第1話‐①
この国に来てから半年が過ぎた。
彼女はこの国の人間ではなく、日本という国から来た異世界人だ。
神谷 葵 二十三歳、この国に来る前は実家の神社にご奉仕する巫女として暮らしていた。葵の将来の夢は実家の神社を継ぐことだったが、度重なる不運でその夢を絶たれてしまう。
そんなある日の事、普段通り眠りについて目が覚めたら見知らぬ森に居た。
夢にしては凄く鮮明に見える風景。
最初は戸惑ったが気持ちを切り替えその辺に休んでいたらたまたま一人の男性と出会った。
この国の辺境にあるカルディオン領領主の叔父だという立派な髭を生やしたその男性は、見知らぬあたしを快く引き取った。
それ以来、領主の屋敷から少し離れた森の近くの別荘に葵は住むことになったのだ。
よく晴れた日の昼間、葵とクレイツおじさんは最近習慣化している薬草摘みをしていた。薬草に詳しいクレイツおじさんに一から丁寧に教えてもらった甲斐があり、自分の興味のある事以外も何とか頭に入ってきていた。
また、どんなに覚えが悪くても半年も経てば、さすがの葵も慣れというものがくる。
「クレイツおじさーん」
葵は別宅の畑にある薬草を摘みながら、遠くの方にいるクレイルおじさんの名前を呼んだ。
五畳ほどの大きさの花壇が計五つあるこの庭は、クレイツおじさんの自慢の薬草畑だ。そして目の前には白い小さな花びらを咲かせた植物が植えられていた。
「おー?どうしたー?」
軽い感じの返事をしながら、花壇の前にしゃがんでいるあたしのところに軽快な足どりで向かってくる。
(かっる…これでも一応貴族なんだよね?)
猜疑心に満ちた目を一瞬向けたが、いかんいかんと頭をぶんぶん横に振る。
森にいた怪しい葵を快く拾ってくれたのだから、貴族に見えなくても疑ってはいけないだろう。
(さすがに拾ってくれた人に対して失礼だ…)