第4話‐④
(クレイツおじさんに弟子が居ると言われた時はどんな人だろうと思っていたけど…この人結構面倒くさい人だよな…)
チラっと彼を見るが、今の所これと言ったおかしな行動は見られない。
変わり者とクレイツおじさんは言っていたが、そんの様子は微塵も感じられない………今の所はね。
三人の自己紹介が終わったので今度は自分の番だ。
(別に自己紹介なんてしたくないんだけどな…)
ここまで自己紹介を聞いておきながらそう思うなんて、葵はとてもひねくれている。
「…あたしはアオイ…ナディル様の叔父様、クレイツ様の別邸でお世話になっています」
葵は神谷葵とは言わず、名前だけを口にした。
それはそうである、本名である神谷葵と告げる行為は自分を異世界人だと告げているようなもの。アオイという名前はこの世界でも通用するだろうと思い、名前はそのままにしたのだ。
呼び方が葵、もしくはアオイだろうと、言葉にしたらどちらもイントネーションは同じなのでとても都合がいい。
こういう時に限ってとても頭のキレる葵である。
自己紹介が終わったのはいいが、どこに目線を向ければいいか分からなかったので、とりあえずナディルの後ろの方を見つめる事にする。
その視界の隅には表情を歪めた浅倉さんの顔があった。
どうして朝倉さんがそのような表情をするのか葵は分からないが、今はそんな事はどうでもいい。
「……では、自己紹介も終わったことだし本題に入ろうか…君の事はアオイさんと呼んでもいいだろうか?」
葵の自己紹介の後、最初に口を開いたのはナディルだった。
名前呼びに対して確認を取って来たナディルは、とても親しみやすい人だなとひしひし感じる。
「…はい」
視線をナディルに向け一言そう言った。
そんなわざわざ名前の呼び方を確認しなくてもいいのだが、確認しなかったらしなかったで、何で勝手に名前呼んでるんだって絶対なるので、本当にあたしはひねくれている。
「ではアオイさん、アオイさんは叔父上と一緒に暮らしているみたいだが、どういう経緯で一緒に住むようになったんだい?」
爽やかな笑顔をあたしに向けながらそう聞いてくるナディル。
そんな事を聞きに来たのかと言いたいが口には出さない。
「…森にいたあたしを拾ってくれたんです」
あたしはナディルから目線を逸らさず、ありのままを答える。
(嘘は言っていないのだから、そんな表情向けられても困るんだが…)
眉間にしわを寄せているのを見て、あたしはイケメンの無駄遣いだなと心の中で思う。
浅倉さんはそんな様子を静かに見守っている。対して濃紺の髪と瞳をしたアイルはキラキラした目でこちらを見ていた。
(やりにくい…)
何がそんなに面白いのか分からないが、とりあえずその視線は無視することにした。
「どうして森の中に?」
どうしてもあたしの事を探りたいようだ。
予想はある程度ついているから、あとは裏付けさえできればいいと言ったところだろうか。でもだからって、そんな笑顔で聞かれても全て答えると思ったら大間違いだ。
(イケメンだからって何でも答えると思うなよ…中にはこの笑顔にやられてほいほい口が滑る女性はいるんだろうけど、あたしをそこら辺の女と一緒にするな)
どんな恨みがイケメンにあるというのだろうか。今日は葵の頭が良く回るらしい。
「そんな事より、クレイツおじさんは大丈夫なんですよね?」
さっそくあたしは話を逸らすことにした。
答えたくないという事も確かにあるが、やはりクレイツおじさんが気がかりだ。浅倉さんにも同じことを聞いたが、安静にしているとしか聞いていなかった。
魔法で傷は癒えたので命に別状ないのは分かっている…ただ、今現在の状況を知りたかった。
あたしの不安そうな表情を読み取ったのかナディルは優しく話してくれた。
「叔父上なら大丈夫。少し微熱が出ているが安静にしていれば時期に良くなるとのことだ」
ナディルのその言葉にあたしは安堵した表情を見せる。やっと心の底から安心できた気がした。
「良かった…」
