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第5話‐④



「あはははは!そんなに不安がらなくても大丈夫だよ」


すると、葵の表情を読み取ったフェルネスが笑いながらそう言ってきた。

笑ったところまでクレイツおじさんに似ている。


「私の兄弟は男しか居なくてね、だからアオイさんという存在が出来たことにとても嬉しそうだったよ。まるで……自分の本当の娘みたいに思っているはずさ」

「……。」


フェルネスの言葉に眉毛がピクリと動く。

だが、それに何も返してやれない葵は、顔を俯かせる。


(…娘……)


きっと、事情がなければ葵も手放しで喜べる言葉だろう。それは葵自身もそうだったらいいなと少なからず思っているからだ。

でも、今の葵には手放しでは喜べない事情がある。喜びたいのに喜べないのはこんなにも辛い事だとは思いもしなかった。


「…どうかしたかい?」

「っ……いえ……なんでもないです」


失礼な態度をしたかなと思い、はっとなって顔を上げるが、二人は不思議そうな顔をしているだけで、大して気にしてはいなかった。ホッと胸を撫で下ろす葵。


きっと……この家族の一員になったら、とても……。

とても?とても……何だろう……。違う、あたしはもう……。


「アオイさん……貴方がフェルのお父上を助けてくれたと聞いたわ。本当に感謝しているの、ありがとう」

「…………いえ」


アリシアはとびきりの笑顔で葵に感謝を伝えた。因みに、フェルとはフェルネスの愛称だろう。日本で言うあだ名と一緒だろう、きっと。


「私からも言わせてくれ。父上を助けてくれて本当に感謝している…ありがとうアオイさん」

「…………いえ」


ニコリと微笑むフェルネスとアリシアの言葉に顔が引き攣る葵。こんなに感謝をされる事に免疫のない葵は、こういう時どうやって返せばいいのか本当に分からない。

だが、一つだけ分かるのは……


「……フェルネス様、アリシア様……お言葉ですが、あたしはお礼を言われる筋合いはありません」


自分のわがままで森に行くと言ったのに、付いて行くと言われれば怪我を負わせないのは当たり前だった。なのに、あたしは怪我をさせてしまった……だからもうそれは助けたとは言えない。自分のせいで怪我をさせてしまって、それを癒した事にお礼を言われるのはやっぱり違う気がするから。


「……あたしのせいでクレイツ様は怪我をされたんです……非難される事はあれど感謝させる事は何も無いです」

「アオイさん……」


葵のその言葉に、困った顔をするフェルネス。

葵は紅茶の入ったカップを見つめたまま、表情が曇る。


「……クレイツ様に怪我をさせてしまって本当に申し訳ございませんでした」


葵はそう言うと頭を下げた。

これで許しを乞おうとは思っていない。もう絶対に怪我をさせないと心に決めている。怪我をするのは自分だけで十分だ。


「っ……あ、アオイさん頭をっ」

「アオイさん、頭をお上げになって」

「……。」


フェルネスの慌てる声を遮るように、アイリスの言葉が聞こえた。

葵はゆっくりと頭を上げて、アイリスを見つめる。

アイリスはとても真剣な表情で葵を見つめていた。


「クレイツお義父様はね、一度決めた事は決して曲げない頑固者なのよ」

「……え?」


何を言われるのかと身構えていたら、拍子抜けするような内容を話し出したアイリス。

アイリスは昔の事を思い出しているのか、懐かしそうな表情をしている。


「私達がどんなに止めようとしても、すぐ危ない事に首を突っ込んでは怪我をして帰って来てね……本当に元気なお義父様だと思ったわ……悪く言えば手のかかる子供ね」

「……。」


手のかかる子供……。

ここの元領主の事をそんな風に言っていいのかと一瞬思ったが、クレイツおじさんの今までの行動を思い出したら否定はできないのでそのまま話を聞く。


「そんないつもいつもいつもいつも私達に心配ばかりかけていたあのお義父様が……アオイさんに出会ってから見違えるように変わったのよ」

「え……」


葵の目を真っ直ぐ見つめながらそう言うアイリスに、葵は戸惑いを隠せない。


(……どういう事?あたしに会ったから変わったって……それに今まで見てきたクレイツおじさんの印象からはとてもかけ離れているんだけど……)


葵から見たクレイツは、少し無邪気で無理難題を押し付けてくる所はあるけど、とても優しく、そんな心配をかける様な行動は見た事がなかった。

少しやり過ぎだなとか思うことはあるし、手のかかる子供なのは否定しないけど…あたしには一度だって……


(っ……)


ここで何かに気付いた葵は、考えるのを止めた。

気持ちを落ち着かせて何事も無かったかの様に深呼吸をする。

()()()()()()()()()()()()()と、心の中でため息を付いた。


「アオイさん。もう一度言いますが、クレイツお義父様は一度決めた事は決して曲げません…アオイさんに付いて行ったのは彼の判断ですし、怪我を負ったのも彼の注意不足…アオイさんのせいではないわ」

「…………ですが、あたしが森に行くと言わなければ……」


言わなければ、クレイツおじさんを危険な目に合わせる事もなかった。あたしがそう言わなければ…一人で行っていれば…。

ぐるぐると後悔が頭の中を支配する。


「クレイツお義父様は葵さんに出会ってから変わられたと言いましたでしょう?今まで私達に心配を掛けていた彼が、パタリとそれが無くなったかと思ったら、アオイさんと言う存在を私達に沢山話して下さいました……アオイさんを危ない目に合わせたくはないけども、アオイさんの言う事を否定したくないと仰っていましたよ」

