第5話‐①
ーバフンッ
「はぁぁぁああー…」
三人が部屋を出て行ったあと、どっと疲れたのでベッドに仰向けにダイブした。
さすがに見慣れた天蓋付きのベッドの天井をぼーと見つめる。
アイル・ヴェルディス、ナディル・カルディオン、そして浅倉椿。
個性豊かな人たちだった。もうなんか漫画の知識は当てにならんと考えに浸る。
て言うか、内容そのものはあんまり覚えていないのだが。
「…それにしてもあの変人、アイル・ヴェルディスという男、あの時の恥ずかしい発言は無意識だと思ってたのに、まさかからかわれていただけだったなんて…今思い出しても腹が立つ」
あの時の事を思い出し眉毛がぴくりと動いた。
わざととぼけたふりをして何がしたいんだろうか。つくずくあの男の考えていることは分からない。
それに最後のあのからかい様ときたらもう変人としか言いようがない。
いや、もうあれは大好きな玩具で遊ぶ子供のようだ。あの時だけとても幼い子供に見えてならなかった。
でもそれとは違う低い声。一人称もわたしではなく俺になっていた時はびっくりした……もしかして二重人格か?とも考えたがどうにも違うらしい。
それに、どうしてあたしを庇うような発言をしたのだろうか。アンデッドの討伐もあの丸い球体も見ていないはずがない。
あの男にあたしを庇うメリットは無いように思える、いや無いはずだ。
この前初めて会った人に対して庇う理由が見当たらない。
「何がしたいんだか…」
額の上に腕をのせて目を閉じる。
色々と問題は山積みだ。
(アンデッドの件もなんとかしないとだし、変人にも色々と聞きたいことがあるし、あたしがこの世界にいる目的をちゃんと考えないと…)
アンデッドを倒せるのは今の所あたしだけ。
いや……もしかしたら今回の聖女にも倒せる可能性だってあるはずだ。
遠い昔の聖女が倒せなかっただけで、今回の聖女が倒せないとは限らない。少しでも可能性があるのならあたしはそれにかける。
(…それにもし今回の聖女が倒せなくても別に放っておけばいいじゃない…あたしには関係ないのだから…)
「……。」
昔のあたしなら、そんな風に決めつけて何も知らない、何も見てないと現実逃避をして、目の前の事をちゃんと見てなかった。
自分は関係ないと己に言い聞かせて、見なければいけないものを見ることが出来なかった。それでずっと逃げていたんだ…あの時から。
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『葵ちゃん…もう立て直すのは厳しいだろう』
『どうして!?立て直さないとあたしのやりたい夢が…!』
目からは大粒の涙が流れ落ちている。
せめて……せめておじいちゃんの残したこの神社だけでも!
『葵ちゃん、わしだって葵ちゃんの夢を叶えてあげたいと思うとる…けどこれはどうすることも出来ないのだよ』
そう話す街の偉い人はとても悲しそうな顔をしていた。
あたしはただずっと泣いている事しかできなかった。
何もできない自分が許せないし、悔しかったのを覚えている。
あたしのいた日本で起こった自然災害。発達した積乱雲と強い上昇気流によって発生する激しい渦巻、竜巻。
その竜巻によって自分の住んでいた街は飲み込まれた。
両親と祖父はその竜巻で亡くなり、あたしが小さい頃から遊び場にしていた祖父の神社は倒壊、破壊した。
それと同時にあたしの夢も儚くして散った。
父の家系が代々神社の神主で、神社の子として生まれたあたしは、生まれたときから自由がなかった。
特に両親はあたしを立派な神主にするべくとても厳しく育てた。
小さい頃から沢山のお稽古に、舞の練習や書道、茶道、華道、神社に関する勉強などなど、遊ぶ暇なんてないくらい親の言われたスケジュールだけをこなす毎日だった。
両親からの愛情なんて一切受けた事がなく、家族で遊びに行くことも旅行に行く事も、一緒に食事をする事もほぼ無いと言っていい。
そんな中でもあたしがひねくれずに神社というものを好きになれたのは祖父の存在が大きかった。
祖父はあたしに対してとても優しく、宮司としてあたしに色々な事を教えてくれた。一緒に出かけたり、ご飯をたべたり、両親が冷たくてもやっていけたのは紛れもない祖父の存在があったからだ。
祖父はあたしに対してとても優しく温かく、愛情を注いでくれていた。
両親は嫌いだが、祖父の事は大好きだったあたしは、いつの間にか自分の夢は実家の神主を継ぎたいと思うようになっていった。
あくまで祖父の神社を受け継ぐという気持ちで。
それが例え、嫌いな両親の決めた道を行く事になっても、自分にとっての大切なものはその神社と祖父だけなので、いつか祖父の神社を継ぐべく努力を惜しまなかった。