そう呟くあたしを見て、ナディルと浅倉さんは驚いた顔をした。一方アイルはうむと顎に手を当てて何やら考えている。
どうやら、さっきまで無表情だったあたしの表情が緩んだのを見て驚いたようだ。
(失敬な…あたしだって緩む時は緩む)
そう思いながら、緩んだ頬をまた無表情にさせる。
「…アオイさんは叔父上の事が本当に大切なんだな」
微笑むナディルの表情を見て、そんなに分かりやすいかなと考える。
あたしは一度視線を下に向けた後、またナディルに視線を戻し口を開いた。
「そう、ですね…クレイツおじさんはなんて言うか…父親みたいな……そんな存在なんですよね」
あたしには父親と一緒に遊んだと言う記憶がない。いつも家の事しか考えておらず、父親らしい事の一つもしてもらった事がなかった。
その代わり、いつも隣にいてくれたのはおじいちゃんだけだった。
だからなのか、父親という存在に対して少なからず嫌悪感を持っている。
だが、クレイツおじさんと出会って、こんな人があたしの父親ならどんなに良いかと思うようになった。
…と、あたしは至って真面目に話したつもりだった。それなのに…あたしはギロッと右側に座る人物を睨んだ。
「ふっあはははははははっ」
イケメンだからか笑う姿も様になっているのがとても腹立たしい。アイルはあたしの話を聞いた後、急に笑い出したのだ。
「ヴェルディス殿…」
ナディルは困った顔をしながらため息を付き、アイルの名を呼んだ。
いつもこの調子のようだ。
「あははははっ、すみませんすみません…いやぁ師匠のことを父親みたいだと言うものですからおかしくて」
そう言いながらも、まだ顔がにやついている。目に涙が溜まっているのか涙を拭う素振りまでしている。
「……。」
あたしは白けた目でアイルを見る。
真剣に答えた自分が馬鹿だったようだ。
(こいつ…イケメンだからって…)
あたしがクレイツおじさんをどう思おうが勝手だろうに………って言うか、そんなに笑うことか?笑う要素なんてどこにもない。
「ごめんなさいアオイさん、ヴェルディス様はこういうお方なもので…」
申し訳なさそうな顔をしながらあたしにそう言ってきた浅倉さん。
浅倉さんが謝る事ではないだろうに。
「いえ…」
(……知ってるよ、この人がそんな奴だって事は知ってるよ)
あたしはため息を付いた。
一瞬アイルをちらっと見たが、すぐに正面を向く。
「それで…聞きたいことはそれだけですか」
感情の無い声でナディルにそう言う。
何回も言うが、アイルは面倒くさい性格をしているのだ。こうもいちいち突っかかっていては、一向に話が進まない。なのであたしは自分から話しかけた。
「あ、すみません、一つだけ質問よろしいでしょうか?」
ナディルに聞いたはずなのに何故かアイルが口を開いた。
あたしはアイルに視線を向けながら、さっきまで笑ってたやつが何を今更…と心の中で悪態をついていた。
「…答えられる範囲でなら」
なのであたしは一応自分に保険をかけておいた。これなら答えにくい質問に対してとやかく言う事ができるだろう。
それを見ていたナディルの表情が少し強張ったように見える。浅倉さんはあたしたちのやり取りを静かに見守っていた。
「ありがとうございます…では早速質問ですが、貴方は魔法が使えるのですね」
(…使えるのですね………使えるのですね?疑問形ではなく言い切っているって事は確信があるからか?それともこちらを試している?)
アイルの考えていることが本当に分からない。今だって何を考えてそんな質問をしているのか全然予想がつかない。
その質問に何て答えればいいか分からないが、このまま無言でいても肯定と捉えられるだけだろう。それは困るのでとりあえずこちらも探りを入れてみる。
「……どうしてそう思うんですか?」
考えた末にあたしは逃げることにした。質問を質問で返すという嫌われそうな受け答えだ。
だが、探るって言ったらこういう事しか思い浮かばなかった。嫌われようが気にしない。
すると、その受け答えにアイルの眉毛がピクリと動いた。




