第5話‐⑤
だが、葵はそこで思い止まる。
これを上手く使えば少しは助けになるかもしれない…と。
「…………フェルネス様、何かしら与えないといけないのならば、それを領地の為に使って下さい」
色々と思うところがあるが、フェルネス様達が悪い訳では無い。あくまで貴族社会がそうさせているのだ。だから、あたしはフェルネス様達に文句は言えないし、言いたくは無い。
それに…クレイツおじさんの家族とは少なからず良好な関係でいたいと思うから。
それにこれは良いチャンスかもしれない。
ただ見ているだけでしか無かった世界に今あたしはいる。なら、思っていた事をできるのではないかと思ったのだ。
「領地に?」
「はい。どうしてもお礼をしなければならないのなら、そのお礼を領地に還元して下さい。あたしがそれを望んでいてフェルネス様がその望みを叶える形なら、お礼を果たす事になるのではないでしょうか」
「それは……」
葵のその発言に言葉が詰まるフェルネス。
とても綺麗事の様に聞こえるが、葵は至って真面目だ。本当にお礼なんて必要ない。そんなの葵の重荷でしかないのだから。
「しかし……」
「フェル!そこはお礼なのだからアオイさんの言う通りにしましょう?」
「アイリス……」
渋っているフェルネスをアイリスが背中を押してくれる。なんとも頼もしい存在だろうか。
強くて優しい女性である。
「アオイさん、その還元はどんな形でもいいのよね?」
「え?あ、はい……領地の方々にプラスであるのならば何でも大丈夫です」
そこの所は、フェルネス様達にお任せしたい。領地の事は全然分からないのだから。
それに、居候の身でとやかく言う筋合いもない。領地に還元してくれるならそれでいい。
どうして葵がこんな事を言うのには理由があった。
葵のいた日本で書かれていた異世界系の漫画の多くは、必ずと言っていいほど貧しい人達が描かれていた。
それを読む度に、どこの世界でもこういう場所は存在しているのだと思ったらとても心が傷んだ記憶があった。
そして、ここも漫画で描かれていた世界だ。そんな場所の一つや二つあってもおかしくは無いだろう。
今までは読むことしか出来なかったが、異世界に居る今ならあたしにも何か出来るかもしれない。それが今なのだとしたらこれは願ったり叶ったりだった。
「……分かった…アイリスがそれで良いなら……」
「えぇ、私はそれでいいわ……でももう一つ…」
やっと納得してくれたフェルネスと、何か企んでいる顔をしているアイリスが、こちらを真剣に見つめてくる。
(…いや、美男美女にそんなに見つめられたら、恥ずかしいんだけど……)
流石に慣れない事は慣れないのだから仕方がない。目を逸らすしかなさそうだ。
「アオイさん、もう一つだけ追加してもいいかしら?」
「……追加?」
目を逸らそうとしたらアイリス様がニコリと微笑んでそう聞いてきた。
なんか段々と趣旨が変わってきている気がするが……。
葵は渋々その内容を聞いてみる事にする。
「えぇ…それだけじゃ少なすぎるわ……そうねぇ、こういうのはどう?もし今後、アオイさんに困り事があったらその時は私達に何でも話してちょうだい。何でも協力するわ」
「…………えーと…」
協力と言われても、今後困り事なんてない気がするのだが。
でも、美女の提案を断るなんて事あたしにはできない。まぁ、それで気が済むのならそれでいいか。
「……ダメかしら?」
あたしが言葉に詰まっているのを不安に思ったのか、不安そうな顔でそう聞いてくる。
なので、葵は慌ててそれを否定した。
「い、いえっ……有難い提案です……よろしくお願いします」
あたしはそう言うと、軽く頭を下げた。
先程も言ったが協力を仰ぐ事など今後ないとは思うし、それで気が済むのならそれに超したことは無い。ただ、こういうのは貰っておいて損は無いはずだ。有難く受け取っておこう。
「良かったわ!困り事があったら何でも言ってね」
「はい……ありがとうございます」
「もう一つのお礼はこちらで進めておくから、進展があったらアオイさんにも報告をしよう」
「お願いします」
あたしがそう言うと、二人はニコニコと満足そうに微笑んでいた。
何だかんだ言って、話が上手くまとまって良かった。