何事にも一直線なあたしは神主のイロハを学べる大学に行くべく、高校では内申点を上げるために遅刻無欠席も頑張ったし、成績も常に上位を目指して勉強も頑張った。
そのお陰か、大学には推薦で入れたし、これからが神主になるための出発点だったのに。
立て直すのには何億円かかるか分からない。あったとしてもそれを賭けるくらい、この先にそれくらいの収入が見込めるのか。
そんなの無理に決まっている。そこそこ街は栄えてはいるが有名神社に比べたら足元にも及ばない。
七五三シーズンの十月から十一月末と、お正月シーズンはたくさんの参拝者にご参拝頂くが、年中そうではない。
神社によっては閑散期が存在するからだ。あたしの実家の神社もそれだ。
観光地にある神社や、縁結びや厄除けの神様で有名な、そのご利益で人気のある神社は年中賑わっている為、多少シーズンよりかは少なくなるものの、それでも極端に減るわけではない。
そういう神社こそ社員で巫女を雇っているし、それでも人が足りなければアルバイトの巫女も雇ったりしている。それだけ、沢山人が来るのだ。
あたしの実家の神社も巫女を年中雇えるくらい忙しければいいのだが、そうもいかないらしい。祖父と両親、雇いの神主が四人から五人居れば十分だという。
そこにあたしが巫女として手伝えば尚更。休みの日や大学の後はいつも神社の手伝いをしていたのだ。
巫女として神社の手伝いをするようになったのは高校生になってから。
それまでは、普段着に上っ張りを着て庭の掃除や授与品作りなどお金以外の手伝いを中心に行ってきた。
それが、高校生になると本格的な巫女として参拝者の対応や御守り、御札の授与、御祈願の受付など授与所を任されるようになっていった。
それも、神主になるための第一歩だったからだ。
最近では閑散期の特に八月などにも、お宮参りや安産祈願でちょくちょく参拝者は訪れてくれていた。これからだったのに、これからもっと有名な神社に近付くため奔走していたというのに。
祖父の神社を守りたいその一心でここまで頑張ってきた。
それなのにそれでも倒壊、破壊したらどうしようもない。何もできないのだ。できなかった。目の前で倒壊している鳥居も、無残に破壊されていた拝殿、本殿も見ていたのに、見ている事しかできなかった。
それがとても歯がゆくて、悲しくて、何もできない自分にとても腹が立ったのを覚えている。
そして祖父が巻き込まれたと聞いた時は自分が今生きている事を呪いそうになった。
竜巻の発生時、祖父と両親は神社に居た。両親と祖父は他の神主やアルバイトの子を避難させていて、自分も逃げようとした時に竜巻がちょうど神社を飲み込んだらしい。
両親の事はなんとも思わなかったが、祖父の亡くなったという悲報の知らせだけは聞きたくなかった。
人間ってこんな時何もできないんだなと、とても無力だなと思った瞬間だった。
これが挫折というものだと分かっていても、自分はその挫折を受け止め切れるだけの心の強さは持ち合わせていない。
神社だけでなく、祖父も竜巻に攫われた葵にはもう何の感情もなくなり、日常もどうでもよくなっていた。
何をやってもやる気が起きず、やり始めてもすぐにやめるという状況が続いていた。
どうせいつかはダメになるならやる意味がないと思うようになり、心が沈んでいった。
祖父の神社を継ぐという事だけを夢見て頑張ってきたのに、建て直すことも祖父の死も、こんな終わり方とてもじゃないけど心臓が押しつぶされそうなほど限界だった。
それと同時に自分は独りぼっちなのだと突き付けられた気がした。
誰のせいでもない。誰のせいでもないのは分かっているが、誰かのせいにしないと心がもたなかった。
だからあたしは自分をその対象にした。
心の奥深くに気持ちを押し込め、その感情をもう二度と知る事のないように、葵自身無意識に封じ込めた。
そしてそんな時、もう生きている意味がないと思っていた時に、この世界に来てしまった。
ちょうどいいと思った。
あの日常に戻るくらいならもう何も誰も知らない所へ行きたかったのだ。
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ーコンコンコン
「……っ!?」
急に音が聞こえビクッと身体が反応する。
額の上に置いていた腕をどけて、目を開ける。
「えっ…」
目を開けた瞬間、暗闇が部屋を支配していた。
先ほどダイブした状態のまま寝ていたのだろうか、さっきまで明るかった部屋が暗闇と化していた。ベッドから体を起こし、目をこする。
(あたし寝てたの?)
ぼーとする頭をフル回転させながら暗闇を見つめる。
(考え事してるうちに寝ちゃったのかな…)
暗闇の部屋をきょろきょろ見渡しながら、月の明かりが外から洩れているのかバルコニーが明るく照らされていた。




