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第5話‐⑦




程なくして、クレイツおじさんの部屋に到着したのか、これまた大きい扉の前でアイルの足が止まった。

それに合わせて、葵の足も止まる。


ーコンコンコン


「…どうぞ」


アイルのノックに中からクレイツおじさんの声が聞こえた。眉間に皺の寄っていた葵もクレイツおじさんの声を聞いて少しだけ表情が和らいだ。


「アオイさん、お先にどうぞ」


すると、アイルは扉を開けて葵に先に入るよう促してきた。とても慣れた手付きで扉を開ける仕草に、葵は目を細める。


(さりげないレディーファースト……)


彼にもそういう気遣いができたのかと少しは見直すがそれだけだ。それに、こういう事を今までも沢山の女性にしてきたのかと思うと何だか変な気持ちになったので、それを振り払うように葵は無表情のまま口を開いた。


「……いえ、お先にどうぞ」


今までのお返しだとでも言うような顔をしながら葵はそこから一歩も動こうとしなかった。

……全然お返しにはならないと思うが、少しもの抵抗だ。からかわれてばかりだと思うなよ…と少し粋がう葵。

そんな葵を見てアイルははぁとため息を付きながら口を開いた。


「…頑固ですねぇ」

「……。」


ため息を付かれるのは癪だが、それは自分自身でも自覚している事なので何とも思わない。頑固者のどこが悪いんだと心の中で悪態を付きながらアイルを見つめる。

すると、アイルは諦めたのか「入りますよ、師匠」と告げて、先にアイルが部屋の中に入った。


(よし…勝利)


それに満足したのか、口角が自然と上がりニコニコと微笑んでいる。とてもちょろい葵である。

アイルの前ではほぼそんな表情をしたことがない葵を見たアイルは、怪訝な顔をしながら葵を呼んだ。


「…貴方も早くお入りなさい」

「……失礼します」


ずっと、扉の前に立っていた葵にアイルが手招きをしてきたので、とりあえず何も答えないまま部屋の中に入って行った。決して、意地悪でそういう行動をしているのではなくて、慣れない扱いをされると誰だって戸惑うのと同じように葵自身も戸惑っていた。ただ、相手がアイルなだけにそういう素振りを見せたくはないので、性格の悪い感じになってしまったのである。

まぁ簡単に言えば葵なりの照れ隠しであるわけだが、それを分かってやれる人はほぼいない。無意識にやってしまうのだからそれもまた葵の怖い所でもある。


「……葵?」


中に入ると、葵の姿を捉えたクレイツおじさんが葵の名を呟いた。その声は驚きに満ちた声をしており、ベッドの上に身体を起こしてこちらを見ているクレイツおじさんの身体は硬直していた。


(…何で固まっているの?)


頭にはてなを浮かべながらも、アイルの後ろを付いて行く。そして、クレイツおじさんがいるベッドの傍に着いた瞬間ー


「…葵!!」

「っ…うわっ!?」


クレイツおじさんの大きな声が聞こえたかと思ったら、急にベッドから飛び降りてあたしに抱き着いてきた。それはもう頑なに、ぎゅーと息が出来なくなるくらいきつく抱きしめられた。

その反動で「うぐっ」という情けない声が漏れる。


(く、苦じい……死ぬ…)


葵はクレイツおじさんの背中をバシバシ叩き、それを伝えようとするが全然効果がない。逆にさらにきつくなっていくのを感じ、もう無駄な抵抗は止めようと叩くのをやめた。


「良かった…良かった…葵が無事で……」

「……っ」


そう小さい声で呟くクレイツおじさんの腕が小刻みに震えていると今になって気が付いた。

いつもの感じの力強い言葉とは全然違う、とてもか細い声だった。

それでも、あたしはそれにどうやって答えればいいのか分からず戸惑う事しかできない。こんな風に自分の事を抱き締めてくれる経験がほとんどない葵は、そのままされるがまま固まっている事しかできなかった。


