18.ルーカス・バルナレス
貴族には一つの考えがある。それがノーブレス・オブリージュ……人の上に立ち権力を持つ者には、その代価として身を挺してでも果たすべき重責があるという考え。
ルーカスを私を見て、おっとりと微笑む。
「たしかにクレタの街の住人から見れば、ゲスキワード男爵は貴族としての義務を果たしていない。しかし、この辺境地域を管理しているのは彼だ。そのことは理解してあげてほしい」
「どのように言われても、私達はゲスキワード男爵に税を収めるつもりはありません」
だってゲスキワード男爵は何度もクレタの街を潰そうとしたのよ。
簡単に許せるはずないでしょ。
「うーん、父上からこの件を解決するように任を受けてきているんだ。税のことが解決しないと、僕もバルナレス伯爵領に戻れないんだけどね」
「勝手にいつまでも、クレタの街にいてください。お部屋なら用意いたします」
「それは助かるよ」
ルーカスは嬉しそうに微笑んで髪をかく。
困っているのに、どうして笑ってるのよ。
なんだか調子が狂っちゃう……
「エマにお願いなんだが、クレタの街を案内してくれないか?」
「それぐらいならしてあげてもいいけど……」
私とルーカスの二人は応接室を出て玄関へ向かう。
すると廊下でコリンとバッタリあった。
「エマ様、どこかへお出かけですか?」
「ええ、ルーカスが街を見学したいって言うから案内しようと思って」
「もう名前呼びですか! 進展が早いですね」
「そんなんじゃないわよ! 何を勘違いしてるのよ!」
「ここは若い二人に任せて、私は邸の用事を済ませましょう」
コリンったら、何を勘違いしてるのよ。
確かにルーカスは見た目がイケメンだけどさ……
もう、そんな関係じゃないんだからね。
邸から大通りへ向かって、二人で並んで歩く。
「邸のある場所は、元のクレタ村の敷地なのよ。はじめはボロボロのあばら家みたいな家に村人達は住んでたの。みんな、三日に一回、魚一匹食べられたら贅沢みたいな暮らしをしてたんだから」
「今の街からは想像もできないな。この大通りの道もキチンと石畳が敷かれているし、街中が整っている」
「それは隣村だったドワーフ達が、この村へ引っ越してくれたから。手先の器用さと、土木建築に関する技術は、ドワーフはピカ一なんだから」
やっぱりドワーフって何でもできるだもん。
筋肉がいっぱいついた体で、手先が器用で、頑固だけどシャイなんだよね。
「僕のドワーフが作った鎧を装備してみたいですね」
「今度ホプキンに頼めばいいわ」
私達が街の中心街まで大通りを歩いていると、向こうからグレースが歩いてきた。
そして私の隣を歩くルーカスを見て、グレースは突然に後ろを向いた。
「君はグレース・アーベラインじゃないか。なぜ君がこんな辺境にいるんだい?」
「あなたこそ、どうしてクレタの街にいるのよ」
あれ? 二人は顏見知りなのかしら?
グレースって、どこかの貴族のお嬢さんなのかな?
気さくだから、貴族のお嬢様とは思わなかったけど……
私が不思議そうに二人を見ていると、ルーカスは楽しそうにグレースへ手をかざす。
「グレースとは王国魔法学園の同級生なんだ。グレースは平民出身だけど、魔法学園を主席で卒業した天才なんだ」
「学生の時の話はやめてよ。エマ、ルーカスのことは警戒したほうがいいわ。学園生活の時、どれだけの女子がルーカスの笑顔に騙されたか」
「それは人聞きが悪いな。今までどんな女性とも付き合ったことなんてないよ。学園の時は、女子が勝手に僕のことを言いふらすんだ」
ルーカスはイケメンだから、学園生活の時はさぞモテたんでしょうね。
無意識に女子を泣かすタイプなのね。
これは警戒が必要だわ。
「それはグレースの言う通り、ルーカスが悪いわね」
「僕は何もしていないのにな」
「女の子が反応しているのに、何もしなかったから悪いんじゃない。そんなの女の子に失礼よ」
「そんなことを言われたのは初めてだよ」
私の言葉を聞いてグレースは胸の下で両腕を組んで、うんうんと頷いた。
私、グレースの二人は夕暮れになるまで、ルーカスのためにクレタの街を案内した。
そして夜の帳が下りる頃、外で業務をしていた仲間達が邸へ戻ってきた。
ルーカスを含め、みんながいつものように食事を食べる。
ジドウは肉を頬張りながら、気安くルーカスへ声をかける。
「税の支払いが済むまでルーカスがここにいると言うんだから、みんなと一緒に住めばいい。その代わり、しっかりと働いてもらうがな」
「そうじゃ、働くのならワシも異論はないぞい」
「ルーカス殿は剣技は得意か? そうであれば警備部隊はいかがか?」
ホプキンはジャガイモを口の中に入れてご満悦そうだ。
隣のシドがルーカスを誘う。
「僕は武芸が苦手なんだ。エマと一緒に内政のお手伝いをさせてもらおうかな」
「エマ様はすぐに仕事をサボるから、手伝ってもらえると助かりますよ」
「ジンベ、人聞きの悪いことを言わないでよ」
それぞれに話しをしながら、騒がしく食事は進んでいく。
ルーカスはすっかり仲間達と溶け込んでいた。
うー、こんなにみんなと仲良くされたら追い出せないよ。
私はルーカスに、バルナレス伯爵へ帰ってもらうことを諦めた。
ルーカスがクレタの街へ来てから一週間が過ぎた。
私とルーカスが今後の街の経済について話し合っていると、部屋の扉が開いてコリンが現れた。
「街の大門にゴブリン族の使者が来ているそうです。街長に合わせろと騒いでいます」
ゴブリン族と言えば、神話の時代の頃、魔族の眷属だったと言われる亜人種だ。
人族と対立している亜人の一種である。
たしかゴブリン族はエーレンベルク王国と対立していたはずなのに……私に用があるなんて、いったい何なのかしら?
首を傾げて悩んでいると、ソファに座っていたルーカスが立ち上がる。
「ゴブリンは一体では行動しない。早く対処したほうがいい」
「わかったわ、急ぎましょう! エラ、一緒に来て!」
私は肩にエラを乗せ、ルーカスと一緒に邸を飛び出した。




