第4話‐①
温かい、手触りのいい感触。ふかふかのものに包まれている感覚は、もしかしたら癖になってしまうかもしれない。
「んぅ…」
そう思いながらぱちりと目を開く。急に目を開いたからか、眩しさに一瞬開けるか躊躇う。
「……。」
一分くらいして徐々に明るさに慣れてきた。思うに今は昼くらいだと推測する。
辺りを見渡し、今の状況を確認する。
どうやらあたしは、見知らぬ部屋のベッドの上で寝ていたみたいだ。
身体を起こし、なんでここにいるのか頭を働かせる。
(確かあたしは…森に居て…)
体力と魔力が切れたのか、はたまた血を吐いたからなのかよく分からないが倒れたのは覚えている。
ただ、どうやってここまで来たのかは覚えていない。
「そういやクレイツおじさんは…」
あたしより重症だったクレイツおじさんの事を思い出し、ベッドから降りようとした。
「……。」
それと同時に、自分の着ているそれに目がいった。
白いワンピース姿の言わばネグリジェと言うものだろうか。あたしの性格からしたら絶対に着ないであろう服を着ていた。
状況を理解した瞬間、顔が引きつるのが分かる。一種の禁断症状みたいに、口角がピクピク痙攣している。
「最悪…」
はぁとため息を付く。
最低限、露出は控えられてはいるが、首元から肩にかけての肌の露出が激しい。
こんなもの今すぐ脱ぎ捨てたいのだが、ここがどこか分からない限り、そんな行動は取れない。
あたしにも常識というものはある。
(ここが自分の部屋ならとっくに着替えているのになぁ…)
この格好を見ていると、クレイツおじさんとの以前のやり取りを思い出す。
まだあたしがこの世界に来たての頃、一度だけクレイツおじさんにこんな感じのネグリジェを渡されたことがあった。その時は、見た瞬間突き返して、クレイツおじさんは苦笑いを浮かべていた。
クレイツおじさん曰く、この国ではネグリジェは当たり前らしい。主に貴族が着るらしいが、普通にお店にも売っているとか。
確かにあたしのいた日本でも、ネグリジェは存在していた。普通にネットとかにも売っていたし、この国ほどではないが着ている人もいたと思う。けど、こんな普通にネグリジェを渡される日が来るなんて、誰が思うだろうか。
あたしは、パジャマや浴衣の方が断然いい。いやむしろそれでお願いしますと頼みたい。
だからあたしは、男性が着る寝間着を貸してもらっていたわけなのだが。
(まぁ…今は仕方ないか)
着替えるのを諦めたあたしは、ベッドから降りて取り合えず喉の渇きを潤そうと、机の上に置いてあるさし水をコップに注ぎゆっくりと飲んだ。
「…うーん」
そう唸り、コップに入れた水を見つめる。
透明でとても澄んでいるその水はとても美味しそうなのだが…
「物足りない…」
さし水は別に保冷機能が備わっているものではなく、常温の水が入っているだけだ。日本で暮らしていたあたしからしたら物足りないのは当たり前。
(水を飲むたび思ってたけど、この世界の水自体はとてもおいしいのに、常温なのが物凄く勿体ない)
この国アルスタント王国は魔法王国と言っても過言ではないが、魔法を使えるのは貴族中心。その中でも氷属性の人は一握りなので、氷自体がこの国にとってはとても貴重。まして冷蔵庫があるわけでもないので冷蔵庫が恋しいのは当たり前だ、日本人故なのだから。
(あ、でもあたし氷魔法使えるんだ…)
なんで今までこの考えに至らなかったのだろうかと自分を責めながら、コップに掌を向けその考えを試してみる。
ーピキピキッ
氷の独特な音を響かせながら、氷魔法を発動させた。
見る見るうちにコップの中に小さな塊ができてくる。
「…で、出来たぁ!」
本日一番の笑顔をしながら、水の上にできた小さい塊を見つめる。
(久しぶりの氷…会いたかったよ氷ちゃん!)
