第7話‐③
少しひんやりするベンチに悪戦苦闘しながら、隣に座っているアイルを一度チラ見する。
普段の格好に白いローブを羽織っているという事は、今の今まで仕事をしていたのだろうか。
そんなアイルこそすぐに寝ればいいのに、どうしてこんなところに来たんだろう。
葵はただ噴水が見たくて来ただけなのに…まさかこんな所でアイルに会うなんて思いもしなかった。
葵は暗闇の先を見つめながらそんな事を思っていた。
「……先日もお伝えしましたが、わたし達は明日、アンデッドと魔物の討伐に行く予定です」
葵が腰を下ろしてから数秒後、アイルがそう言ってきた。
その声は先程の口調とは明らかに違い、とても真剣なのだと窺える。顔を見なくとも分かってしまう自分に驚きつつ、葵ははて?と疑問が頭をよぎる。
(どうして…なんでそれをあたしに言うの?アイルにもあたしは洞窟には行かないと伝えているはず…それなのにどうして…)
またしても、葵はアイルの考えている事が分からず頭をフル回転させる。
それに、明後日…もう日付変わってるだろうから明日か。明日討伐しに行くと、クレイツおじさんの部屋でも言っていた話だ。その話をどうして二度も言うのだろう。
一回も言ったことの無い内容ならまだ分かるが、二度も言わなければいけないほどそんなに大事な話なのか?わざわざ、こんな寒い中、話がありますとか言ってまで話す内容ではないように思うのだが。
酷い言い方になるかもしれないが、大した話ではない。だって葵はアイルに洞窟には行かないと言っているのだから。
それにそもそもの話、葵が外に出ようと思わなければ会うことは出来なかったわけで、話も当然出来なかったということになる。
え、もしかしてここで会わなかったら会わなかったで部屋までやってきたのだろうか。
と、そこまで考えたがこれ以上何を考えたところで答えはきっと見えてこない。
葵は前を見据えたまま、視界の隅に映るアイルの様子を窺う事にした。
決して冗談は言っていない表情に見えるので、余計に訳が分からなくなるのだ。いつもみたいにからかってくれたら、それはそれで気が楽なのに。
「……朝一番に行く予定なのでお見送りは結構ですよ」
「……何故あたしがお見送りをする予定なのですか」
葵はその言葉に眉間に皺を寄せる。
何時葵が討伐隊のお見送りをすると言ったのだろうか、そんな約束した覚えは無い。てか、そんな話一度もしていない。
アイルの頭はお花畑なのか?と頭の機能が弱っているのでは無いのかととても失礼な事を考える。
不機嫌丸出しの葵を見て、クスッと笑うアイルは言葉を続ける。
「わたしはてっきり仲良くなった聖女様と団長殿とわたしのお見送りに来てくれるものだと思っていました」
「……………。」
その言葉についにはアイルを睨みつけ、先程よりも更に不機嫌丸出しになる。
からかわれているのだろうが、アイルはいちいち葵の癇に障る言葉を言ってくるから仕方がない。勝手に顔が不機嫌になっていくのである。
(…どうしたらそんな解釈になるんだよ)
アイルはともかく、椿とナディルとは一度会っただけの間柄なのに、どこをどう見たらそんな考えになるんだ。仲良くなど決してないし、仲良くする気も毛頭ない。アイルも言わずもがなである。
「……寝言は寝て言って下さい」
冷めた口調でそう吐き捨てる葵の声は、静寂纏うこの暗闇の空間へと消えていった。
アイルはそんな葵に爆弾を落とした。
「…どうして葵さんはそんな頑なに他人と関わるのを嫌うのですか?」
「っ……貴方には関係ない!!」
「……。」
葵はその言葉に勢いよく立ち上がりアイルに向かって声を荒げた。
どんなにアイルにからかわれようが、荒げた事など一度だってなかったのに、余程その言葉は葵にとって気に障る事だったようだ。
葵は急に大きな声を出したせいか「はぁはぁ…」と息が荒くなっている。
(…そうやっていつも…アイルはあたしの痛いところを突いてくる…)
いつもはニコニコと何を考えているか分からないから、大した事は考えていないんだろうなと思っていたけれど、こういう時のアイルはとても頭が回るらしい。的確に葵の急所を突いてきた。
アイルの何が怖いってそういうところだろうか。
シン…と静まり返るこの場所で大きな声など出したくなかったのに…と今更後悔しても遅いが、考えるよりも先に声が出てしまったのだから仕方がないと自問自答を繰り返す。
(はぁ……もう…部屋戻ろう…)
