第7話‐⑤
この世界では珍しい漆黒の髪。
そしてぱっちりとした二重、ぷるんとした若々しい唇にほんのりピンク色に染まる頬。背は平均身長くらいあり大人しくしていれば、どこかのお嬢様と思われてもおかしくはない容姿だ。
何も話さず、ニコニコと愛想を振りまいていれば葵は普通に可愛いのだ。
ただ、一言でも話せば女性の割に低くて冷めた声は男性陣を一瞬にして怖がらせる。現代にいた頃もその見た目と声の低さのギャップにどれほど驚かれ、何故か落ち込まれたことか。
葵からしたらいい迷惑で、何をそんなに驚く要素があるのだろうと、というか見た目だけで人の性格や声を判断しないで頂きたいと、勝手に落ち込まれたり、怖がられたり、とても迷惑極まりない日々だった。
この世界に来てからは、そう言った事は一切ないが、言わないだけで内心は思っているのだろうと葵は考えていた。
だが、今まで色々な反応を見てきた葵でも、このナディルの反応は初めて見るなと内心不思議に思っている最中だ。怖がる素振りはしていなかったので、大方表情が冷たい、笑わない人とかでも思っているのだろうと勝手に思い込んでいたがそうではなかったらしい。
葵は知りもしないが、今まで低くて冷めた声を聞いてきたナディルからすると、これ以上の驚きはなくただ今ナディルはそのギャップに戸惑っていた。ギャップ萌えとはよく言うが、まさに今ナディルはそのギャップに侵されているのである。
「…?ナディル様?どうかなさいましたか?」
そんな事とはつゆ知れず、空気の読めない葵は一向にして返答のないナディルをじっと見つめていた。
他の事には鋭いくせして自分の事となるととことん鈍感なのでこれがまた憎いと思う人も中にはいるかもしれない。
「……っい、いやっ…な、何でもない…気にしないでくれ……」
「……そうですか?なら良いんですけど…」
やっと返答してくれたナディルにそう言われるが、どこか釈然としない葵は首を傾げる。その仕草に耐え切れなくなったのか、ついには葵から視線を逸らし両手で顔を覆い上を向いた。
(え……何故?)
ナディルのその行動に余計に頭に疑問が浮かぶ。
葵には暗くてよく見えないが、ナディルの耳は赤く染まっていた。
でも、やはり葵には見えていないので、葵の意識は自然と違う方向に向いていた。
(え……)
なんとなーく隣にいるアイルを見ただけなのに。
見なければよかったと思う光景が葵の目が捉えてしまった。いや、今からでも見なかったフリをしようか……あ、ダメだ。今一瞬だがアイルと目が合ってしまった。すぐにまたナディルに目線を向けたが、一度でもあったからには無視はできない。
葵は面倒くさいなぁと思いながらアイルに向かって口を開いた。
「…何をやっているのですか…宮廷魔導師団の団長さん…」
いつもなら無視をしたい所だが、今にも右手に発動させている風の魔法が放たれそうな勢いなのでそうもいかなかった。
葵も使った事のある風の魔法。
魔力の制御をすればそんなに危険はないが、感情にまかせたり、魔力の制御が不十分の場合は時に風は凶器になる。アイルの場合は後者はあり得ないので前者だが、ナディルを冷たい視線で睨みつけ、どす黒いオーラを漂わせている今なら、どんなに宮廷魔導師団団長だろうが死者を出しかねない。
それは、何が何でも止めたい葵は自然といつも以上に口が回っていた。
「……別に」
「別に…ではなくてですね…やっていい事と悪い事の区別くらいつかないのですか?それを今すぐ解除して下さい」
「……。」
とても、不機嫌MAXの低い声が葵の耳に届いた。
どうして、そんなに不機嫌なのか、どこに不機嫌になる要素があったのか、勿論葵は分からない。
それに、先程までさんざん葵を見つめていたのに、今は頑なに目を合わせたくないのかこちらを見ようともしない。子供かよ…と思ったが中身は子供だったと諦める。
だが、まだ右手には風の魔法が小さい渦を巻いて発動しているので、説得するのは諦めてはいけないと言葉を続ける。
「…万が一にもそれがナディル様に当たったらどうするのですか?」
「………彼の味方をするんですね」
「…はい?どうしたらそういう解釈になるんですか?今は誰の味方とか関係ないですよ…あたしが言いたいのは、その風の魔法を今すぐ解除して下さいと言いたいのです」
「………。」
借りにも二人は討伐隊の一員なのだ。