「……師匠、アオイさんが苦しそうですよ」

「……ん?あぁ…悪い葵」


アイルの助け舟により、その苦しさから開放された。ふぅと息を吐きクレイツおじさんを見ると、不安そうな顔をしてこちらを見ていた。

それでも、そんなクレイツおじさんにかけてあげられる言葉が思いつかず、二人の様子を見守ることしか出来ない。


「さぁ師匠、まだ安静にと言われているのですから、さっさとベッドに行って下さい」

「……あぁ」


アイルに促されるまま、クレイツおじさんは渋々ベッドの上に腰を下ろした。

それを見計らい、アイルがベッドの横にある椅子に座ったので、葵もそれに習いその隣の椅子に腰を下ろした。


「……葵、怪我はないか?痛いところは?熱は?それから……」

「ちょっ……ちょっと待ってクレイツおじさん!そんなに一気に言われても答えられないし、少しは落ち着いて……」


大人しくベッドに行ったと思ったら、今度は質問攻めを食らう。

それに驚きつつも何とかなだめようとするが、クレイツおじさんは全然落ち着かず、声を荒らげながら言い放った。


「これが落ち着いていられるか!俺がどれだけお前を……」

「……っ」


クレイツおじさんのこんな声の荒らげている姿を見るのが初めてで葵は目を見開く。

気付くとクレイツおじさんの目には涙が溜まっていて、それ程までに自分の事を考えてくれていたのかと思うと、何とも言えない感情が込み上げそうになる。


それと同時に歯を食いしばり、何かと葛藤しているクレイツおじさんを見て頭に疑問が浮かんだ。

どうして、人のために泣く事が出来るのかが葵には分からなかったのだ。

葵にはその対象になるものが少な過ぎたのかもしれない。ただ、今分かるのはクレイツおじさんに言わなければならない事があるという事だけ。


「クレイツおじさん、あたしなら大丈夫だよ…ごめんね、クレイツおじさんに怪我をさせてしまった……本当にごめんなさい…」


そう言うと、葵は頭を下げた。

先程から頭を下げ過ぎだなと自分で突っ込みを入れつつ、アリシア様達との会話を思い出していた。


アリシア様達はあたしは悪くないと、決めたのはクレイツおじさんだと言っていた。それに対しては納得はしたけど、やっぱりちゃんと言う事は言っておきたかった。

自分がきっかけで怪我をしたのに変わりはないので、謝るのは当たり前だ。


「…葵お前は…………はぁ…どうしてそうなるんだか……」

「……え?何?」


何だ?と思い下げていた頭を上げると、呆れた様な困った様な顔をしているクレイツおじさんがいた。

いや、いつもの感じに戻ってくれたのは本当に良かったんだけど、どうして呆れているのか理解ができない。

葵が首を傾げていると、クレイツおじさんのため息混じりの言葉が聞こえてきた。


「葵……葵はもう少し自分を大切にしろ。そんなんじゃ命がいくつあっても足りないぞ」

「……?そりゃ人間の命は一つしかないんだから、そんなの当たり前なんじゃ?」


何知れた事を…それで死ぬのならそれまでだし、そこに何を求めているんだか。

葵はやれやれとクレイツおじさんを細めた目で見つめる。


「はぁ……全然伝わっておらん」

「えぇ……全然伝わっていませんね」


クレイツおじさんはため息を付きながら、アイルはくすくす笑いながらお互い頷きあっていた。

それを見た葵は、すぐさま二人を睨み付ける。こんなんじゃいつか睨み付け過ぎて目が細くなってしまうではないか。葵はそんな事は絶対に嫌だと目の隅をぐりぐりほぐしながら抵抗をする。


そして、いつまでもくすくす笑っているアイルと、「どうやったら伝わるのだろう……」と独り言を呟いているクレイツおじさんを、冷めた目で見つめながら悪態を付く。


(なーにが伝わっていないだよ……そもそも何に対して二人が頷きあったのか、全然分からないのが何か気に食わない!)


葵はむぅと唇を尖らせながら「もういい!」とそっぽを向いた。

普段、自分に対して睨んだり無言を貫いたりしてくる様子とはまるで違う葵の反応を、アイルは見逃さなかった。


「……アオイさんって師匠の前では素直なのですね」

「…………はぁ!?」


一番言われたくない人にそんなことを言われたものだから、今までで一番とも言える大きな声を出してしまったのは言うまでもない。





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