第7話‐②
「…はっ!!」
何かに驚き目を開けた。
額には汗が滲み出ており、それを無言で拭う。息が荒いのを整えながら、部屋の中をきょろきょろ見渡した。
「暗……」
ぽつりと呟いた言葉が暗闇に消えていく。
葵の目には先程と変わらない暗闇が広がっており、バルコニーからは月明かりが差し込んでいた。
まだ暗いという事は朝にはなっていないはず。どうやら葵はあのまま眠ってしまったようだった。
日中も寝たのによくもまぁ眠れるものだなと自分に感心しながら、ベッドから身体を起こした。
そして、バルコニーからの月明かりに誘われるようにベッドから降りてゆっくりとバルコニーに近付いていく。
(あれ…そういやあたし晩御飯食べ損ねた?……まぁいいか、別にお腹減っている訳ではないし…)
葵はゆっくりと月明かりが差し込む方へと足を動かす。
バルコニーに続く扉の前に到着し、少し眩しい月明かりに目を細めながら扉を開けてバルコニーに出た。
少し肌寒さを感じながら、手すりに手をかけて空を見上げると、そこには大きなお月様が顔を出していた。日本で見る月より一回り大きく、とても明るく少し眩しいとさえ感じた。
こういう時、本当にここは異世界なのだと思い知らされる。
また、夜とあってか昼間と違って風はなく、シン…と静まり返っている。静かで良いなと思いつつ、流石に秋の季節なだけあってこの薄着だととても寒く感じた。ネグリジュにカーディガンを一枚羽織っているだけの格好なのでそりゃそうだと自分で可笑しくて笑ってしまった。
きっと、こうやって笑うのも夜のテンションになっているからだろう。寒いくらいで笑うなどいつもの自分ではないみたいだ。
でも、寒いからと言って早く部屋に入りたいとは思わなかった。もう少し、この綺麗な光景を見てみたいと思ったからかもしれない。
それに、もう二度とこの光景は見ることができないのだと思うと余計に離れがたくなってしまった。まぁそれでもいいかと諦めてもう少しこの光景を見ることにした。
「……ん?」
すると、今まで大きな月に目を奪われていた葵は、庭の真ん中に噴水があるのに今気が付いた。暗くてよく見えないが、月の明かりと月の反射で噴水の水がキラキラと輝いているのが確認できた。
「…せっかくだから行ってみるか」
家の中に噴水など興味がそそられないわけが無い。
日本では庭に噴水があるなどありえないことだ。
池などがある所はあるにはあるがその数はきっと少ない。神社や日本庭園とかでよく見た事はあるが普通の家の敷地内にあるとなればそれはきっとお金持ちと言うことだろうと推察する。
そんな馴染みのない物が目と鼻の先にあるのだから選択肢は一つ。
葵は好奇心に負け、静かに部屋を後にした。
廊下に誰も居ない事を確認すると、抜き足差し足忍び足と心の中で唱えながら下に続く階段を下る。とても明かりが欲しいが、こんな夜中にこんな姿を見られたくはないので明かりの魔法は使えない。
静かにゆっくりと、暗いので足元を確認しながら歩いて行き、とうとうお屋敷の出入り口に到着したようだ。葵はもう一度、誰も居ない事を確認するとゆっくりと少し重い扉を開けて外に出た。
「寒っ…」
この季節にこんな薄着で外に出るのは間違ってはいるが好奇心には勝てない。肌寒さを感じながらも、足を前へと進めていく。
それに、今日がここで過ごす最後の夜。少しでも思い出を作りたい葵を誰が止められようか。
元居た日本ではこんな風に夜中に家を出るなんて事してこなかったし、出て行くと言っても遅くて20時とかに飲み物を買いに行く程度だった。
こんな風に外に出ると、家の敷地内に噴水があるなんてあり得なかったので、余計に噴水に興味津々だった。
近くに寄ると、バルコニーから見ていた大きさよりも遥かに大きい噴水が庭の真ん中に鎮座していた。こんな大きさの噴水、日本で見る事なんてほぼ無いだろう。いや、見たことがなかった。
それに、この異世界に来てから何度かは色々な噴水を見たことはあったが、あまり興味が持てなくて素通りをしていた。
こんなに綺麗で感動するなら素通りなんてしてこなければよかった。
「…綺麗……」
月明かりに反射された噴水の水は、キラキラと宝石みたいに輝いており、それを保つように水が波打っている。
たまにはこんな夜もいいかもなんて思ったりする。いや…最初で最後の夜になるのか。このお屋敷で過ごす最後の……
