20.そんなこと聞いてませんけど!?
ゴブリン達がクレタの街へ来てから一週間が経った。
ゴブリン達はオリビアの発案で、クレタの街の軍隊として訓練を受けている。
うーん……私兵軍とも言えないし……街の軍隊だからなー。何て名前をつけようかしら?
そんなことを考えていると、コリンが応接室へ入ってきた。
「大変です。こんどはコボルトの集団が門で騒いでいますー」
「えーまたなの! とにかく門へ行ってみる―!」
私はソファから飛び上がり、門へと向かう。
大通りを必死に走っていると、ルーカスが追いついてきた。
「今度はコボルトか! いったい何が起こってるんだ!?」
「私に聞かれてもわかんないわよ。とにかく急ぎましょ」
私達が門へ到着すると、ボロボロに傷ついたコボルト達が、門番を相手に威嚇している。
毛並みも荒れてるし、所々、怪我で血が滲んでる……
私はルーカスのほうへ顔を向ける。
「大至急でポーションと石鹸を持ってきて! それとオリビア、グレース、リアムを呼んできて」
「わかった!」
ルーカスは身を翻して走り去っていった。
やっぱり男子はフットワークの軽いのほうがいいよね……
ルーカスの後ろ姿を見送って、私はコボルト達へ向き直る。
するとコボルトの一人が前に進みでる。
「私はコボルト族の棟梁、小太郎でござる」
え……ござるって……どうしよう、可愛い……
モフモフ、モフモフがいっぱい!
「我等の集落は『暗闇の森』深くにあり、そこで静か暮らしていたでござる。そこを卑劣なオーク族に襲われ、必死に部族を連れて逃げてきた次第、どうかクレタの街へ入れていただきたい」
うーん、ゴブリン達と違って、臭くないから街に入れてあげでもいいんだけど……
やっぱり衣服がボロボロだし……怪我もしているようだし、街に入れるのはちょっとね……
しばらく待っているとルーカス、グレース、リアム、オリビアが走ってきた。
そしてリアムは持ってきたポーションでコボルト達の怪我を治癒していく。
私からコボルト達の事情を聞いたグレースは、衣服を調達するため、街の服屋へと走っていった。
オリビアはコボルト達を見て、ため息をつく。
「コボルト族か……また私のほうで引き受けるわ。これだと本当に軍ができそうね」
街に来たばかりのコボルト達が、街ですぐに仕事に就けるとは思えない。
でも仕事がないと食べていけないもんね。
何もせずに街に置いておくわけにもいかないし……
「とりあえず小川へ連れていって、体を洗ってもらって。このままだと街へ入れられないから」
「了解した。みんな僕と一緒に来てくれ」
ルーカスが先頭に立って、コボルト達を小川へ連れていく。
ホプキンに頼んで、やっとゴブリン達の家を確保したばかりなのに……
いったい『暗闇の森』で何が起こっているのよ。
コボルト族達のことはルーカス達に任せて、私とオリビアは邸へと戻った。
応接室のソファに座ったオリビアは、窓際の植木鉢にいるエラに声をかける。
「エラ、『暗闇の森』の情報を知りたいんだけど」
「わかったわ。お姉ちゃん達に連絡を取ってみる」
エラは四本の腕を枝のように伸ばして、背中に円を描く。
その円の中の透明の膜がプルプルと震えている。
「お姉ちゃん達、きこえてる? 森でいったい何が起きてるの?」
「エラなの? 『漆黒の森』の魔族の動きが活発になってるの。その影響で『暗闇の森』の種族達の中で争いが起きてて。トロール族、オーク族が魔族側についたわ」
『漆黒の森』? 魔族? なんですかそれは?
私が戸惑っていると、オリビアは呆れた表情になる。
「『漆黒の森』は『暗闇の森』の最奥から続く、魔族領に続く森よ」
「え? 辺境の向こうって、エーレンベルク王国とは別の国があるんじゃないの?」
「あるわよ。『漆黒の森』の先に、魔族の領土と魔族の国がね」
この世界には前世の日本のような世界地図はない。
私が見たことのある地図って、メイナード侯爵領の地図だけなんだもん。
魔族の領土なんて聞いたこともないわよ。
やっぱり魔法があるぐらいだから、魔族っていたのね……
エラは膜へ向けて話を続けている。
「お姉ちゃん達が大丈夫なの?」
「ハイエルフ族に守ってもらってるけど、状況はヤバイわね。危なくなったらクレタの街へ避難するから、その時はよろしくね」
え? ハイエルフ族とドライアド達も逃げてくるの?
いったいどうなっちゃうのよ!
私は訳のわからない状況に混乱しながらソファから立つ。
そして深呼吸を三回して、外へ向けてビッシっと指差す。
「私一人じゃ無理! こうなったら全員集合よ!」
「わかった。私が呼んでこよう」
夕暮れ時、オリビアの呼びかけにより仲間達が邸へと戻ってきた。
オリビアはみんなに向けて、魔族達の動きが活発になったことを伝える。
「そうなるトロール族とオーク族は魔族側についたというわけじゃな。奴等は元々は魔族の眷属じゃからのう」
「オーク族も魔族側と推測します」
ホプキンの言葉にジンベが同意する。
ルーカスは両手を組んで、オリビアへ視線を送る。
「これは至急でメイナード侯爵様へ知らせたほうがいいかもしれない。僕はバルナレス伯爵へ報告に行こう」
「それはちょっと待って」
私は慌ててルーカスを止める。
お父様に報告するなんて……そんなことをしたら私の居場所がバレるじゃない。
せっかくお父様に隠れて自由に暮らしているのに、また窮屈な貴族のお嬢様生活をするなんて無理!
するとルーカスは体の力を抜いて、ふーっと深く息を吐く。
「ゲスキワード男爵がメイナード侯爵へ報告していないって、本当に思っているのかい。メイナード侯爵は男爵からの申し出を蹴ったんだ。だから男爵は僕の父であるバルナレス伯爵を頼ってきたんだよ」
え! お父様は私がクレタの街にいることを知ってるの!
オリビアはニッコリと笑って両手を広げる。
「私がなぜ村に訪れたと思ってるの。全部、メイナード侯爵が仕組まれたことよ。だってエマ一人だと何をするかわからないでしょ」
そんな……一人で自立できたと思っていたのに……お父様の手の平の上だったなんて……
ちょっと一人にしてもらっていいですか?