にやにや怪しく笑うそれは、傍から見たらとても不気味だ。
ゴクッゴクッゴクッと喉を鳴らしながら一気に冷たい水を飲みほした。
「っぷはぁ…」
ビールを一気飲みした時のような飲みっぷり。それだけ恋焦がれていたのだ。
「美味しい…」
目をきらきら輝かせながら、空になったコップに再度水を入れて、氷魔法を発動させる。
(これでもう、朝の目覚めの一杯を冷たくておいしいお水が飲めるっ)
るんるんになりながら、もう一度水を飲む。
「ふぅ…」
満足したのか、半分残したままのコップを机の上に置いた。氷によってコップの表面が結露しかけている。
落ち着きを取り戻したあたしは、そこから部屋を見渡した。
三十畳ほどの広々とした部屋にシンプルな茶色のテーブルや椅子、ソファーやタンスなど、必要最低限の物しかこの部屋には置いていないようだ。
雑風景としか言いようがない、もしかしたら看病専用の部屋なのかもしれない。もしそうだとしてもこの広さ…お金の使い方を間違っているようにしか思えない。
そう思いながら、外の風景を見ようと窓を見たら、そこはバルコニーになっているのか、扉の向こうに手すりが見えた。
(バルコニーとかなんか漫画っぽい)
あたしのいた日本でも、この世界で借りていた部屋にもバルコニーは無い。目にするものと言えば趣味だった漫画くらいだろう。
あたしの身体は自然とそちらに向かっていた。
ガチャリと扉の開く音を響かせながら、あたしはバルコニーに出る。
ーサァァァアアアアアア
緩やかに吹く気持ちのいい風が全身を優しく撫でた。その風によって胸元まで伸びた漆黒の黒髪が静かに揺れる。
あたしは、バルコニーの手すりに両手をかけ、空を見上げた。
雲一つない晴天の空があたしに安心感を抱かせる。
「気持ちいい天気」
小鳥のさえずりが遠くの方から聞こえ、ここは本当に異世界なのかと疑問を持たせる。
広い空、果てしない空。空は日本と同じなのだろうかとそんな事を考える。
未練がないと言ったら噓になる。けど…あのタイミングでこの世界に来れたのはそれはそれで良かったとさえ感じる。
あの頃のあたしは、色々と壊れていたから。
ふと、何かの視線を感じて咄嗟に下の方に視線を移した。
「……。」
そこにはあたしを見上げて見つめている男性がいた。
視線が交わり、見つめ合ったまま立ち尽くす。
「…あの色」
あたしは小さく呟いた。
濃紺の髪をしているその男、その色にあたしは見覚えがあった。
森の中で、あたしが気を失う寸前、無理やり目をこじ開けて面を拝もうとした時、目にした色。
濃紺とは分かりやすく言えばネイビーの事。紺色をより暗くした色であり黒に近い紺色と言ったところだろう。
ここは二階なので瞳の色まではよく分からないが、その時の人物は瞳の色もその濃紺の綺麗な色をしていた。
(…どうしてそんなに見つめてくるんだ?)
濃紺色の髪を後ろに束ね、白色の外套を羽織っているその男は、無言であたしを見つめている。
なので、あたしも負けじと見つめ返す。
「っ…」
その時、にやりとその男が笑った気がした。
何回も言うがここは二階だ。よく見えない上にあたしは少し目が悪い。眼鏡を掛けるほどではないが、これくらいの距離になるとあたしでも見えにくい。
なので、今のはきっと気のせいだ、気のせいにしよう。
ーコンコンコン
すると急に廊下に面する扉を誰かがノックする音が聞こえビクッと身体が揺れた。こうも立て続けにびっくりすることがあると、心臓が持たない。
未だ見つめてくるその男から目線を逸らし、バルコニーを後にした。




