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第5話‐③



「…ダリーさん、えっと……とりあえず頭を上げてください」


いたたまれなくて、頭を下げているダリーさんにお願いをする。頭を下げられる様なことは何もしていないし、クレイツおじさんに怪我をさせたのに変わりは無いのだからお礼をされる筋合いもない。


ダリーさんは葵の焦る言葉を聞いて頭を上げた。そして上げていた腰をまたソファーに下ろして口を開いた。


「わたくしだけではありません。クレイツ様のご子息、現在のここカルディオン領領主のフェルネス様とその奥様もとても感謝しておりました。わたくしがここに来たのも、その御二方からアオイ様へとお礼を申し上げたいとの事でお伺いしに来た次第です」

「…………へ?」


ソファーに座ってくれたことに安堵していると、長々と説明を食らう葵。

目をぱちぱちさせながら、頭の中で言われた内容を理解しようとする。


(えっと……フェルネス様?)


この本邸には一度だけ来たことはあるが、ちゃんと挨拶はしていなかったのでその名前を言われてもピンとはこなかった。

いや、漫画の知識があるじゃん?て思うかもしれないが、漫画のタイトルさえ思い出せないのに、作中で出てきたかさえ分からない人物を覚えているわけがない。

それにクレイツおじさんの事だってあまり知らない。アイル・ヴェルディスの師匠として名前くらいは聞いた事があるのだが、実際にクレイツおじさんが作中に出てきていたかと言ったら微妙だ。

まぁまだ完結していなかったので、あたしが知らないだけでもしかしたら出てきているかもしれないが。


(それはそれで…えっと何だっけ?)


そのフェルネス様?があたしに会いたいと言っているという話だっけ?

…だから何故だ。あたしは何もしていない。当たり前のことをしたに過ぎないのにお礼をと言われても…

正直、あたしはそんな面倒臭いこと引き受けたくないんだけれど。


「アオイ様、目覚めてから一日も経っておらず申し訳ございませんが、今から旦那様に会っていただけませんか?」

「え…今からですか?」

「はい、今からです。今すぐにでもお礼が言いたいと旦那様は申しております」

「……。」


何だろう、この断れない雰囲気は。あたしに拒否権はないと言われているみたいだ…いや、言われている。ダリーさんの目がそう言っていた。


「旦那様は書斎でお待ちです。そのままの格好で大丈夫とのことでしたので、そのまま参りましょう」


あ、これはあたしの意見すらも聞いてくれない形みたいだな。拒否権はないのだから意見を聞く必要もないといったところだろうか。

でも確かに、クレイルおじさんのお世話になっていながら、その息子さんに挨拶はしないのもどうかとは思う。まして、その息子が収めている領地の別邸で居候させてもらっているのだから挨拶は筋だろう。

葵はそう自分に言い聞かせて覚悟を決めた。


「分かりました。今から会いに行きます」

「えぇ。では参りましょう」


ダリーさんの言葉を合図にあたしはソファーから立ち上がった。ダリーさんはというと、先ほどまで葵が飲んでいた紅茶を片している。

それを見た葵はすぐさま声をかけた。


「だ、ダリーさん!紅茶は帰ってきてからまた飲むのでそのままで大丈夫です!」

「…?気に入っていただいたのは大変嬉しいのですが…もう冷めてしまっていますよ?また飲むにしても一度入れなおさなければなりません」


困った顔をしながらもダリーさんが片していた腕を止めてくれた。

確かに、ダリーさんの言う通りもう既に冷めている。だが、紅茶は冷めても美味しいのを葵は知っている。この世界にはアイスティーは無いのかなと思い聞いてみる。


「紅茶は冷めても美味しいんですよ?アイスティーはご存じですか?」

「あいすてぃー?それは一体どのようなものですか?」

「あ、えっと…忘れて下さい………と、とりあえず!紅茶はそのままでお願いします」

「…かしこまりました」


葵の必死な顔に根負けしたのか渋々ダリーさんは納得してくれた。

どうやらこの世界にアイスティーというものは存在しないみたいだ。水出しアイスティーとかあったら最高なのになぁとか紅茶に思いを馳せながらも、歩き出したダリーさんの後を付いて行く。