漫画に出てくる貴族は自分の事しか考えていない、悪い人とかも出てきていたから、この夫妻はどうかなと思っていたけど、そんな事を一瞬でも思った自分がとても恥ずかしい。
とても良い人達だった。貴族なのにあたしと対等に話をしてくれるし、ちゃんと目を合わせて話を聞いてくれていた。人間性がとても現れる場面だったけど、十分過ぎるくらい優しさで溢れていた。
全ての貴族がそうだったら良いなと思うけど、そうもいかないのが世の原理だ。高望みはやめよう。
「さぁさぁ、行く前に美味しい紅茶を召し上がって?クッキーは包んでもらうから持って行ってちょうだいね」
アイリス様はニコッと微笑むと、クッキーを包むよう使用人に頼んでくれた。
(優しさの塊だわ…)
こんな人達が存在している事にとても感激してしまう。世の中、悪い人が沢山いる中でこう言う人達はとても貴重だと、葵の経験上思わずにはいられなかった。
「…そこまでして頂いて……本当にありがとうございます」
「ふふふ…先程からお礼を言ってばかりね?これではどちらが感謝をしているのやら……本当にナディルに聞いていた通り、とても謙虚で可愛らしい女性ですね」
「かっ可愛い!?や、やめて下さいよ…あたしはこう見えて23歳ですよ……」
そんなに子供っぽく見えるかなと、火照った頬を両手で挟む。
女の人に可愛いなんて言われた事がないから反応に困る。
「あら、私からしたらその年齢は可愛い可愛い女性に変わりはないのですよ」
「でっですから………………ん?ナディル?」
今になって、聞いた事のある名前だなと思い、ぽつりと言葉に出てしまう。
ナディルと言えば、このアルスタント王国、第二騎士団団長ナディル・カルディオンの事ではないか。
日中の出来事を思い出しながら、持っている情報を繋ぎ合わせる。
「えぇ、アオイさんも昼間会いましたでしょう?ナディル・カルディオン、私達の息子ですわ」
「……道理で…とても似ていますね」
決して忘れていた訳では無い。思い出さなかっただけだと、心の中で言い訳をする。
それにしても、言われてみれば髪の色…ナディルさんと同じ銀髪をしている。
きっと、ナディルさんはフェルネス様の髪色を受け継いだのだろう。
それに、ナディルさんの瞳の色は新緑色だったはず…目の色はアイリス様に似たのか。
いやぁ本当にこの世界は色々な色で溢れている。
「おや、そう思うかい?ナディルは私達と似ていると言われるのはあんまり好きではないみたいでね……彼の前ではあまり言わない方がいいよ」
人差し指を立てて口の前に持ってきたフェルネス様は、困った顔をしながらそう言った。
あまり好きではない?こんなに優しい両親がいるのにどうして好きではないのだろう。
「…どうしてって顔をしているね?」
「えっ!?……そっ、そんなに顔に出ていますか!?」
「うん、物凄く」
「っ……す、すみません…」
どうやら、感情が表に出やすくなってしまったみたいだ。気をつけなければ。
キリッと姿勢をただし、意識的に無表情にする。
「あははは!そんな謝らないでよ……ん〜理由があるとすればそうだね…どうしてだろう?」
「へ……?」
「そうよねぇ?どうして嫌なのか私達にも分からないのよねぇ……」
二人して腕を組んで考え始めた。
二人に分からないのならあたしにはさっぱりだ。
それにしてもどうして嫌なんだろうか。こんな美男美女と似ているなんて言われたら誰だって嬉しいだろうに……。まぁ人には言えない一つや二つくらいあるからなんとも言えないけど、彼なりに悩んでいる事があるんだろうなぁ…。
そう考え込みながら、考えている二人を見つめる葵。
考えている姿も絵になるなと心の中で絶賛しながら、冷めた紅茶を一気に飲み干す。
「……これも美味しい」
飲んだことのある味だが、名前までは分からない。でも、あたしに馴染みがあると言うことは日本にもあった物だろう。
この国は日本に似ている物が沢山あるみたいだ。まぁ、元は漫画の内容で日本人が描いているのだからそれも当たり前なのだが。
異世界に居ても日本を感じられるのは何だか不思議な感じがする。
それに、元の世界に今のところは戻りたくはこれっぽっちもないが、たまに日本食が恋しくなる時がある。
食が似ているこの世界なら米とかうどんとか探してみれば色々とあるかもしれない。いつか、探しに行けたら良いなと考えが膨らんでいく。
