうやって相手をまるで心配しているかのような表情で見てくる。


(……。)


ダメだ、本当にもう無理だ。

全てを思い出した今、アイルに対する感情が今すぐにでも出てきそうになってしまう。

あたしの気持ちが変わる前にここを離れなければ…今までの努力を全て水の泡にするのは絶対に許されない。


「………答えましたのであたしはこれで失礼します!」

「っ……!?ちょっ待っ…!!」


葵はアイルを押し退けて強引に扉を開けて中に入った。

バタンッと扉の閉める音が響き渡るのを聞きながら咄嗟に扉の鍵をガチャリと閉めてしまった。


「はぁはぁはぁはぁ…」


今ならまだ間に合う。

もう今すぐにでもここを離れなければ。

あたしの感情が溢れ出してしまう。


葵はふぅと冷静に深呼吸をした後、静かに階段を登って行った。

鍵を閉めた外に、アイルとナディルが取り残されているのを知らんぷりをして。


「はぁー……」


部屋に戻ってきた葵は、直ぐにベッドに顔を埋めた。

どっと疲れが出たのか全然起き上がれない。

今すぐにでもここを離れなければならないのに身体が言う事を聞かない。


(…そう言えば、アイルは明日の朝一で討伐に出るって言っていたっけ?)


なら今日はその作戦会議をすると言うことだろうか。

ならちょうどいい。

今何時かは知らないが、あたしは今日の朝一でここを発ち、洞窟にいるアンデッド達を殲滅してそのまま居なくなろう。

その方があたしにとっても彼らにとっても良い選択だろう。


「あ…やば目が…開けたいのに…開けられ…な、い…」


葵はそのまま眠りについた。



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