ここで問題を起こしでもしたら面倒な事になるのは目に見えている。例え、どうしてアイルがこのような奇行に走るのかが分からないとしても、巻き添えを食らうのはごめん被りたい。そして、この発端に自分が原因であるとこれっぽっちも思っていない葵は、いつまで経っても黙り込むアイルに痺れを切らした。
一向にしてこちらを見ないアイルに何とも言えない感情を向けながら、目にも止まらぬ速さでアイルの真正面に移動した。
「っ……なっ何か?」
それにびっくりしたアイルは一歩後ろに後ずさりしながらやっと葵を見てくれた…と思ったらまた目線を逸らされた。
葵は一瞬でも目線が合わさった事によく分からない安堵感を覚えたが、すぐに逸らされた目線に何かが溢れ出した。
(いつも嫌だと思うほど見つめてくるくせに今は何でっ……)
先程から、よく分からない感情が葵を支配する。
何も考えられなくなっている葵は勢いに任せて、風の魔法を発動させているアイルの右手を掴み、グイッと顔を近付けてこう言った。
「…あたしの目を見てください!」
「っ……!!」
まるで告白の一種ともとれるその言葉。
アイルは急に言われたその言葉に目を見開き身体を硬直させた。
一方の葵はというと、やっとアイルと視線が合ったというのに、今自分が何を言ったのか頭が混乱していて上手く考えられない。
(え…っと…?あたし今何て……)
ぐるぐる回る思考回路に答えはないかと必死に探す。
視線を色々な方向に泳がせていると、いつの間に掴んでいたのかとアイルの腕をパッと離した。
「…ごっ…ごめんなさい」
どうして、アイルの腕を掴んでいたのか、いくら答えを見つけようとするが見つからない。そして、ふと掴んでいたアイルの右手を見ると、いつ解除したのか風の魔法はいつの間にか消えていた。
それを見て、今初めて自分のした行動を思い出した。
(…え、え?嘘待って……あたし…今、とんでもなく恥ずかしい事を言わなかった!?)
そう、気付いた時には時すでに遅し、普段の葵なら決して口にすることのない言葉が自分の無意識の内に言い放たれていた。
無意識の内にとはこれ以上の恥ずかしい事はない。しかも、相手はあのアイルである。穴があったら入りたいとはよく言うが今まさにその状況。
みるみる内に葵の顔が赤くなっていくのが分かった。
「……。」
そして、そんな一部始終をナディルは何も言うことなく、ずっと見つめていた。下手すれば自分に放たれると分かっていたはずなのにその場を微動だにしていなかったのだ。
ただ、この短期間の間に二人には何かしらあるのだとナディルは勘付いていた。
「そっそれでは…あたしはこれで行きますね!」
顔を真っ赤に染めながら、今すぐにでもここを離れたい一心で葵は早口にそう言った。
アイルが固まっている間にここを離れた方がいいと直感的に思ったのだ。
「っ……待ってアオイさん!」
「……?」
すると、今にも居なくなりそうな葵にナディルが待ったをかけた。
葵は早くここを離れたいのにと思いながらもナディルの方を向くと、こちらに近付いて来るのが見えた。
(…え、何?怒られる?)
ナディルが何故近付いて来るのか理由が分からなかったので、デタラメな言葉を考える。
ーパサッ
「………え?」
「夜は冷える…部屋に行くまでの間でも羽織っておいてくれ」
「……。」
見ると、先程までナディルが羽織っていた暖かそうなワインレッド色の羽織を葵の肩にかけてくれた。
葵の羽織っているカーディガンと比べ物にならないほど、とても分厚く暖かい羽織りだ。
数秒前までナディルが羽織っていたのでナディルの温もりを感じる。
まさか、羽織を貸してくれるとは思わなかったので、怒られる…なんて思った事をとりあえず心の中で詫びておいた。
ナディルは他人に対して、そうやって気配りのできるとてもいい青年だ。現代にナディルみたいな人がいたらきっと好きになっていたんだろうなと考えながら、急いた気持ちを落ち着かせてナディルに声を掛けた。
「…あの、えっと…ありが…」
ーパシッ
「…お返しします」
「っ……!?」
すると突然、葵がナディルにお礼を言いかけていた時、急に横から腕が伸びてきた。
気付いた時には今さっきナディルが掛けてくれた羽織が肩から無くなっていた。
(…え?)
葵は訳が分からず、横にいる人物に視線を向ける。
見ると、アイルの表情が少し苛立っているように見えた。分かりやすく言えば不機嫌丸出しという顔。どうして、奴は今日に限って不機嫌続きなんだよ…とこれも実は自分が関わっているのなんて本人は知らない。
意味が分からんと思っていたら、アイルは葵の肩に掛かっていた羽織をナディルに突き返していた。