「……よし、フェルネス様、アイリス様、あたしそろそろクレイツ様の所に行きますね…お二人もそろそろ夕飯の時間でしょうしこの辺でお暇します」
「ん?あら…もうそんな時間?」
「もうすぐ19時になるかな?」
あたしが二人に声を掛けると、考えるのをやめた二人はそれぞれにそう呟いた。
因みに、この世界でも日本と同じ時刻を使っている。本当に日本人の作者様様である。
「…貴重な時間を割いてくださりありがとうございました…」
葵は立ち上がり、頭をぺこりと下げた。
葵なりの誠心誠意の感謝の言動である。
「こちらこそ、色々ありがとう。これからもクレイツお義父様をよろしくお願いしますね」
アイリス様は優しい声でそう言うと、優しく微笑んだ。その顔を見るとこちらまで心が和やかになる。
「アオイさん、これからもよろしく頼むよ」
フェルネス様は落ち着いた声色でそう言ってくれた。だが、その言葉に答えることは無く、笑顔でどうにか濁した葵。
約束は出来ない。これから先どうなるかが葵には全然分からないのだから。
「…失礼します」
もう一度、二人に頭を下げると扉の方に歩みを進める。
「あっ、アオイさん!ちょっとお待ちになって」
「……?」
扉に手をかけた瞬間、アイリス様の声が聞こえた。
その声に後ろを振り返ると、何かを持ってこちらに掛けてきた。
「っ……」
小走りで掛けてくるアイリス様もとても可愛いが、その目線は自然と胸元に流れて行く。
(…………うわぁ…とてもふくよかで弾力があり、気持ち良さそうな綺麗な形の胸が揺れているではないか…)
そしてその大きな胸に一度でいいなら埋もれてみたいと、同じ女性ながらに思ってしまった。
いや、だって!目の前に大きくて気持ち良さそうな胸があったら誰だって埋もれたくなるはず!
(何を食べたらそんな風になるんだろ……)
葵は自分の胸に視線を移す。
小さくはないが大きくもない、標準サイズ?の大きさのものがそこにある。だが、目の前のものとは比べ物にならない。
「……ん?どうかしたの?」
あたしがアイリス様の胸と自分の胸を交互に見ていたら、不思議そうな声でそう聞いてきた。
「あっ……いえ、なんでもないです……ところでどうかしたんですか?」
自分の思考をかき消して、無理やり本題に入る葵。
このままだと、アイリス様の胸に飛び込みかねない。それだけは阻止しなければ。
「これ、持って行ってちょうだい」
「……もしかして、先程言っていたクッキーですか?」
差し出されたアイリス様の手には、包みに包まれた物が握られていた。
先程、アイリス様が使用人に頼んでいたのを思い出す。
「えぇそうよ、でもこれから夕飯の時間だから後で食べてね」
「っ……そこまであたしは子供ではありませんよ!」
頬が熱くなりながらそっぽを向く葵に、アイリスはくすくすと可愛らしく笑う。
本当に先程から子供扱いを沢山受けている気がする…いや気がするではない、受けている。
むすっとする葵に、アイリスは「可愛らしいわね本当に」と更に追い打ちを掛けてきた。
(…全く……全然伝わっていない…)
くすくすと笑っているアイリスを見て、葵は半分呆れた顔をする。
それでも、嫌いになれないのはきっとアイリスの性格を見たからだろう。こんな心が綺麗な人を嫌う事など無理な話である。
「……団長様の言った通りね…とても……」
「え?何か言いましたか?」
良く聞こえなかったのか、葵が聞き返す。
小さい声で何かをボソッと呟いていたアイリスは、葵の問いに言葉を濁す。
「いえ何でもないわ…ほら、早く行っておやりなさい、クレイツお義父様待ちくたびれていると思うわよ」
「……そうですね」
葵自身も何かうまく誤魔化されたと勘づくがこれ以上長くなってはいけないと思い、聞こえなかったフリをした。
「それでは…失礼します」
「いつでも遊びにいらっしゃいアオイさん、歓迎するわ」
「またね、アオイさん」
アイリス様とフェルネス様はニコニコと笑顔で送り出してくれた。部屋を出る寸前、部屋の中を見渡すとフェルネス様は既に机に向かって仕事を再開していた。そんなフェルネス様に温かい紅茶を差し出すアイリス様の表情がとても印象的だった。
そして、静かに何回目か分からないお辞儀をすると、今度こそその部屋を後にした。