部屋を後にした二人は長い廊下を無言のまま歩いて行く。

外はもう暗く、廊下の明かりが外に漏れている。空にはまん丸のお月様が浮かんでいた。


葵は長くて広い廊下をきょろきょろしながら興味津々に屋敷の中をまんべんなく目に焼き付ける。

クレイツおじさんの別邸もとても大きくて立派だが、ここもこことて素晴らしい邸宅だ。

葵のいた日本では、家の廊下がこんなに長いのはお金持ちくらいだ。こんな立派な屋敷を見るとここが日本で無いことを突き付けられる。


「こちらです」

「……え」


周りの景色に気を取られていたら急にダリーさんが止まった。どうやら目的地に着いたようだ。

それにしても何だこの立派な扉は。

ドーンと効果音が付きそうな、葵の背丈より何倍も大きい扉がそこに鎮座していた。


ーコンコンコン


呆気にとられている葵の横で、ダリーさんはその扉をノックしていた。


「はい」

「旦那様、アオイ様をお連れ致しました」

「入ってくれ」


そのノックに中から男性の声が返ってきた。

その声に今更ながら緊張してきた葵は、今すぐここから立ち去りたい衝動に駆られる。


ーガチャッ


「失礼致します」


そんな事とは露知らず、ダリーさんは扉を開けこちらに向き直った。


「どうぞお入りください、アオイ様」

「…………はい」


顔が引き攣りながらも、扉を開けてくれているダリーさんの好意を無下にはできない。

いつまでも開けてもらっている訳にもいかないので、観念した葵はとぼとぼと部屋の中に足を踏み入れる。


「……失礼、します」


とてもか細い弱々しい声。

その声からとても葵が緊張しているのが伺える。

それはそうだ。この領地の領主様に会うのだから。


「君がアオイさんだね?」


その声に、下に向けていた視線を目の前に向けた。

そこには、部屋の奥に置かれている立派な仕事机を前にして、仕事をしている最中と思われる男性が一人。


「まぁ!貴方がアオイさん!?」


そして、部屋の中央にはこれまた立派なソファーが置かれていて、そのソファーに腰を掛けている女性が一人。


その二人を交互に見つめる葵に、ソファーに座っていた女性が近付いてきた。


(えっと……めちゃくちゃ美人なんですけど…)


焦げ茶色の腰くらいまである長い髪を軽く巻いていて、前髪は真ん中あたりで左右に分かれている。

目はとても大きく新緑色をした瞳、鼻筋はとても綺麗で、ふくよかなぷるんとした唇がもう何とも言えない。

そして次に、この世界に来て初めて見るであろう綺麗なドレスに目がいった。

薄めの青色と白を基調とした派手さはなくとても大人びているドレスは、その髪色と彼女の西端な綺麗な見た目にとても合っていた。


これが貴族というものかと納得する。

クレイツおじさんも一応貴族だけど全然そんな風に見えないから今まで普通に気兼ねなく話してたけど、ここまで貴族ですと主張されるとそうもいかなくなる。

言葉遣いには気を付けなければと心の中で自分に言い聞かせる。


「夕飯前にごめんなさいね…貴方がアオイさんね?」

「…え?あ、はい……」


彼女に見惚れていたら、いつの間に目の前に来ていたのかそう言われた。

その表情はとてもニコニコしている。

…って言うか夕飯前という事は、今の時間は大体18時〜19時といったところだろうか。

数時間は寝ていた所を見るに、夜眠れるだろうか。


「早く会いたかったのよ!さぁさぁ早くお掛けになって!美味しいクッキーと紅茶を頂きながらゆっくりお話しましょう」

「え……え?」


そう言うなり、彼女はあたしの背中を押してソファーに誘導する。

葵は訳が分からないままされるがままに、ソファーに腰を下ろした。


「このクッキー美味しいのよ、沢山食べてね」

「え……あ、ありがとう、ございます」


ニコニコと微笑む彼女の言葉にただただ頷くしかない葵は、未だによく状況が分かっていない。

いや、むしろすぐにこの状況を理解出来る人がいるのなら教えて欲しい。こんな綺麗な女性にこんな風に微笑みかけられたら、どうやったら断れるのかと。


目の前に座る女性に言われるがまま、その勧められたクッキーを口に運ぶ。


「っ…美味しい……」


口に入れた瞬間、甘くて優しいココアの味が口の中に広がった。

紅茶に良く合いそうな味をしていて、特に女性が好みそうな味をしている。


「そうでしょう?気に入って貰えてよかったわ」


先程から笑顔の眩しい女性にそう言われる。

あたしは、クッキーを食べながら、その女性をじーと見つめる。


(……本当に綺麗)


あたしのいた日本なら、すぐに女優にスカウトされるであろうその美貌に目が奪われる。


「アリシア…その前にまずは自己紹介をしないといけないよ」


すると、今まであたし達の様子を見ていた男性が、目の前の女性の隣に腰を下ろしながらそう言った。


「あら、ごめんなさい、そうだったわね」


その男性の言葉に女性は軽く微笑むと、二人揃ってこちらを向いてきた。


(うわ……美男美女すぎて目の保養だわ)


もぐもぐと急いで口に入っていたクッキーを飲み込んで、その視線に耐えながら彼らの言葉を待つ。


「初めましてになるかな?私はこのカルディオン領領主、フェルネス・カルディオンだ…貴方が助けてくれたクレイツ・カルディオンの息子だよ。そして……こちらは私の妻のアリシアだ」


自己紹介をしてくれたフェルネスさんは、とても親しみやすい雰囲気を醸し出していた。

目元はクレイツおじさんに似ていて、優しそうな人みたいだ。

髪色は、クレイツおじさんと同じで銀髪、目の色は琥珀色ととても綺麗な色をしている。

さすが異世界だ。日本人とは違って色々な色をしている。


「あ、あたしは…えっと、アオイです……。クレイツ様には大変お世話になっていて…感謝しております」


未だに様呼びには慣れない葵だが、なんとか自己紹介を終える。

さすがにクレイツおじさんと言うのははばかられた為だ。葵も空気は読む女なのである。


「あははは、知っているよ。父上からはアオイさんの事は聞いているからね」

「…………え?」


少し間を置いてから葵は声を発した。

葵はフェルネスを見つめ、疑問の表情を浮かべる。

クレイツおじさんから聞いているとはどういう意味だろうか。

あたしが知らない間に、あたしの事をフェルネス様に話していたと?


(えっと……それなんか嫌だわ……変な事言われてないよね?)


疑問の表情を浮かべていた葵は、段々と不安の表情に変わっていく。

何を言われたのかは分からないがとても不安すぎる。クレイツおじさんは一体何を言ったのだろう。



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