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第5話‐⑥




フェルネス夫妻の部屋を後にした葵は、眉間に皺を寄せながら廊下をさ迷っていた。


部屋を出た後、クレイツおじさんの部屋に向かおうとルンルンで歩き始めたのだが、一番大事な事を聞き忘れていることに気が付いたのだ。


「…部屋、どこ?」


行きはダリーさんが案内してくれたお陰で、迷うことなく目的地に辿り着いたのだが、今はダリーさんは隣にはいない。ていうか、歩いている人すら見当たらない。使用人の一人や二人居てもいいと思うのだが、夕飯時という事もあり姿が見えない。

ここに来るのが二度目のあたしにはどこもかしこも同じ景色にしか見えず、まして今は夜だ。壁に備え付けられている灯が等間隔に灯ってはいるが、それでもこの広い廊下全体を明るく照らすのにはとても物足りない。その為、薄暗く余計に分からないのだ。自分がいた部屋から出直そうかと考えたが、それも無理みたい。

なので、こうやって先程から廊下をさ迷っている訳なのだが…


「…ダメだ…さっぱり分からん」


いつまでたっても辿りつけないでいる。

もういっその事、失礼を承知で一つ一つの部屋を順番に拝借していこうか…


「アオイさん?」


立ち止まって唸っていた葵に聞きなれた声が呼び止めた。

その声に後ろを振り返ると、現在の宮廷魔導師団団長、アイル・ヴェルディスが不思議そうな顔でそこに立っていた。

それを見た瞬間、葵の表情が一気に曇る。


(タイミングの悪い……)


いや、普通ならタイミングの良い所でだと思うのだが、日中の事を思い出すとそうも言っていられない。からかわれた記憶しかない為である。


「…アオイさん?こんな廊下のど真ん中で何を?」

「………特に何も…」


この人には何故か今のこの状況を話したくない。そんな、葵の変なプライドが邪魔するかのように、行動とは真逆の言葉を口にする。

アイルは素っ気なく答えた葵を見て「ふむ…そうですか…」と怪しく微笑みながら呟く。


「……。」


イケメンが怪しく微笑んでも様になるその絵を見るとなんかむかつく…とアイルを睨みつける。

早くこの場を脱しなければ…


「どこかに行かれようとしていたのでは?」

「……お構いなく。どこに行こうが貴方には関係ありません」

「そうですか……では、わたしは師匠の所に伺わなければいけませんので、これで失礼します」

「っ……」


その言葉に葵の身体が反応した。

アイルはそれを知ってか知らずか、ニコニコと何を考えているのか分からない表情をしている。だが、少し考えて葵は悟った。この表情はあれだ、期待する言葉を待っている顔だ。


(ぐぬぬぬぬ…とてもじゃないが凄く嫌だ……どんな言葉を期待しているのか知らないが、とにかく今言葉を発するのは負けな気がする………でも、でも…)


アイルは師匠の所に行くと言っていた。二人の目的地が一緒なのは確かだ。それに、これ以上時間が遅くなってはいけないと思う。

このままさ迷い続けるわけにもいかないので、葵は意を決して口を開いた。


「……………あたしも、付いていきます……」


渋々そう呟くと、アイルはニコッと微笑んだ。

まるで、行ってほしかった言葉を聞けて凄く満足しているというそんな表情。確信めいたその表情を見ているととてつもない敗北感が葵を襲うが、今は致し方ない。

クレイツおじさんの所に行くというのだから付いて行くほかあるまい。

はぁとため息を付いていたら、急に目の前が暗くなった。


「……素直に道に迷っていたと言えばいいのですよ」

「っ……!?」


気付いた時には既にアイルが葵の耳元に顔を近付けてそう呟いていた。

葵は急の事で訳が分からず、とりあえずアイルから距離を取るためすぐさま後ろに後ずさり、呟かれた耳を手で覆う。


「…なっ……なっ何をっ……!?」


心臓がとても大きくバクバク鳴っているのが嫌でも分かる。

この状況をどう理解すればいいのかと自問自答を繰り返す。

彼に出会ってからというもの、彼の行動に驚かされてばかりだ…いや、確実にあたしはからかわれている。そして本人はそれを楽しんでいるようにしか見えない。

何回からかえば気が済むんだ。

あたしがアイルを警戒しているとアイルはニコッと微笑んだ後、口を開いた。


「それでは、行きましょうか」


そして、葵に背を向けて歩き出した。その足取りはとても軽やかで、何だかご機嫌がいいように見える。鼻歌でも歌いだしそうなその背中を見て葵は顔が歪む。

もしかしなくても、アイルはあたしが道に迷っているのを分かっていた。しかも、わざわざクレイツおじさんの所に行くと告げた辺り、あたしの目的すらも読んでいた事になる。どうやって、知りえたのかは分からないが、最初からアイルの遊びに乗せられていたという事に流石のあたしも居心地が悪い。

本当に性格の悪い人だなとため息を付きながら、遠くなっていくアイルの背中を追いかけた。





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