第3話‐②
「葵、俺の後ろに居ろ」
クレイツおじさんも何か感じ取ったのか、前を見据えたままあたしにそう言ってくる。
それにあたしは無言で頷いて、草むらをかき分け前の方に進むクレイツおじさんの後を付いて行く。
「っ……!!」
すると、何かを見つけたのか、足を止め真っすぐと前を見つめていた。そして徐々にクレイツおじさんの表情が険しくなっていく。
「…?」
あたしにはクレイツおじさんの背中と草木に遮られよく見えないので、何を見ているのか分からない。
あたしはクレイツおじさんと同じように身をかがめ、草木の隙間から先の方を確認する。
「……っ!」
それを見た瞬間、身体が強張ったのが自分でも分かった。
あたしたちの目の前にあったモノ。
普段通りなら、この目の前にはとても綺麗な湖が広がっているはずだ。
あたしは何回かクレイツおじさんとここに釣りをしに来たことがあるので間違いない。
だが、今の目に映るモノは何だろう?
湖の原型をとどめていない…いや、とどめているとすればその水だったものだろうか、それは今ではドロドロとした紫黒色をした液体に変わっている。
それだけではない、湖の中心のその上空…ドロドロとした液体から一メートルほど離れた上空には、紫黒色をした瘴気を纏った丸い球体が浮かんでいた。
その丸い球体から、昨日闘ったであろうあのアンデッドが出てきていたのだ。
その球体を覆うように、湖は黒く淀み、辺り一帯はそのドロドロした液体から発せられる瘴気で包みこまれていた。
「やはり…」
「……。」
クレイツおじさんがまた一人で納得している。一度ならず二度までもあたしに言っていなかった事があるようだ。
あたしはクレイツおじさんを睨みつけ、肘でわき腹を突く。
「…あぁすまん」
あたしの意図を読んだのかそう言ってくる。
クレイツおじさんは、目の前の光景を見つめながら話してくれた。
「文献にこう書いてあったんだ…瘴気を纏った紫黒色の丸い球体が現れた時、アンデッドが目を覚ます…てな」
「……つまり…昨日アンデッドに遭遇してた時点で、この丸い球体は現れてたって事?」
「そういう事になる」
納得した表情を浮かべるクレイツおじさん。
それを見てあたしの表情はムスッと不機嫌になる。
「…大事なことは先に話して下さいね?」
あたしはにこりと微笑んでそう言う。
怒るより笑顔が怖いって本当のようだ。
「っ…!す、すまん」
クレイツおじさんの顔が歪むのが分かる。まぁそれだけではなく、クレイツおじさんの嫌いな敬語を使われたからでもあると思うが。
(嫌なら最初から言えよ…)
あたしは目の前のアンデッドを見つめながら悪態を付くが、すぐに目の前に広がるそれに頭を切り替える。
(結構いるな…ざっと三十匹はいるか?)
体の肉が腐り落ち、所々骨も見えている。まさに生きる屍だ。教えてもらっていた通りの昨日見たアンデッドと何ら変わりはない。変わっている事と言えば丸い球体があるくらい。
「一つ思ったんだけどさ、アンデッドって動物の死体に魂が宿って生まれる生き物なんだよね?動物の死体なんてそもそもあんまりないし、伝説級って言われているのにも納得なんだけどさ…なんでそのアンデッドがあの球体から沢山出できているの?あの中に死体が沢山あるって事?」
普通の生きている動物は沢山いるのは確かで、弱肉強食の世界だから動物が動物を食すのも分かる。あたしのいた現代でもそんな感じだったから。けど、アンデッドがなんで伝説級と言われているのかというと、だいたいの動物は獲物を捕らえて食すのに肉片なんてほぼの確率で残すことなんてしない。現代がそうだったかは知らないがこの世界での動物達は捉えた獲物は骨の髄まで食べつくす。
死んだ屍、肉片に魂が宿って生まれるアンデッドが伝説級と言われるのはそういう事。肉片なんて残すことのない食べ方をするのだからそもそもアンデッド自体が誕生しにくい。だから、今までの期間に渡り目撃情報自体がないし、対策なんてこれっぽっちも存在しない。その文献に書かれている人物があたしでないのならば。
そんな伝説級の生き物が今目の前に存在している事だけでも緊急事態なのに、瘴気を纏った球体からその伝説級の生き物が出てきている今の状況はその常識を覆している。
(こんなの本当に漫画とかでしか見たことないな…まさか、昨日といい現実でこんな沢山見ることになるとは…)
とても怖いはずなのに、そんな呑気なことを考えてしまう。手も震えているのに何故かわくわくさえもしている。
今までにない感覚…それがこんなにも魅力的に見えてしまうとは。
(あたしもつくづく馬鹿だなぁ)
こんなの死にに行くようなものなのに。
