第4話‐⑦
(そう言えば…よくよく考えてみれば、あの湖にアンデッドが出現するなんて内容、あたしが知る限り無かったような…)
あたしはこの国の事を良く知っている。正確に言えば思い出したのだ。
この国のアルスラント王国は、あたしのいた日本で連載していた漫画によく似ている。魔獣や魔物、アンデッドももちろん出てくるし、この三人の人物、宮廷魔導師団団長のアイル・ヴェルディス、王国第二騎士団団長のナディル・カルディオン、そしてこの漫画の主人公、浅倉椿。
この漫画の主要人物が三人も今目の前にいるとは、誰が思うだろうか。
どこかで見たことがあるなと思ったのは、この世界があの漫画で描かれている世界だった為。
だから、この人たちの事は色々と分かるのだけど…。
(さっきも言ったように、湖でアンデッドが出たって内容あたしは知らない…)
洞窟の中に魔物が居るというのは知っているが、湖でアンデッドの描写は無かった。
(洞窟と言えば…あの大きいイノシシアンデッドを殲滅した後に現れた魂が言っていた…洞窟、まだ、お願い、助けて……。あの魂も、洞窟の中にアンデッドがいるという内容も、あたしの知っている内容には無かったけど、湖の先にある洞窟の中にアンデッドが居るのはきっと確かだ…)
だが、アンデッドの殲滅はできないと言ってしまった手前、どう殲滅しようかと考える。
(あの魂にお願いされたのもそうだけど、アンデッドをこのままには絶対に出来ない………アンデッドを殲滅した何百年前と今の状況が似ているわけだけど、何かしら変わっているから聖女にもアンデッドの殲滅は出来ないかな?)
そんな風に考え込む葵をアイルは無言で見つめていた。
「すまないアオイさん、時間を取らせてしまって」
そう言いながら、ナディルと浅倉さんはソファーから立ち上がった。
「行くんですか?」
あたしは座ったまま、二人を見上げる。
「結構長居してしまったし、それにまだ森に魔物もアンデッドも両方居るとなると早急に準備をしないといけないからな」
ナディルは笑顔でそう答えてくれたが、表情は硬いままだ。
こんな砕けた口調で話してくれるという事は、少しは心を開いていたからなのだろうか。
と、思ってもないことを考える。今までの自分からしたらこんな事を思うなんて無かったはずなのだが。
「……あの、最後に一つだけ質問してもいいですか?」
葵は立っているナディルを見上げながらそう言った。
「ああ、構わないよ」
葵は座ってこちらを見ているアイルを一瞬見た後、口を開いた。
「…魔物の目撃情報はこのカルディオン領のどこから出たんですか?」
浅倉さんたちは元々魔物の討伐のために呼ばれていた。もしアンデッド騒ぎがなければ既に終えているだろう。
それに、アンデッドの討伐をするにしても、魔物の討伐をするにしても、情報を知っていて損することは絶対にない。
嘘を付いてしまったという後ろめたい気持ちもあるが、今はただ、少しでも役に立ったらいいなと思う気持ちの方が大きい。
「アオイさんたちを見つけたあの湖の先にある洞窟の中からだ」
「っ……」
葵の表情が歪むのが分かった。
ナディルと浅倉さんにはアンデッドは森の奥に逃げて行ったと伝えているが、実際は葵が殲滅している。けど、あの魂が言うようにまだアンデッドは必ずいる。
それに、内容通りなら魔物の目撃情報は洞窟の中ということになっている。もし、洞窟が何個かあって、あの魂が言っていた洞窟と魔物の目撃情報のあった洞窟が違う洞窟なら、浅倉さんたちには魔物の討伐を先に行ってもらい、その間にあたしがアンデッドの殲滅をして、アンデッドのいる洞窟に着いた時にはもう居なかったということにしておきたかった。
けど、その二つが同じ洞窟から出現しているとなると、話は違ってくる。
誰にも見られずに殲滅できるかもと思ったあたしの考えは砕け散った。
「アオイさん?」
考えて唸っていた葵を不思議そうな顔で見てきた。
(いや…今はそんな事より、事実を伝えないと…どうやって殲滅するかは後で考えよう)
