30.召喚
トロール族と友好関係になった私達はクレタの街の邸へと戻ることにした。
応接室で紅茶を飲みながら、私はグレースを見る。
「トロール族の族長から聞いたことだけど、グレースはどう思う?」
「魔族が本気で『暗闇の森』へ侵攻してきたら、トロール族は魔族側につくでしょうね」
「ということは、オーガ族、オーク族を説得しても無駄ってことよね」
「そうなるわね。魔族が動いたら、亜人や獣人では止まらないもの。亜人や獣人達の数は少ないから、組織的な動きはできないから」
魔人族と対等に戦えるのは人族だけなのかー。
お父様に相談すれば、確実に戦争になる……
これでは救援を要請するわけにもいかないわね。
私はふと日本の前世のアニメの記憶を思い出す。
「ねえ、グレースって魔法士だから、魔法陣は使えるんでしょ?」
「一応は習得しているけど、何に使うつもりなの?」
「下級悪魔を召喚して、魔族の領土に忍び込ませて情報を取ってくるのよ。そうすれば、いつクレタの街が襲撃されるかわかるでしょ」
「そんな危険なことできないわ。レッサーデーモンでも危険なのよ」
「下級でしょ。だったら従わせてみせるわ」
私は自分の胸を拳で叩く。
一度、召喚ってやってみたかったのよ!
ワクワクした表情でグレースを見ていると、彼女は呆れた表情で目を細める。
「本当にレッサーデーモンだからね。ちょっとでも危ないことがあったら召喚は中止するから」
「うんうん、何でも従うわよ」
私とグレースは邸の地下一階の地下室へ向かった。
部屋に入るとグレースは杖で正確に円を描き、古代文字を使って魔法陣を描いていく。
前世の日本のアニメのように魔法陣って簡単に出現するものじゃないのね……なんだか大変そう。
しばらく座って待っていると、やっと大小の魔法陣を書き終わたグレースが歩いてきた。
「ふー、魔法陣って一つ間違うと機能しないから神経を使うのよね」
「なんだか……変なこと頼んじゃってごめんね」
「こういう時でもないと魔法陣を書くことなんてないから、いい練習になったわ」
グレースがそれで納得してくれるなら、それでいいけど……
グレースと二人で大きな魔法陣の中央まで行くと、グレースは懐から短剣を取り出して私に手渡す。
「人差し指の先を切ってほしいの。今回はエマが主人になるから、エマの血が必要なのよ」
「わかったわ」
うぅ……指の先でも怪我をするのはイヤだけど……グレースも頑張ってくれたんだから、私もやらなくちゃ……
私は短剣で指先をチクっと切る。
その血をグレースは銀のコップで受け止めた。
「これでレッサーデーモンを呼び出す触媒はできたわ」
銀のコップを魔法陣の中央に置いて私達二人は魔法陣の外へ出る。
私が小さな魔法陣の中に立つと、グレースは杖をかかげて詠唱を始めた。
室内には濃密な瘴気と魔素が流れ込み、大きな魔法陣の上に渦ができていく。
《私を呼んだのはお前か!》
ヤッター! 前世の日本のアニメと同じね!
「そうよ。私が呼び出したのよ」
「ほう……お主の名前は何という?」
「私はエマ!」
「では契約しよう。お前は何を差し出す?」
「契約なんてしないわよ! あなたとお友達になりたいんだもん!」
私は現れつつあるデーモンへ向けてビッシと指差す。
黙って儀式を見守っていたグレースがツカツカと寄ってきて、私の頭を平手でスコーンと叩く。
「契約しないと、デーモンを使役できないでしょ」
「だって契約なんてイヤよ。名にも取られたくないし、約束も守りたくない」
私は腰に両手を当てて胸を張る。
渦から現れた燕尾服を着た紳士はチラリと私を見る。
「対価を支払うつもりもなく、契約を交わすつもりもなく、私を呼び出すとは……何とも変わった娘です。では、こちらから要求しよう……あなたの異国の知識を教えてもらいたい……そういえばわかるでしょう」
え……どうして私が前世の日本の知識を持っていると知ってるの?
「知識ぐらいなら幾らでも聞かせてあげるわ」
「よかろう。では知識と引き換えに、友人になってあげましょう。私はアークデーモンのアザゼルです」
「私が呼び出すはずだったのはレッサーデーモンよ。なのになぜ、アークデーモンのあなたが召喚されてくるのよ?」
グレースは杖を構え、アザゼルを警戒する。
「召喚の儀式に割り込むなど、私には容易いことです」
レッサーデーモンを呼び出すはずが……アークデーモンが出てきちゃったのね。
まあ、最後良ければ全て良し。
私とグレースはアザゼルを連れて、一階の食堂へ向かった。
食堂では、邸のみんなが集まって宴会を催していた。
ホプキンはエール酒を片手に、アザゼルへと近づく。
「見ない顏じゃのう。新しい仲間か?」
「はい、アザゼルと言います。今日よりエマ様付の執事となりました」
「それなら飲め。ここの者達はみな仲間だわい」
ホプキンはアザゼルの腕を握り、強引に宴席の場へと連れて行く。
その姿を見てグレースは不安そうな表情をする。
「このままにして大丈夫なの? 相手はアークデーモンよ」
「大丈夫じゃない。私と友達になるって契約なんだから」
私は手をヒラヒラさせて、手近なテーブルの料理をつまむ。
しばらくすると向こうのテーブルからドヨメキが起こり、リアムが急いで走ってくる。
「エマ、グレース、デーモンが出た! 早く対処しないと大変なことになるぞ!」
「知ってるわ。だってエマが呼ぶ出したアークデーモンだから」
グレースは平然な表情をして私を指差す。
え? 召喚の儀式を執り行ったのはグレースよね?
どうして騒ぎの原因を私一人に押し付けるのよ。
こうなったら、みんなを巻き込んでしまえ。
「今日は宴会なんだから、亜人も獣人もデーモンも大歓迎よ」