そんな事を思いながらその場で立ち上がる。
するとパシッと左手首を掴まれた。
「……何か?」
「…やっぱり危険すぎる」
クレイツおじさんをみると、とても心配そうな、困ったような、よく分からない表情を浮かべていた。
あたしはふっと微笑むと、静かに掴まれている手を解いた。
クレイツおじさんの表情が強張るのが分かる。
「…ここまで来て、やっぱりダメは無しだよ」
普段はあまり笑わない葵。
この日は何故か、その頻度が高い気がする。
「だが……」
クレイツおじさんは掌を強く握りしめ唇を嚙んでいた。
元魔導師団団長という立場からしたら、このままでは終われない…少しでも殲滅できる希望があるのなら何でも試した方がいい…けど、あたしの身の安全も考えているのか、すぐには納得ができない…と言ったところだろうか。
「あたしに何かがあっても、それは決してクレイツおじさんのせいなんかじゃない…これもまた運命なんだよ」
にこりと微笑む葵。
こちらの世界に来て、初めて心の底から笑った気がした。
こんな状況で清々しいくらいに笑顔になれるとは、あたしも大概変わり者なのだろう。そう……クレイツおじさんが言っていたその弟子と何ら変わりなかった。
「葵!!」
その言葉を背中で聞きながら、アンデッドたちの前に姿を見せた。
『グルルルルルルッ』
『ギュルルルルル』
あたしの姿を認識したのか、あたしを見て唸りだした。
(さっきは三十匹っていったけど、近くで見ると五十匹強はいるだろうか…さて、どう闘おう…)
湖のギリギリまで近くに寄って、辺りを見渡す。
アンデッドは湖の上にいる。沈まないのか?と疑問に思うがそこは異世界だ…色々あるんだろうと、無理やり自分を納得させる。
文献に書かれていた人物はどうやって倒したのだろうと思いながらも、取り合えずあたしは掌をアンデッドに向けて炎の魔法を発動した。
ーボォオオオオオ!!
葵の火の魔法で何匹かのアンデッドに命中する…が…
「ダメか…」
確かに炎を浴びせたのに、腐っている肉がボトッボトッと落ちるだけで、殲滅が出来ない。
そんな光景を普通の人なら気持ち悪がるのだろうが、葵は特に何とも思っていないようだ。
そんな事よりも葵の眉が皴寄っていく。どうしてアンデッドは一斉に飛び掛かってこないんだろう。
攻撃をするのも一対一、一斉に飛び掛かってくれば、こちらはひとたまりもないのに。
(それなのにどうして…)
「うぉっ!?」
するとその時、後ろの方からクレイツおじさんの叫び声が聞こえた。
その声に後ろを振り向く葵。
「っ…クレイツおじさん!!」
その光景を見た瞬間、あたしはクレイツおじさんの元に駆け寄った。
『ガルルルルルルルッ』
倒れているクレイツおじさんの後ろには、今まで見たことのない大きさの、元はイノシシだと思われるアンデッドが佇んでいた。
ボタボタと焼け焦げた肉片が落ちていくことから、クレイツおじさんなりに攻撃はしたのだろう。だが、やはり普通の人には倒せないというだけあって魔法の効き目はほぼ無いと言っていい。
「クレイツおじさん!!」
あたしは倒れているクレイツおじさんの身体を少しだけ抱き起す。
「…あ、おい?」
途切れ途切れに話すクレイツおじさん。
クレイツおじさんの右肩を見ると、肉がえぐれ血が大量に流出していた。
目を閉じ、凄く痛そうだ。息も荒く今にも消えてしまいそうな…。
「っ……」
そう思った瞬間、あたしはその傷に掌を向けて魔法を発動させる。
ーポワァァァァァアアア
すると、白い光がクレイツおじさんを包み込んだ。
その光はとても温かく優しさを感じた。
「……っ」
こみ上げる何かを必死に堪えていると、次第に光は消えていった。
眩しい光で閉じていた目を開くと気付いた時には傷一つできていなかった。ただ、アンデッドに噛まれたであろう歯形は、服にくっきりと残っている。
「はぁはぁはぁはぁ…」
こんな大怪我治したことがないからか、それとも魔力の使い過ぎなのか分からないが、酷く身体が重く、息が荒くなっている。
それでも自分の力でクレイツおじさんの傷を治せたことに嬉しさがこみ上げてきた。
「ん…」
すると気が付いたのか目が開き、クレイツおじさんと目線が交わった。
ほっと安堵したのが自分でも分かった。
「クレイツおじさん!!」
あたしは声が裏返んないようにしながら、クレイツおじさんの名前を呼ぶ。
「葵……」
さっきよりは呼吸が安定しているのか、小さい声が返ってきた。
どうやら、傷の痛みはもう無いようだ。
「良かった…」
はぁはぁ…と自分の息が荒いのなんて気にすることなく、クレイツおじさんを見つめる。