「……あたしの言う事?」

「心当たりがあるんじゃなくて?今までクレイツお義父様に否定された事はありますか?」

「否定……」


そう言われ、今までの事を思い出してみるが見当たらない。クレイツおじさんに否定をされた事なんて一度もなかった。あの時、森に行くと言って一瞬は躊躇っていたが、結局はあたしの意見を尊重してくれた…否定どころか自分も一緒に行くと言って。


パッとアリシアを見る葵。

何かに気付いた葵を見てアリシアはニコリと微笑んでいた。


「クレイツお義父様は、アオイさんと出会ってからは危ない事と関わるのをやめました。危ないと言っても犯罪めいたものに手を染めていた訳ではないのですけど…アオイさんを危ない目に合わせない為と仰っておりました……そして、この世界では自分がアオイさんの一番の理解者でありたいとも仰っておりましたよ」

「っ……」


そのアリシアの言葉に、目を見開く葵。

そんな風に思ってくれていたとは思ってもいなかった。

一番の理解者…それはきっとあたしが異世界から来たと言ったからだろうか。

この世界でたった一人あの危険な森で彷徨っていたあたしを不憫に思ったから…だろうか。


「自分を変えてくれたアオイさんに、少しでも自分の出来ることがあるのなら喜んで手を差し伸べたい……とも」

「……。」

「それがきっと、今回の事に繋がるのだと思います。葵さんが森に行きたいと言った事にクレイツお義父様は手を差し伸べた。それが少しでも葵さんの役に立つのならと……彼は後悔していませんよ、自分で決めた事ですし、一度決めた事を曲げない男ですもの」


アリシアはそう言うと優しく微笑んだ。

葵はそれを見て無言のまま何も言えなかった。


役に立つ……。

それはむしろ自分の方なのにと葵は歯を食いしばる。森で拾ってもらってから、色々な事を教えてもらった。魔法の事もこの国の事、その他色々と生活する上で大切な事を沢山。

役に立ちたいのはあたしだって一緒だ。

それなのに……それなのに、クレイツおじさんはあたしの為にそこまで考えてくれていたの?


「……アオイさんは、怪我をさせた事にとても罪悪感を抱いているようだけれど、昔は彼にとって怪我は日常茶飯事でした……今更、怪我の一つや二つできたところでどうも思っておりませんよ」

「……。」

「彼が落ち込む事と言えば、自分のせいでアオイさんが心を痛めている事でしょうか?」

「っ……そ、それはっ……」


葵は慌てて否定しようとするが、言葉に詰まり何も言えない。

確かに、あたしがクレイツおじさんの立場なら絶対に落ち込むと思う。そういう風に思っていると知ったらきっと悲しむ。


「アオイさんに出来ることはただ一つ……笑顔で彼に会うことだけですわ」

「………えが、お」


そんな簡単な事で良いのだろうかと考えてしまう。笑顔なんて簡単に出来る。それが例え偽りの笑顔だとしても。


(いや……違う。この場合は偽りなんかでは無い……)


今、あたしがクレイツおじさんに出来ることは……心の底から元気な姿を見せる事だ。そして、いつもの様に笑顔で話しかける事…それだけで、それだけで十分なんだ…と、アリシアに諭された。

葵は優しく微笑んでいるアリシアに真剣な表情で聞いてみた。


「……アリシア様、クレイツ様に今すぐ会えますか?」

「えぇ…凄く会いたがっていたわ、早く会いに行って元気な姿を見せてあげるといいわ」


ニコッと微笑みながら、優しい声のアリシアに自然と葵の表情も緩んでいく。

とても美人で優しくて温かい……。

何だか、このままアリシア様を見ていると涙が出そうになる。こんなに優しい女性がいるのかと…そう思ってならなかった。


「ちょっと待ってくれアオイさん」


すると、今まで黙って聞いていたフェルネス様が葵の名を呼んだ。

まだ、ソファーから立ち上がっていないので、そのまま話を聞いてみる。


「…どうしたの?フェル」


葵の代わりにアイリスがフェルネスに問う。

確かにどうしたのだろう、もうここでの話は終わったはずなのだが。


「父上を助けてくれたお礼をしたいんだが……何か欲しいものとかはないか?遠慮せずなんでも言って欲しい」

「……お礼…」


その話は先程話がついたのでもう何も言わないが…お礼を貰うなんてとんでもない。

お礼を貰うためにクレイツおじさんを助けた訳では無い。


「……フェルネス様、すみませんがお礼は不要です。」

「…欲しいものがないのかい?」

「まぁ…それもありますが……」


確かに、欲しいものなんて何も無い。だが、そうじゃない。


「では何故?」

「……お礼を頂くためにクレイツ様を助けた訳ではありませんし、当たり前の行動にお礼は不要です…」

「……ん〜、だが助けて貰った事に偽りは無いし…それ相応のお礼は貴族としてしなければならない」

「……。」


その言葉に眉間に皺が寄った。

貴族としてと言う言葉が葵に引っかかったようだ。


葵に貴族の事情は分からない。だが、かと言って貴族の立場上そういう事をしなければならないのも納得は出来る…できるんだが……。

葵にはその事情を汲む気はさらさらないらしい。貴族としての立場上、お礼はしないと権威に関わるのかもしれないのだろうが、そんなの葵にとってとてもどうでもいい事だった。


だって、しなければならないって……何だかクレイツおじさんに対して酷い言い方だと思ったから。

その立場がなければお礼もしないのか、貴族の立場っていうか、家の為だろうそんなもの。

葵にとってそれは一番嫌なモノだった。




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