「…病み上がりの貴方が、こんな冷えた夜遅くに何をしているのですか?」
「っ……」
感傷に慕っていたら、急に背後から声が聞こえてきた。自然と葵の肩はビクッと反応する。
そして、この声は今日嫌なほど沢山聞いてきた声だと、その顔を見なくても分かるようになってきた。その事実に葵の顔は歪んでいく。
「……。」
この暗闇で、シン…と静まり返っている場所で聞こえませんでしたは通用しないと悟った葵は、渋々後ろを振り返った。暗いのでよく顔は見えないが、99パーセントの確率で奴だろうと推察する。
因みに残りの1パーセントは彼によく似た人物という可能性だが、まぁそんな事絶対に起こりえないと思うが。
彼は何も答えない葵に痺れを切らしたのか、コツコツと足音を響かせながらこちらに近付いてきて葵の目の前で止まった。それと同時くらい、雲に隠れていたお月様が顔を出した。
「…良い子は寝る時間だと学びませんでしたか?」
アイル・ヴェルディス…。
そこには案の定、昼間散々葵をからかってきたアイルが目の前に立っていた。
お月様の明かりでとてもよく見えるアイルを葵は見つめる。
そして、アイルは何を思ったのか、葵の横を通り過ぎ、噴水の前にあるベンチに腰を下ろした。
葵はそんなアイルを目で追いながら口を開いた。
「……良い子じゃないので関係ないです」
噴水の前のベンチに腰掛けるアイルを葵は立ったまま見つめる。
葵の頭の中は今、どうしてここにアイルが居るのかという疑問一択だ。アイルの目的が分からず目を細める。
そして、先程の言葉…まるで葵がここに居るのを知っているかのような口ぶりだった…。
(いや…これ以上は何も考えないようにしよう…この人の考えている事なんてあたしには分かりようがないのだから。それに例え分かったとしても色んな意味で怖いから逆に知りたくない気もする…)
葵は頭をぶんぶんと振り、考えを頭から吹き飛ばす。今はとりあえずこの状況をどうにかしようか。
庭の噴水に葵とアイル。
この静まった空気に、アイルの何を考えているのか分からない表情。しかもなんかずっとこちらを見ている。
足を組み、組んだ足に腕を付いて頬杖をしながらこちらの様子を窺っているように見える。本当にずっとこちらを見ている。
逸らされることのないその視線は葵が逸らさない限りずっと合ったまま。
「……何ですか」
流石に痺れを切らした葵は、ぽつりとアイルに問いかけた。
誰だってずっと見つめられるのは居心地が悪いだろうし、葵も例外ではなかったのだ。とても癪だが声をかけるしかその視線から逃れる方法が思いつかなかった。
すると、アイルは葵の問いかけに数秒、間を置いた後、自分の座っている隣の場所をぽんぽんと叩いてきた。
「……?」
葵はその行動を見て首を傾げる。
一体何をしたいのだろうかと考えるが答えは出てこない。
その間も無言のまま自分の隣をぽんぽんしてくるアイルを見て、葵の眉間に皺が寄っていく。
「…ずっと立っているつもりですか?」
「……。」
どうやらアイルは座りなさいと言っていたみたいだ。
いや、なら最初から言葉にして言えばいいだろうと、すぐに表情に出る葵。それを見てアイルはくすっと微笑んだ。
「っ……」
優しい微笑みを食らって葵はそっぽを向く。
急に不機嫌になったり、急に微笑んだり面倒くさい人だなと心の中で悪態を付く。そうでもしないと、心の奥の何かが出てきそうになるから。
葵は気を取り直して、冷静にこの状況を考え始めた。
そう言えば、どうしてさっき、良い子じゃないのでなんて言ってしまったのだろう。それを言わなければアイルが隣に座れなんて行動にでなかったかもしれない。そう気付いたら葵は数分前の自分を攻め立てた。
(自分が馬鹿すぎる……ん?いや…今からでも訂正すれば間に合う?)
葵はふむと少し考えてから口を開いた。
「あの…やっぱり良い子なので部屋に戻りますね」
「…少し話がしたいので座りなさい」
「……。」
せっかく訂正するという案が思いついて訂正したのに。
ニコッと微笑みながら葵の言葉を秒で瞬殺するアイルは鬼なのではないだろうか。
それに、先程と言っていることが違い過ぎる。
良い子は寝る時間とか言っておいて、今は話したいので座りなさいとか天邪鬼なのか?まぁ…葵も葵なのだが。
葵はひとしきり心の中でアイルを馬鹿にした後、気が済んだのか諦めたのか、はぁとため息を付きながら渋々アイルの隣に腰を下ろした。