葵もソファーから立ち上がり、ナディルに言った。
「…おそらくですが、その魔物がいる洞窟にアンデッドも居ると思います」
真剣な葵の目にナディルの眉毛がぴくりと動いた。真っ直ぐと見つめ目を離さないまま。
「…どうしてそう思うんだい?」
優しい口調だが、どこか棘のある言い方だ。
それにひるむことなく、真剣な表情で言い放った。
「女の感です」
きっぱりとそう告げる。
そう言う以外に言葉が浮かばない。
あの魂も洞窟に居るとは言ったけど、どこに居るとまではいっていなかった。だから理由を言えと言われても答えられない。
でもあたしは、魔物とアンデッドは同じ洞窟にいると確信している。
なんでか分からないが、そう感じる。
そう、だからこれは女の感と言うほかないだろう。他の言葉では説明できないのだから。
「え…お、ん??」
目をぱちくりと瞬きを繰り返しながら、口をぽかんとだらしなく開けているナディルの顔はとても面白い。それほど女の感という理由が予想外だったらしい。
「……。」
浅倉さんも一応驚いているのか、目が大きく見開かれていた。
だが、何も言わないところを見ると多少は女の感と言うものがどんなものなのか、分かっているのだろう。
そしてもう一人の彼はと言うと……
「ふっ…はははははははは!」
一人だけ、ソファーに座りながら、先ほどとは比べ物にならないくらいの大笑いをしていた。
子供のようなどこか幼さが残る顔で、お腹を抱えながら笑っている。
笑いすぎてお腹が痛いのか、「…お腹痛っ」と言いながらまだ笑っている。
目にも涙が浮かんでいるのか、たまに目元を拭っていた。
葵はそんな光景を立ったまま、無表情で彼を見つめていた。
(いや…なんかもう慣れた。そんな思いっきり笑われるといっそ清々しいよ)
そんな無邪気な顔も出来るんだなと思いながら、笑いが止まるのを待ってみる。
「ははははははっ…はぁはぁはぁ…すみませんすみません、君は面白いことを言いますね」
無邪気な顔のままあたしに笑顔でそう言ってくるアイル。
(……どこがだ?)
一瞬、自分の真顔だった頬が緩んだ気がした。
それに戸惑いながらも、アイルのその言葉がよく分からないので曖昧な言葉で濁す。
「そう、ですかね…」
「えぇそうです、貴方みたいな方に会ったのは初めてです」
にこりと微笑むアイルはきっとそれが本心なのだろうが、あたしからしたら喜んでいいのかダメなのかよく分からない。
(ま、でも…この人の事だから特に何も考えずに言った発言なんだろうな)
そこがまた何と言うか、こっちも特に気兼ねなく接せるから楽ではある。なんだか気持ちが楽になった気がする。
さっきまであれだけ色々と考えていたのに、一気にすっきりした気分だ。
アイルのその無邪気な笑顔を見ていると、こちらも頬が緩む気がするから不思議だ。
「団長殿、彼女もそう言っている事ですし、用心に越した事はないでしょう」
葵から視線を外したアイルは、ナディルに向かってそう言った。
「そう、だな…確かに用心に越したことはないし、一緒の洞窟に居てもおかしくはないだろうな」
うーんと両腕を組んで考えている。
それを横目で見ながら、葵はアイルをチラ見する。アイルは、氷の入ったコップを持って「うーん」と何やら考え事をしていた。
(切り替えが早い事で……)
アイルの行動にはいちいち驚かされてばかりだが、まさかアイルがあたしの言葉を信じてくれるとは思ってもみなかった。
ナディルでさえ疑っていたのに、まさかアイルが助け舟を出してくれるとは不思議な事もあるものだな。
「これは一度、作戦を立て直す必要がありますね」
「そうだな…明日にでも討伐に行きたかったが、魔物のいる洞窟にアンデッドが居るという想定も考えねばならなくなった」
二人に視線を向けると、息ぴったりに仲良く作戦会議をしていた。本当に仲の良い二人だ。今日初めて会ったあたしから見ても、良いパートナーではないだろうか。




