4.ミドリムシは苦手です
なぜか父上の私兵軍の隊長であるオリビアが村に来た。
私が村にいたのは知らなかったみたいで、偶然、村に立ち寄ったようだ。
「ネージンの街から通報があったのよ。最近、『暗闇の森』から魔獣が出るって」
「『暗闇の森』?」
「この辺りの森のことを、そう呼ぶのよ。昼間でも魔獣が闊歩している危ない森なんだからね」
へ? 魔獣……この村に来てから一度も見たことありませんけど?
この村の周辺には、イノシシや鹿みたいな動物ばかりがいると思ってた。
そういえば、ここは異世界なんだから、魔獣がいてもおかしくないのよね。
オリビアは腰に手を当てて、ジンベを見る。
「獣人族は屈強な肉体を持っているからな。低級な魔獣など一撃だろうけど」
なるほど、村の住人達が村に魔獣が近寄らないように撃退していたのね。
ジンベが床にひれ伏す。
「村には魔獣は近づけさせません。ですからエマ様、どうか私達の村長でいてほしいだ」
うーん、ウッチの街の領主になって、優雅な隠遁生活をするのも悪くないわよね。
でも、この村での生活も意外と好きだわ。
みんなで魚を取って、獣を狩って、家の壁を作って……
料理の味付けはちょっと問題あるけどね。
この村に来てから、誰の目も気にすることがなくて、本当に自由だった。
私はオリビアへ視線を移つす。
「私、この村で村長として暮らすわ。だって、いまさら村のみんなを放っておけないもの」
「エマ様なら、そういうと思ったわ。それじゃあ、私もこの村で暮らしましょう。エマ様をこの村に一人で放置できないから」
「あの俺もここに残っていいでしょうか」
オリビアの後ろにいた兵士の一人が手をあげる。
まだ表情が幼いけど、金髪のきれいな男の子ね。
歳は私と同じくらいかしら?
オリビアの話しでは彼の名前はエドモンドと言うらしい。
まだ私兵軍に入ったばかりの新米兵士だという。
オリビアを見るエドモンドの視線が妙に熱っぽいのよね。
ちょっと面白いかも。
オリビアとエドモンドの二人を残し、他の兵士達はネージンの街へと去っていった。
二人は私の家で寝泊りすることが決まり、ゴンベが布団を抱えて現れた。
あれ? そういえば網を作った時の紐も、布団の布もどこから出てきたの?
「ねえ、その布団って村で作ってるの?」
「んだ。布も綿も村で作ったもんだべ」
「私ったら、どうして気づかなかったのかしら。この村には糸があるんじゃない。どうやって糸を手に入れてるか、教えてちょうだい」
「いいだども……」
ゴンベは少し考えて「ついてくるだ」と言って玄関を出ていった。
私は慌ててゴンベの背中を追う。
ゴンベはノシノシと村の裏門から森のほうへと歩いていく。
あれ? 糸って村で作ってるんじゃないの?
森の中を進んでいくと大きな洞窟があった。
その手前で、ゴンベは立ち止まって私を見る。
「ここからは危険だで、オラから離れるんでねぞ」
え? こんな怖そうな洞窟の中へ入るの?
何も出てこないわよね?
私、幽霊とはか、ちょっと苦手なんだよね!
後ろを付いていくと、いきなりゴンベが叫ぶ。
「来ただ! 後ろに下がってるだ!」
目の前を見ると巨大なミドリムシが三匹、のろのろと迫ってくる。
そして口からシャーっと糸を吐き出した。
ゴンベはその糸を手で掴み腕をグルグルと回す。
「ウオォー!」
「ヒィ!」
いったい、何が起こってるのよ!
あんな巨大なミドリムシなんて見たことないわよ。
めちゃ気持ち悪い……
私の見ている間に、ゴンベの腕に糸がドンドンと絡まっていく。
腕が糸で丸くなると、ゴンベは力づくで糸をねじ切った。
「奴等が追いかけてこねーうちに、早く洞窟から出るだ」
「いったい、何なのよ! もう!」
私達二人は洞窟を出ると、ぐったりとして尻もちを着く。
そしてゴンベは私のほうへ糸の絡まった腕を見せた。
「エマ様が糸の取り方を見たいって言っただ」
「え? この村で扱ってる糸って、あの気持ち悪いミドリムシの糸なの?」
「んだんだ」
そういえば、今、私が着ている服もコリンが編んでくれたモノよね。
麻とは違ってツルツルスベスベノ生地……もしかすると絹よりも上等だったのかも……
邸にいる時、絹ばかり身に着けていたから、わからなかったわー。
村へ向かって歩きながら、ゴンベはあの巨大なミドリムシについて教えてくれた。
あれはゴウラっていう魔獣の蛾の幼虫なんだって。
ゴウラは巨大な蛾で、全長が三メートルにも育つとか……うぅ、気持ち悪い。
あの洞窟はモウラの産卵場所らしい。
モウラの産卵期は春と秋、だから一年中、糸が取れるという。
村に戻った私はジンベの家へ向かった。
今でコリンとお茶をしているジンベに声をかける。
「ねえ、糸ってどうやって布にしているの?」
「えっと、はたおり機で作ってますけど」
「はたおり機が村にあるの?」
「はい、ドワーフ達に作ってもらいましたから」
ドワーフ、キタ―――!
ここは異世界なんだからドワーフがいても不思議ないわよね。
「どこにいるの? そのドワーフ達?」
「隣の村がドワーフの村ですが……いったいどうしたんですか?」
意味がわからず、ジンベは首を傾げる。
私はお構いなしに、玄関の外へ向かってビシッと指差した。
「ドワーフ達の所へ行くわよ。はたおり機をたくさん用意して、織布工場を作るのよ!」




