第6話‐⑩
魔力を持たない人も確かに怪我を治す事はできないが、魔力持ちが自身の怪我を治せないのとは訳が違う。
魔力の持たない者、つまりは平民の多くは魔獣の出る森には滅多な事が無い限り近付かない。街の周りには背の高い塀がぐるりと三百六十度囲われており、この中に居れば魔獣に襲われる事はほぼないのだ。
その為、その塀を超えた先の命の保証はないので、その先に行く場合は大抵、剣の腕に自信がある者や、魔力持ちの同行を必要とする。
魔力持ちの人達は、学園の教員として働いたり、魔獣の討伐の仕事に従事している事が多い。
魔導師団に所属している者と騎士団に所属している者だいたいが魔獣の目撃情報があったら、その街に行って討伐することを仕事にしている。
その際、魔力持ちは怪我をした人の治癒に当たることも多くとても重宝されている。
そんな中でもし葵が討伐に同行し怪我でもしたらただでは済まない。他の人からしたら魔力持ちは自分の傷を治すなど容易い事で、ただでさえ魔力持ちは重宝されるのに、いちいち魔力持ちが魔力持ちの為に力を使うなど、この国の常識にはない。魔力持ちは滅多な怪我がない限り自分で治す、それがこの国の常識だからだ。
例え葵の事情を知っていたとしても良い顔はしないだろうし、そもそものそんな話を他の人に説明できるわけがなかった。
魔力があり魔法が使えるという事までは話してもいいだろうが、アンデッドや黒い沼を殲滅できるなどと言った日には葵に自由がなくなってしまう。
それにそんな人物がいるのなら王家にとって希少価値な存在だろうし、喉から手が出るほど欲しがるだろう。
そして、それを知った他の人達の中には葵を欲する者が出てくるはずだ。魔力持ちで自身の治癒が出来ないとなれば怪我をさせてから連れ去るなどよからぬことを考える輩も現れるだろう。
治癒の力は他人の怪我にしか効かないという欠点、しかも瀕死の状態の大怪我も治せるときたらそりゃ狙われるに決まっている。
それに葵に限らず、魔力持ちは邪な奴らに狙われることが多い。だから、魔力持ちが生まれたらまずは王家に報告しなければならないのだ。
またもう一つの理由、ただでさえ魔力持ちとそうでない者がいてその両者が戦ったらどうなるか…そんなの言わずもがな。
至極真っ当にその力を使う者もいれば、その力を悪用する人もまた沢山いる。魔力持ちの貴族が多いからこそ王家に報告し管理し、また悪用されないようにする。そして、それと同時に身の安全は保証される。そのこともあり、王家に魔力持ちだと報告することはこの国の暗黙のルールであり義務なのだ。
だが、葵の場合はそうではない。
王家に魔力持ちの事を報告していない上に、葵の存在自体を隠していた。
そうなったら自分で自分の身は守るしかいのだが…治癒の力の件は無しにしても学園で魔法について学んでいない為、反撃しようにも無理がある。
例え、クレイツが魔法について教えていたとしても限界はあるだろうし、現役を退いた今、常に情報の更新はできない。
治癒の件と言い魔法についての情報不足は、学園に通っている生徒よりとても不利な状況にいた。
他の魔力持ちは魔法のノウハウを学ぶ為、学園に通うのが義務になっている。
魔法のコントロールだったり、魔法は何のために存在するのかなど、これから魔法で職を探していく上でとても大事な事を学ぶのだ。
まぁ、それでも悪い事に悪用するやつは一人や二人はいるのだが、魔法の事について深く知れば魔法とより共存ができる。
どういう時にこの魔法が使えるとか、こういう時にはこの魔法は不利だとか、学べば学ぶほど、追い込まれた時の反撃も出しやすくなる。
例えば、クレイツやアイルなどがいい例だろう。
大抵の事は一人で片付けられるし、魔獣に囲まれてもすぐに倒すことができる。勿論怪我をすれば治癒の力を使い癒すことができる。
なので、邪な考えを持っている人は自分の手中におさめようとはするが、真正面から魔力持ちに喧嘩を売る行為はしない。
それなのに、魔力持ちイコール絶対無敵と認識されている魔法使いが、自身の怪我だけ治せないとくれば話は変わってくる。確実に狙われるのは避けられない。
だから、こうも露骨に彼女の心配をするし、王家に報告をしないのだとアイルは考えた。
「………師匠」
「…なんだ?」
数分程、アイルからの返答が何もなかったのでクレイツは少し不安になったが、アイルの疲れた顔を見て安心した。柄にもなく物凄い頭を使ったので少し疲れたようだ。
アイルはふぅと深呼吸をした後、口を開いた。
「…とりあえず、師匠の言いたい事は分かりました。もし葵さんが行くのであればその時はわたしが責任を持って同行しましょう」
「助かる。アイルなら姿を消したとしてもまたいつもの気まぐれとでも周りは思ってくれるだろう」
「…はぁ……全く師匠はいつまでわたしを子ども扱いするのです?流石に今は立場を弁えていますよ」
はぁとため息を付きながらアイルは呆れた顔をする。
これでも一応、ヴェルディス公爵家の跡取りで、宮廷魔導師団団長なのだ。自分の行動が他の人にどう影響するかなど当の昔に散々思い知った。
だから、最初は面白そうだと思って師匠の言葉に同意しただけだ。
自分の立場が影響しない範囲で見守ろうと思っていた。そう、師匠の彼女に対する極度の心配性の理由を知るまでは。
今は何故だか彼女の事が気になって仕方がない。
今すぐにでも彼女に会って抱き締めてやりたいと思ってしまっている自分がいる。
どうしてそんな事を思うのか、ただ師匠に話を聞いて彼女の現状に同情しているだけなのか、彼女のあの他人に対する素っ気ない接し方は自分のその立場的な問題が関わっていてそれに対する同情なのか。
今はまだ分からないが、魔法よりも研究よりも今一番会いたいのは彼女だという事に自分自身が一番驚いていた。
「…今は違うのか?昔はよく俺の目を盗んでは色々なところに行って俺に怒られていたが…」
「……何を言っているのですか?今もそうに決まっているでしょう」
とりあえず今は師匠との話に集中しようと、いつもの調子で悪びれることもなく言い切る。
それに対しクレイツは目を細くした。
「…じゃあ別に同じではないか」
「何を言うのです、全然違いますよ。わたしが言いたいのは昔は気まぐれでふらふらっと外に行く事が多かっただけです…今は仕事の気分転換で外に行く事が多いという事ですよ…全然違います」
アイルは「やれやれ…」と言いながら肩をすくめて見せた。
大げさなと思ったクレイツだが、「もう何も言うまい」とため息を付いたのだった。