怒りと恥ずかしさでこれ以上ここには居たくないし、なにより先程からこちらをじっと見つめてくる視線から一刻も早く逃れたいので、先程の態度をした自分からはとても言いにくい事だが葵は重い口を開いた。
「……ほ、他に話す事がないようなのであたしは戻ります」
ーパシッ
「……待って下さい」
「……何ですか」
この場を離れようとした葵をアイルは腕を掴んでそれを止めた。
早くこの場を離れたいのに余計な事をしやがって…と声には出さないが、葵の表情がそれを物語っている。
今すぐにでも言ってしまいそうな勢いだが、葵はダメだダメだと己を律した。いくら自分の思い通りにいかなくても、相手がとても面倒くさくても、彼は一応この国の宮廷魔導師団団長という立場に居るのだ。そんな人物に流石の葵も言っていい事と悪い事があるのだと、ちゃんと自分の立場を弁えていた。ここは慣れ親しんだ日本ではなく、貴族階級が厳しい異世界なのだと、改めて己に言い聞かせる。
アイルは百面相になっている葵を見て、何かを言いかけたがすぐに言葉を飲み込んだ。アイルにも立場というものがあるのか、それとも葵のためを思って言わなかったのか分からないが、アイルにも色々と事情があるみたいだ。
「……貴方の魔力はまだ完全回復ではありません、それを見誤れば死にますよ」
「……。」
アイルは葵の腕を掴みながら、綺麗な濃紺の瞳を逸らすことなくそう言ってきた。
真剣な目をしているので冗談で言っている訳ではないのだろうが…急に何を言い出すのかと思えば本当に何を言い出すのだろう?
人をからかったり、人の領域に踏み込んだり…次は人の命についてのお説教ですか?
葵はアイルに掴まれている腕を振りほどき、一歩後ろに下がった。
本当に彼が何を言いたいのか分からない。どこまでが冗談でどこからが本気なのか……それかすべて冗談なのか。いや…もうこの際どちらでもいい。何も考えたくない、何も知らなくていい。アイルのその先を知ってしまうともう引き返せない気がする。
葵は複雑な表情でゆっくりと立ち上がるアイルを見つめていると、こちらを向いた彼とバチッと目が合った。
だが、アイルはそんな事なんて気にせず目を逸らすことなく話を続ける。
「……怪我を負っていなくとも、魔力切れは死と等しい…この意味分かりますよね?」
「……。」
『魔力切れは死と等しい…』
(そんな事…言われても…あたしは……)
脅迫ともとれるアイルの言い方に戸惑いつつ、葵の顔は俯いていく。
いつからかぽっかりと空いた心の穴。それ以来何もかもどうでもよくなってしまった葵は、命についても同じ考えだった。
アイルがどういった意図でそう言うのかは分からないけれど、何を言われたって葵の考えは変わらないだろう…今のところは。
葵はゆっくり顔を上げると、ずっとこちらを見ていたのかまたもやアイルと目線が合わさった。
アイルのその揺るがない濃紺の瞳を今まで何度も見てきたはずなのに、今は今まで見てきた瞳の中で一番綺麗だと思ってしまった。
夜中で暗い事もあり、またアイルの後ろに見える噴水が月明かりによってキラキラしているのでそれと相まっていつもよりも深いその色合いにとても目を奪われる。
「…綺麗……」
「…?何がですか?」
「っ……なっ何でもないです!」
声に出して言ったつもりはなかったのだが、どうやら口から洩れていたようだ。その事実に葵の頬は赤く染まっていく。
今が夜で本当に良かった。じゃないと、熱くなった頬をまたアイルに見られるところだった。
そして、葵が恥ずかしくなるのにはもう一つ理由があった。
実を言うと、葵は昔からその色が一番好きな色だったのだ。普通の青色とも水色とも違うそのミステリアス感がとても好きで、よく好んでその色の服や物を買っていた。
だから、最初アイルの濃紺の瞳と髪色を見てとても嬉しかったのを覚えている。
(……え?嬉しかった?何それ…?そんな事、あたし一度も思ったことない…この世界に来て初めてアイルにあった時、あたしは自分の好きな色がアイルの瞳と髪色と同じだと知った時、とても…嫌、だった……)
嫌だったと認めたいのに、何かが邪魔をしてそれを否定させようとしている。
否定したい気持ちでいっぱいなのだが、もう少しで何かが分かるのかと思ったらそれを知りたいとも思ってしまう。でもそれが、必ずしも葵にとって良いモノだとは分からないので、どうすればいいのか分からない。
葵が考えているその間にも、二人の間には静寂が訪れていた。




